2:私の人生が動くとき
まさかの婚約解消なのです⁉︎
※※※※※
翌朝。
私宛に手紙が届いた。大きな封筒に厚みのある書類。何かと思えば婚約者からだ。
上体を起こせるようになった私は机を出してもらって中身を広げる。
「……え?」
婚約解消のお知らせだ。穢れた私は要らないという内容がしたためられた冊子が届いたらしかった。
私が頭痛を覚えて額に手をやる。
アメシストが心配して私の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「来月に控えていた結婚がなくなったのよ」
これ、うちの両親はなんて言っているんだろう。聞いたところでは実家経由でこちらに届けられたとの話だったが。
「じゃあ、僕たちと一緒にいられる?」
「可能性は高くなったけれど、それよりも面倒なことを処理しないといけなくて……」
婚約者――いや、もう元婚約者、か。あの人は本当にそんなことで婚約解消を選んだのだろうか。
この結婚は私の家と彼の家の都合による政略結婚だった。この結婚は必要な仕事であるとお互いに割り切っていたのではなかったのか。それなのに、私が精霊管理協会の世話になってしまったという点で結婚はなかったことに、とは。
「別にあの人と結婚がしたかったわけじゃないけど……」
そう。結婚がしたかったわけではない。
だが、このために私は外界から隔離された生活を強いられていたのだ。結婚後も自由はないからと、最後の自由な時間になるだろうからと、苦労して苦労してやっと外出許可がおりたと思ったらこれである。
「どうしよう」
魔物と遭遇したのは不運だ。そもそも都会で魔物が観測されることは極めて稀であり、ここ数年は報告がなかったはずなのだ。そうじゃなければ、単独でのお出かけの許可がおりるわけがない。
だったら、泣いて縋って、私が清いことを証明すべきだろうか。
いや、無駄だ。
瘴気を取り除くために隔離された上で入院させられているのだ。弁解がしようがない。詰みだ。
私は長く長く息を吐き出した。
「深刻そうだな」
「縁を切られそうなんで」
「どうして?」
シトリンとアメシストが私の左右から様子をうかがってくる。
どう説明したらいいのだろう。
私の家がだいぶ特殊であることは察しているつもりだが、彼らにどの程度の常識があるのかもわからない。どこが一般的な家庭と違うのか、自分の感覚があてにならないので悩ましいのだった。
「……家庭の事情が複雑なもので。結婚が白紙になると、私は実家に居られないんですよ。というか、そもそも穢れなき身である必要があったんですよね。それがまあ、この度、魔物に襲われて失われてしまったわけで」
伝わりやすく説明するならこんなところだろうか。
私に精霊使いとしての才能があったことには驚きだが、そもそも魔力値が非常に高い珍しい体質であることは知っていた。祝福された石を見抜く力とそれが関連しているのかわからないものの、精霊使いの才能があったならそっちは納得できる。
両親は私の体質を知り、魔力が暴走することを防ぐための術を幾重もかけて、いつか来る婚礼の儀まで匿ってくれた。それが私のためになっていたのかは謎だけど、結婚をすることで彼らに恩返しができると、少なくとも私は考えていたのだ。
私が肩をすくめると、アメシストとシトリンが左右から抱き締めてくれた。
「え、あの?」
慰めようとでもいうのだろうか。ふたりの体温はほどよく温かくて落ち着く。
「君は穢れてなどないよ」
「協会が過保護なだけだ」
穢れていない?
ふたりの言葉に私は一瞬安堵したものの、すぐさま首を横に振る。
「でも、こうして入院しているわけで、元婚約者も両親も信じてくれないと思いますよ?」
実際も大事だが、体裁の問題もある。彼らはその両方をすごく気にするだろう。
私の言葉に、アメシストは唸る。
「あー、それはそうかも」
「むむ……精霊管理協会は君を精霊使いとして取り込みたいようだからな。瘴気を取り除くためだと言って、君を家庭から引き離すつもりなのだろう」
「なるほど、そういう……」
組織としての思惑があるなら納得だ。
入院の待遇は悪くないし、聞きたいことについての質問はあの女性職員さんがすぐに答えてくれる。説明の仕方が独特ではあるが、あれはいろいろな都合があってのことなのだと考えれば合点がいく。
となると、彼らと交わってもいいって告げたのは、私を揶揄いたかったわけじゃなくて、婚約者から私を引き離すためでもあったのでしょうね。
清い身であることを求められたのは、瘴気の話はもちろんのこと、処女であることもである。結婚まで口づけをしないと避けられていたあたりも、そういう潔癖ゆえだ。
「……私、聖霊使いに向いていると思います?」
帰る家を失ったとして。
私は構えておかねばならない。身の振り方ひとつで私の人生は大きく変わる。
学問は専属の家庭教師を招いてきちんと修めているが、仕事は持っていない。婚約者の都合で、二十歳を過ぎた今でも一度も仕事をしたことがなかった。なんなら、家事も経験がないくらいである。
個人の財産を持っていないことも気掛かりだ。家を追い出されて、果たして私は一人で生活できるのだろうか。
才能を見込んでくれるなら、私は精霊使いになることを選びたい。
私の質問に、ふたりはぎゅっと抱きしめることで応じた。
「才能はあるに決まってるじゃないか。このまま僕たちのマスターになってくれたら嬉しいよ!」
「ああ。ライセンスを持っていないにもかかわらず、俺たちを喚び出せた優秀なマスターだからな。胸を張っていい」
ふたりの言葉は、思ったよりも胸にしみた。家で褒められることがほとんどなかったからかもしれない。
「……少し、泣いてもいいですか?」
もちろん、と両隣から聞こえてくる。私は声を立てて泣いた。
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