第10話 到着

「案外、人間の街に近いんですね」


 アランが高度を下げた事により、街の細かい部分まで見る事ができたソフィアが言う。


「エルメルにはたくさんの種族が暮らしているけど、人型の住民も多いから何かと都合がいいの。建造物は主に人族とドワーフが協力して作っているから、住み心地はお墨付きよ」

「あ、同じ人間もいらっしゃるんですね」

「ええ、元々エルメルは様々な種族が共存していた国だったから、その子孫の人たちね。他種族とのハーフが多数だと思うけど、純人族もいるはずよ」

「なるほど」

 

 そう聞いて、少しだけホッとするソフィアだった。

 人族が自分一人で、生活様式などが全くの別物だったらどうしよう、という不安もあったから。


「あれがこの国にたくさんの恵みを与えてくださっている、樹齢一億年の世界樹『ユグドラ』。エルメルの象徴にして心臓といっても過言ではないわ」

「じゅ、じゅれいいちおくねんっ……?」


 子供が考えた物語の設定みたいな年数にソフィアは度肝を抜く。


 普通に考えて木がそんな長く持つわけがないが、これだけ巨大な大樹だとありえなくもない、いやいやありえない……。

 何か精霊の力的なもので保持されているのだろうと、最終的には飲み込んだ。

 なんか全体的にキラキラしているし。


 人間の国で暮らしていた常識はここでは通用しない、という事実を思い知ったような気がした。


「見えてきた! あれが、エルメルの王城よ」


 そう言ってシエルが指差す先に、世界樹『ユグドラ』のちょうど真正面の根元に聳える巨大な城。


「綺麗……」


 御伽の国に出てくるような、白くて美しい城だった。

 

 間もなくして、その王城の敷地内に着陸する。


 ソフィア、シエル、ハナコが降りてから、アランも元の人間の姿に戻った。


「長旅お疲れ様、アラン」

「はっ……」


 シエルの言葉に、アランは一礼する。


「ありがとうございました、アラン様」

「どうって事はない。それよりも、身体の方は大丈夫か? 初めて飛行した者の中で、酔ってしまう者も少なくない」

「大丈夫です。むしろ、とても清々しい気分です。お気遣い、ありがとうございます」

「そうか。ところで……」


 アランがハナコを見やる。


「君の精霊の様子が何やらおかしいようだが」

「え?」


 ソフィアが首を傾げた途端、ハナコが『きゅいっっーーーー!!』と悲鳴にも似た声を上げた。

 それからすぐ、身体が青白く眩い光を放ち始める。


「ど、どうしたのハナコ……!?」


 慌てて尋ねるも、ハナコは『きゅいー! きゅいー!』と声を上げるばかり。


 こんな事今までなかった。

 突然やってきた親友の異常事態に狼狽えるソフィア。


 しかしこの現象には見覚えがあった。


 つい先程、エルメルに来る前。

 あの丘で、アランが人型から白竜の姿に変化する時に放った光と同じ……。


『ここどこ!? ここどこ!? 僕、なんだかとっても懐かしい感じがするよ!』


 ソフィア、アラン、シエルの誰でもない声が場に登場する。

 少年にも似た、少し高めの幼い声。


「ハ、ハナコ……!?」


 ソフィアは驚愕した。

 先程までの小型犬サイズのハナコはもう居なかった。


 全長がソフィアの三倍もあろうかというサイズの、立派な大狼がそこにいた。


『あれ? ご主人様、なんだかちっちゃくなった?』


 大狼(たぶんハナコ)が、ソフィアを見下ろして言う。


「ハ、ハナコが進化した……?」

『シンカ? よくわからないけど、なんだか身体がとても軽いよ!』


 わっふんわっふんと、ハナコがゴロゴロと転がったり、ソフィアの周りをクルクル回ったりする。

 この無邪気な挙動、間違いなくハナコだ。


「あらあら、立派なフェンリルちゃんね」


 シエルは臆する様子もなく、ハナコを眺めて呑気に言う。


「アランさん、これは一体……」

「ここら一帯は精霊力が満ち溢れているからな。その力を取り込んで、本来の姿を取り戻したのだろう」

「精霊としての本来の姿……あっ……」


 ──そのフェンリルは、君の精霊か?


 ようやく、ソフィアはアランに言われた言葉を思い出し合点がいった。

 

「ハナコは、精霊だった……?」


 自分にしか見えない、フェンリルの存在。

 日頃のストレスが生み出した夢幻か何かだと思っていたが、どうやら精霊だったらしい。


 薄々そんな気がしないでもないと思っていたが、いざ客観的な事実を前にすると驚きが勝った。

 

「なんだ、既知だと思っていた。ちなみに、“ハナコ”という名前は、東洋の国の女性につけるオーソドックスなものと記憶しているのだが」


 通りすがりのちょうちょを無邪気に追いかけるハナコを見て、アランは言った。


「ハナコはオスだぞ」

「え゛?」

「……まさかそれも知らなかったのか?」


 また、思い出す。

 あのパーティでの、アランとの一幕。


『ハナコが……見えるのですか?』

『……ハナコ?』


 あの時アランは、『何言ってんだこいつ』とでも言いたげな表情をしていた。

 つまりあのリアクションは、『オスのフェンリルになぜメスの名前をつけているのか』というもので……。


「えええええええええええええええええええええ……!?」


 ソフィアは先程のハナコの絶叫にも負けない大声をあげたのであった。

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