距離が近いのは私へだけではなくて。
※※※※※
彼らにそばに残ってもらったのは正解だった。
身体が動かないほどのダメージを受けていること、丸一日眠っていたことなどから食事は流動食だったのだが、一人で食べるのはかなり困難だった。
アメシストに体を支えてもらい、シトリンに食事を運んでもらう。ふたりの息がぴったり合っているおかげでとても食べやすかった。あまり美味しいものじゃなかったけど、楽しく食べられたのは彼らのおかげでもある。
早く元気になって、外に出たい。
身体を拭くときも彼らの手を借りた。さすがに四肢を拭いてもらうだけにしたが、それでも充分に気持ちが楽になった。どっちが拭くか喧嘩しそうになったときはどうしたものかと思ったものの、左右で手分けをすることで難を逃れた。
彼らと仲良くできている気がする。一人だったら心が押しつぶされていたかもしれないが、ふたりと一緒にいるのは悪くない。少なくとも、家で軟禁されているよりはマシだ。
「……鉱物人形って、魔物と戦うための兵器、なんですよね?」
消灯の時間。アメシストに明かりを小さくしてもらったときにふと尋ねた。
「まあ、そうだね。名目上は」
「それなのに、私の身の回りの世話ばかりさせてしまって申し訳ないなって」
アメシストの返答を聞いて、私は詫びる。
アメシストもシトリンも、首を横に振った。
「そこは気にしないでくれ。鉱物人形の本分は魔物討伐にあたることだが、俺たちの任務の中にはマスターの護衛も含まれる。世話も充分に仕事だ」
「そうそう。気にしなくていいよ」
私の頭を自然と撫ではじめるシトリンと私の手を取ってぎゅっと握るアメシスト。ふたりとも迷惑そうな顔ではない。
……触られることに慣れてきてるけど、いいのかな。
距離が近すぎる気がするけれど、不快感はないからつい許してしまう。恩人ではあれど、会ったばかりの相手なのに。
距離が近いのはなにも私との間だけでない。
彼らふたりも距離が近くて、見ているこちらがドキッとしてしまう場面がしばしばあった。兄弟特有の、まあ自分には歳の離れた兄しかいないから正確なことはわからないけれど、そういう感じの近さがある。仲がいい以上の絆、といえばいいのだろうか。気が合っているし、イチャイチャしているように見える。それを目にして私のテンションが上がってしまう理由がよくわからないけど。
今だって、横になっている私から見て、アメシストもシトリンも触れ合う位置に立っているのだ。君たち、なかよしだね?
アメシストが言葉を続ける。
「僕たちはマスターから遠く離れて活動することが契約の都合上できないようになっているんだよね。性質的にも、マスターから魔力供給を受けるために接触も大事なんだ」
「魔力供給……」
修復のためにキスをした。確かに彼らはそれによって回復したように見える。顔に残っていた小さな傷は消えて滑らかに、彼らの煌めく衣装も私が最初に会ったときのように元通りである。これが魔力供給の効果だということは、実体験を伴って理解できた。
「マスターのお世話を通じて日常的な接触を行うことにより、キスする回数も減らせるってわけ。僕たちに体をいいようにされたくないなら、世話を頼むのが気が楽だと思うよ。まあ、僕はキス以上のことも、君とはしてみたいけどね」
上目遣いに見つめられながら、手の甲にキスされた。
私はびっくりして手を引っ込める。
「わ、私は嫌です」
「振られた……」
しょんぼりしながらアメシストがベッドの端をぎゅっと握っている。
シトリンのため息が聞こえた。
「直球だからだ」
「シトリンはムッツリじゃないか」
「否定はしない。マスターに触れたいと願うのは仕様だからな」
「本能、だよ」
鉱物人形が自分自身をどう定義しているのかよくわからないが、アメシストは自身を生物に近い存在だと感じていて、シトリンは自身を機械に近い存在だと認識しているような感じがする。興味深い。
まあ、人間にもいろいろいますものね。
身近な人たちのことを思い出して、深く考えるのをやめた。楽しいことを考えよう。
私は隣に並べられた空のベッドを見た。
「――ところで、ですね」
「ん?」
「おふたりはそちらで眠るのですか?」
部屋の広さの都合上、ベッドはもう一台しか搬入できなかった。交代で休めばいいだろうと、担当の女性職員は言っていたが、鉱物人形に対する待遇がひどいと思う。
「うん。せっかく用意してくれたし。廊下の長椅子は寝心地が悪いから、ありがたくこちらを使わせてもらうよ」
「じゃあ交代で眠るんですね」
「マスターの隣で寝ていいなら、嬉しいけどな」
「無理です」
「えー」
即答すると、アメシストは膨れた。
油断すると口説いてくるな?
気を引き締めておかないと、いつか流されそうだ。
「いや、この広さなら、並んで寝られるんじゃないか?」
「はい?」
シトリンの言葉で、私の頭上に疑問符が浮かぶ。
彼は自分たちにと用意されたベッドの広さを確認している。そこにあるのは一般的な一人用サイズのベッドだと思うが。
「いける? 寝相は悪くないと思うけど、どうだろ」
アメシストが追加のベッドに寝転んだ。その隣に当然のようにすっとシトリンが並ぶ。
んんんんん?????
いや、いいんですよ。そうやって並んで寝てみたほうがすぐに広さがわかって合理的ですもんね。私が変に意識しちゃってるだけですよね。
落ち着け、私。
「いけそうだな」
「いやいやいや。なんでそうなるんですか⁉︎」
思わずツッコミを入れてしまった。
よくないだろ。成人男性が密着して横になっているのは。
「そっちで寝られないならこっちで寝るってだけだよ?」
「いや、それはそうなんですけど!」
一般の成人男性と比べて、ふたりとも体格はスレンダーなほうだと思うが背は高いわけで。並ぶことはできているようだがぎゅうぎゅうなのだ。
「俺は一睡もしていないから、流石に横になりたい」
シトリンがあくびをした。
なるほど。昨夜アメシストは休んだが、シトリンは膝枕をして寝ないでいたのか。
休ませてあげる必要はあるわけで、私のお気持ちは置いておくとしよう。
落ち着こう、私。邪な目で見ちゃいけない。ふたりは兄弟なんだから。
「……ですよね。寝てる間にこっちに来ないでくださいね?」
「約束する」
「なにか用事があったら、気兼ねなく呼んでね。僕が対応するよ」
「わかりました。……おやすみなさい」
「おやすみ」
シトリンの寝息がすぐに響いた。アメシストも静かにしている。
さて私も寝ようと思ったとき、ふっと不安が渦巻いた。
……今は楽しめているけれど、退院したらどうしよう。彼らとはお別れしないといけないよね。両親もあの人も、きっと彼らを認めないもの。
でも、今は忘れたいの。
私も眠りの中に落ちていく。
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