美少女騎士(中身はおっさん)とパジャマパーティ その01


 車が止まる。オレの自宅の前。深夜だというのに、窓に明かりがみえる。


 ジェイボスか? そういえば週末にはメルが帰ってくると言ってたな。とにかく、帰宅した家に誰かが待っているというのは、いいものだよな。


 などとちょっとしおらしい事を考えてしまったのは、さすがのオレもそれなりに疲れているからなんだろう。






 信じがたいことに、あれだけの騒ぎがあったにもかかわらず、そして殿下と大臣の命が狙われたにもかかわらず、謎の秘密基地で行われた謎の秘密会議はその後も続行されたのだ。殿下が認めたんだから仕方ないとはいえ、一般市民の感覚としては非常識な話だよな。どんだけ重要な会議なんだ?


 で、もちろん殿下の『秘書兼護衛』であるオレも会議終了までお付き合いせざるを得なかったわけだ。会議の途中からあきらかに顔色が悪くなった殿下を放ってはおけないからな。


 結局、会議が終わりオレと殿下が解放されたのは、二日後の午後になってからだ。さらに、帰宅できたのはその日の深夜。とんだ超過勤務だぜ。





 それでも、オレと殿下は未成年と言うことでいろいろと配慮してくれた結果らしいけどな。


 伝え聞くところによると、オレが退治したヴァンパイアの操り人形の後始末とか、計画全般の保安体制の抜本的な見直しの会議とかは、いまだに島で続いているそうだ。ほんらい島の保安を預かる海軍と、魔物への対応なら任せておけとよせばいいのに『計画』への介入をもくろむ騎士団と、ついでに情報部や同盟国の思惑も絡んで、今もすったもんだのゴタゴタが現在進行形で続いているらしい。


 とはいっても、そのあたりの問題は、もちろんオレには関係ない。なんといっても下っ端騎士であるオレの任務は殿下の護衛が第一だからな。……管理職レイラ隊長、ごめん。





 ちなみに、島から公都への帰路は、もともとの殿下の予定では手っ取り早く飛行機で帰るはずだったらしい。しかし、強風により激しい揺れが予想されると言うことで、殿下の体調を考慮してキャンセルとなった。


 かわりに用意されたのは、なんと公国海軍が誇る新鋭巡洋艦。


 少しばかりの荒い波など、巡洋艦はものともしない。さすが沿岸警備艇よりも全長にして五倍以上、排水量にして数十倍もあるでっかい船はひと味違う。まったく揺れないし、もし再びイカの化け物があらわれてもこれなら負けないんじゃないかな。用意された部屋も豪華だったし、たった数時間しか乗らないのが残念なくらいだ。


 ……もともと殿下と同行していた宮内省のお役人が内緒で教えてくれたのだが、実はこの船を用意させたのは殿下の意向だそうだ。ルーカス殿下は、自分の体調ではなくオレの飛行機酔いを心配してくれたらしい。やるじゃないか、殿下。


 




「ウーィル。……ありがとう。あなたのおかげで、少し気が楽になりました」


 オレの家の前。横付けされた車のドアが開かれ、降り際のオレに殿下が声をかける。


 いやいや気にすることはないですよ。……って言うか、そもそもオレが殿下に送って貰うなんて、おそれおおいよな。


「こんな夜分、女性をひとりで返すわけにはいきませんから」


 そうは言っても、オレは殿下の騎士なんだが……。


「ふぉっふぉっふぉ。ウーィルよ、好意は素直に受け取っておくものじゃ。殿下も男の子じゃからの。女性の前で格好つけたい年頃なのじゃ」


 バッ、バルバリさん!


 顔を真っ赤にして殿下が叫ぶ。


「ひゃっひゃっひゃ、とはいえ、ウーィルもイカモンスター退治に引き続き慣れぬ会議で疲れたじゃろ。ゆっくり休め。殿下の護衛には儂がついているから心配ないぞい」


 バルバリ爺さんは、港から車に同乗してきたのだ。島で殿下とオレにいろいろあったときいて、急遽かけつてくれたらしい。


 まぁ確かに。ここから公王宮まで車でせいぜい三十分だしな。爺さんがいるなら安心か。






 その時だ。


 開いた車のドアの向こう。影が動いた。そして、光る。まばゆいばかりの閃光。


 車の中には殿下が居る。オレは反射的に背中の剣を握り、問答無用で斬った。


 鞘にはいったままの剣が一閃。それは十メートルほどの空間ごと、光の源を両断した。


「ひぃぃぃ」「カ、カメラが……」


 ……ひと?


 暗闇の中、目をこらす先にいるのは、確かにふたりの人間のように見えた。情けない格好で尻もちをつき、震えながら後ずさりして逃げようとしている。


 足元に散らばるのは、まっぷたつになったカメラの残骸?


 なんだ? お前ら。


「大衆雑誌の記者、パパラッチという奴らじゃな。ウーィルの家の前に張り込んでおったのじゃろう。それにしても、魔導騎士にいきなりカメラとフラッシュを向けるとは、命知らずな奴らじゃのぉ」


 はぁ?


「えっと、バルバリさん。どういうことですか?」


 バルバリ爺さんが、ニヤニヤしながらオレと殿下の顔を見る。


「ひゃっひゃっひゃっ。例の島に閉じこもっていたふたりが知らぬのも無理はない。ここ数日、公国市民のあいだでは公王家が結婚式用の馬車で女性魔導騎士を迎えた事件の話題でもちきりじゃ。おおかたゴシップ雑誌の記者が、公王太子殿下とお妃候補の仲睦まじいお姿のスクープ写真を狙ったんじゃろうて」


 は? 


 だ、だ、だ、誰がお妃候補だぁ?


「さいきん公国には明るい話題がないからのぉ。記者共も必死じゃ。殿下もウーィルも連中には気をつけろ。……もし秘密の逢い引きをしたい時には儂を頼るがよい。実はの、独身時代の陛下と亡き妃殿下がお忍びの密会の時には、儂が聖なる障壁をつかって世間の目から隠してやったものじゃ。なつかしいのぉ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉ」


 バ、バ、バ、バ、バ、バルバリさん、いったいなにを……。


 ゆでダコのような赤な顔をした殿下。爺さんに向けて怒鳴った後、はっとした表情でオレを見つめる。


 正面から視線があった。騎士であるオレの主。そして守護者であるオレの主であるという少年。


 オレは、……オレは、どんな顔をすればいいんだ?


 オレがお妃などあり得ない。あり得ない、が、しかし、……しかしだ。無下に否定するのも殿下に失礼なような気がする。


 ああああ、こまった。本当に、どんな顔をすればいいんだ? 殿下になんて声をかければいいんだ? 頭の中が混乱している。やばい。ちょっと顔が赤くなってきたぞ。


 数分間の沈黙。


「やれやれ、前途多難のふたりじゃのぉ……。殿下、別の記者が来るとやっかいじゃ。そろそろ帰りますぞ。ウーィル、ゆっくり休めよ」


「あ、え、えーと、ウーィル! ま、また連絡します」


「あ、ああ。まってますから」


 ぎこちないやり取りを最後に、車は去って行ったのだ。


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