第2話 ソフィア・エドモンドという少女

 ソフィアはいわゆる“落ちこぼれ”だった。


 魔法国家フェルミでは、魔法の才が上下関係を決めると言っても過言ではない。

 その中でも、エドモンド伯爵家は代々高名な魔法師を排出してきた名門であった。


 ソフィアはそんな名家の長女として誕生し、将来は強力な魔法師になるだろうと周囲から期待を受けて育った。


 しかし、六歳の誕生日に神殿で行われた『魔力判定の儀』で全てが一変する。


 魔法を発動するために必要な『魔力』が、ソフィアには皆無──つまり、0である事がわかったからだ。

 魔力が0だと、いくら魔法を発動するための式や呪文を覚えようとも無駄である。

 

 魔法を使えるのは貴族だけという特権階級を敷いているフェルミ王国としては、魔力がゼロである事はすなわち『無能』である事を意味していた。


 そんな悪夢のような結果を出してしまったソフィア。

 エドモンド家に新たな伝説が誕生するぞと期待に満ちていた神殿は大騒ぎとなった。

 母は卒倒し、父は怒り狂った。


 その日を境に、ソフィアへの周囲の扱いは一変した。

 エドモンド家はとんだ無能を生み出したという話題で社交会は持ちきりとなり、その皺寄せはソフィア自身に降りかかった。


『この恩知らずめが! 恥を知れ!』

『今まで手塩をかけて育ててやったのに……貴方にはガッカリだわ』


 父からの罵倒、母からの失望。

 ましてや使用人まで見下されるようになり、ソフィアの居場所は一瞬にして消え去ってしまった。


 さらに追い討ちをかけるように、二つ下の妹マリンが、歴代の中でもかなりハイレベルの魔力量がある事が判明し、ソフィアへの当たりはより一層強くなる。


 ソフィア・エドモンド、現在十六歳。


 魔法を使えない落ちこぼれを家に置いてやるだけありがたいと思えと、屋敷内の家事や事務仕事を押し付けられ、使用人のように働かされる日々を送っている。


◇◇◇


「遅いぞ!! どこで油を売っていた!?」


 執務室。

 書類を届けるなり降りかかってきた父リアムの罵倒に、ソフィアは身を竦める。


「しかもなんだこのシワクチャの紙は! ふざけているのか!?」

「大変、申し訳ございません……不注意で水をこぼしてしまい……」


 マリンの嫌がらせで水を浴びせられたから、と正直に言ったところで無駄だと判断してそう釈明した。

 父はマリンを溺愛しているため、マリンのせいにしたら逆に更なる罵声が浴びせられるに違いない。


 最悪、マリンの耳に入ってもっとひどい嫌がらせを受けるのは目に見えている。

 ……過去にも同じことがあったから。


「無能が。書類仕事もロクにできんとは」


 ぎろりと、リアムはソフィアは睨みつける。


「大変申し訳ございません、全て私の責任です」

「……まあいい。お前に叱責をした所で、変わらぬ事だからな。このくらいにしておいてやる。ありがたく思え」

「はい。寛大なお言葉、ありがとうございます」


 心を無にして深々と頭を下げるソフィアを、リアムはつまらなそうに一瞥する。


「……先に確認したい書類がある。今期の穀物の収穫量を記録した紙はどれだ?」

「それでしたら、上から五枚目にございます」

「出せ」

「は、はい!」


 手元に書類があるにも関わらず、リアムはわざわざソフィアに該当の資料を出させた。


「こちらでございます」

「どれどれ……ふん、豊作か。当然の事だがな」


 不遜に言うが、リアムの声色には弾みがあった。

 エドモンド伯爵家の領地は広大な田園が広がっており、そこで収穫される穀物が主な収入源。


 元々、穀物が育ちにくい土地や気候かつ魔物もよく出没していたため昔は苦労の連続だったらしいが、ここ十数年は豊作が続いており、財政も潤ってきている。


 屋敷の財務管理を一任されているソフィアはその辺りの事情を全て把握していた。


(……よかった、機嫌を治してくれて)


 これで不作だったら罵倒に加えて暴力まで飛んできただろう。

 ソフィアがホッとしていると、 執務室に母メアリーが入ってきた。


 煌びやかなドレスにアクセサリー。

 赤紫の髪まで豪勢に彩られている。

 元々はそれなりに端正だった顔立ちは、年相応に刻まれた皺を厚化粧で覆っているため逆にケバくなってしまっていた。


「ねえ、アナタ。お願いがあるんだけど」

「なんだい、メアリー?」


 先程までの形相とは一転。

 リアムの表情がにこやかなものになる。


「今度、キナリフから新作の指輪が出るの。買ってもいいかしら? エメラルドグリーンがとても綺麗で、私にとっても似合うと思うの」

「もちろんだ、メアリー。エメラルドグリーン。きっと君に似合うに違いない」

「ありがとう、リアム」


 そんな会話をする二人を、ソフィアは内心冷ややかな目で見守っている。


 豊作による収入にかまけて、メアリーやマリンがドレスや宝石の購入など贅沢を限りを尽くし、目を疑うような出費が重なっていることもソフィアは知っていた。

 なんなら普通に赤字の月もあって、これが続くと色々と破綻しそうな気もしているソフィアだった。


 以前、その旨をそれとなくリアムに伝えたが、『お前のやりくりが下手だから悪い!』と一喝されてしまって以降は何も言えずにいる。


「あら、いたの」


 今気づいたと言わんばかりに、メアリーがソフィアを見て言う。

 ソフィアは一礼だけ返した。


「ちょうどいいわ。ソフィア、貴方、今度のパーティに着ていくドレスは決まったの?」

「パーティ……?」

「この前伝えたじゃない。王都で各国の要人を招いて交流パーティをするって。まさか、忘れたの?」

「それは……」


 聞いてない、少なくとも記憶の限りでは。

 おそらく、母の伝え漏れだ。


「申し訳ございません、失念しておりました」

「愚図ね。魔力に加えて記憶力も無いようじゃ、良い所無しじゃない」

「返す言葉もございません」

「……まあいいわ。今回のパーティは精霊王国エルメルも初めて参加すると言うことで、かなり大規模にやるらしいから、相応しい格好をしてきなさいよね」

「精霊国、エルメル……」


 メアリーから放たれた言葉の響きが頭に残って呟くソフィアに、リアムが侮蔑を込めて言う。


「ふん、魔力ゼロのお前に今更エドモンド家の品位を落とさぬよう、などとは言わぬが、せめて婿の一人や二人くらい捕まえてこい」

「ええ、その通りですわね」

 

 リアムに寄りかかってから、メアリーはおおよそ母が娘に向けるものではない目をして言った。


「魔力ゼロのお前が、貴族としてこの国で暮らしていくにはそれしかないのですから」

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