自費出版
連喜
第1話 書籍買い取り
俺ははっきり言って暇人だ。独身で家族がいないから、休日はやることがない。家をきれいに片付けるとか、庭いじりをしたりすることに興味はないし、登山やアウトドアなんかの趣味もない。人を誘うことも誘われることもなく、大体一人で過ごしている。
趣味はおひとり様の食べ歩きと、古書店巡り。本は常に読んでいて、図書館で本を予約して借り、寝る前の読書を習慣にしている。テレビはほとんど見ないし、流行りの話題についていけない、至極つまらないおじさんだ。
俺は大学時代からずっと東京暮らしで、神田の古書店に頻繁に通っている。始終何かしらのブームが来て、本を買いあさっては、気が変わって、また売るということを繰り返している。気が付いたら、もう30年も同じことを飽きずに繰り返している。俺は本自体が好きで、図書館や書店、古本屋など本がある場所は全部好きだ。昔は古本屋をやってみたかったけど、本自体がそろそろオワコンになりつつあるから、今から参入するのはやめておく。
行きつけの古書店は数あれど、店主と特に親しいのは、〇〇書店という店だ。俺が欲しがりそうな本があったら連絡をくれる。こういうのを親しいというかは微妙だけど、行くと椅子に座って1時間くらい喋って帰って来る。店を閉めた後、一緒に飯を食うこともある。店主は俺より20歳くらい年上の人で独身。前はサラリーマンをやったこともあったそうだ。何で古書店なんかと思うけど、おじさんがその店をやっていて羨ましいから、跡を継いだそうだ。
「あるお客さんの蔵書を全部引き取ったんだけどね、自費出版の本が何冊か混じってたんだよ。その家にいた時は気が付かなかったけど、店に出すわけにもいかなくて」
「どんな本?ちょっと読んでみたいかも」
「やっぱり、プロの作家が書いたものじゃないから、読んでてしんどい物があると思うよ」
俺も隠れて小説を書いたりしているから、一般の人が書いた文章がどんなものかは想像がつく。かなりひどい物もあるけど、プロの人と変わらないくらい文章がうまい人も多い。結局、差が付くのはストーリーではないかと思っている。
店主は本を渡してくれた。市場に流通している本と遜色ないくらいの立派な装丁だ。
「これ書いたのってどんな人?」
「引きこもりの人。家がすごい金持ちで、道楽で自費出版の本を作って、自分でもネットとかで売ってたみたい。対外的には作家。いいよね。そういうひたすら消費するだけの暮らしって。作家なんて、私生活を売りにして神経すり減らして書いても、ほとんど食えないんだからさ」
店主は馬鹿にしたように言った。その人自身も文学賞に応募していて、俺から見たら才能がありそうだったのに、一度もその栄光にあずかることはなかったからだ。
なんだ、ただの勘違い野郎じゃないか・・・。俺は故人に対して反発を感じた。しかし、俺はその知らない人が書いた本を5冊ももらってしまった。もしかして面白いかもしれないし、故人の残した駄作ってのが俺には心惹かれるものがあった。
その人が生きた証。人生の片鱗。俺がそれを捨ててしまったら、彼の痕跡はもうどこにもない・・・。ってのは言い過ぎか。
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