美少女騎士(中身はおっさん)と殿下 その04


「大聖堂で青ドラゴンの群に襲われてもうダメだと思ったそのとき、あなたに出会ったの。……騎士ウィルソン・オレオ」


 え? えええええ?


「で、で、で、殿下? オレがウィルソンだったことを知っているのですか?」


「知っています。……あなたをその姿にしたのは、私、です」





 沈黙。


 殿下が訳のわからないことを言い出した。信じられないが、……しかし、この少年がウソを言っていないことも、オレにはわかる。


「ウーィル。……信じていただけるかどうかわかりませんが、そして許していただけるとは思っていませんが、順を追ってご説明します」


 あ、ああ。説明してくれたまえよ。


 殿下がひとつ深呼吸する。そして、正面からオレの目を見る。


「私には、前世の記憶があります。こことはまったく異なる世界で、普通の学生として生きていました。ところがある日、事故に遭い、いつのまにかハーフエルフの赤ん坊としてこの世界に生まれていたのです」


 陛下の言うとおりだな。あのおっさん、だてに公王やってるわけじゃないようだ。父親としても立派なものだとおもうぞ。


「私をこのわけのわからない世界に送りこんだ存在によると、転生者の使命は、異世界の知識をもって審判をすること。『この世界が存続に値するか』について」


 ……ずいぶんと重い使命だな。


「『彼』はこうも言いました。使命を果たすための力として『転生者』には『守護者』を与える、と。私の場合は、この世界の者をひとり選び『時空の法則を司る守護者』に任じることができる、と」


 守護者? レンさんが言ってた『守護者』? もしかして、それが、……オレ?





 真剣な表情で見つめる殿下の瞳。みるみる曇る。涙があふれ出す。


「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。自分勝手なことをしてしまってごめんなさい」


 ああ、泣くな。泣かないでくれ。


「私は、守護者同士の殺し合いにこの世界の人を巻き込みたくなくて、あの時まで守護者を決めないでいたの。自分一人が『水の法則の守護者』の手下ドラゴンに殺されれば済むと。でも、あの時、あなたが私を護ってくれて、私のかわりにドラゴンのブレスをあびてしまって、……そうしないとあなたが死んでしまいそうで、他にどうしようもなくて」


 目の前で泣き崩れる少年。中身おっさん少女としては、肩を抱いてやるしかない。……うーん、抱きしめているオレの方がちっちゃいから、いまいちサマになってないような気がするが。


「ああ、殿下。細かいことはさっぱりわからんが、別にかまわんよ。……ていうか、そうしないとオレが死んでたんだろ? 殿下はオレの命の恩人だ。礼をいうのはオレの方だろう」


「いいえ、いいえ、いいえ。……た、たしかに結果としてあなたの命を助けることになったけど、私は、私は、自分が死ねばいいとか偉そうなこと考えていたくせに、土壇場になってひとりぼっちで死ぬのが恐くなって、それであなたを巻き込んでしまっただけなの。それだけじゃなく、あなたをそんな姿にしてしまって、辻褄を合わせるために歴史を書き換えてしまって……」


 オレの腕の中、殿下がふたたび顔をあげる。長いまつげ。大きな瞳。メガネの中に大粒の涙。


「かまわんと言ってるだろ。おかげでオレはメルの側にいてやれる。……なによりも、オレは騎士だ。殿下を護るのは当たり前のことだ」


「ほ、本当に?」


 殿下がオレを見上げる仕草が、……なんというか、真剣な話をしているときに不謹慎かもしれないが、まるで女の子のようで妙に色っぽい。


 本当だとも。


 オレの返事をきいて、殿下はやっと笑ってくれたのだ。






 大聖堂跡の廃墟。いったい何分すぎたのか。


 説明されてもまったくもって訳がわからない。まだまだ謎なことばかりだ。だが、この少年はウソはいっていない。それだけは確信している。聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず後回しでいいだろう。今はこの少年を支えてやるのが、オレの仕事だ。


 不意に殿下が顔をあげる。涙の跡は残っているが、いつのまにかキリリとした表情。公王太子の顔だ。


「……そろそろ約束の時間です」


 懐中時計を見ながら、空を見上げる。


 へ? なんの?


 オレも空を見上げる。すっかり暗くなった夜空。天にあるのは満月。眩しいほどの月明かり。


「ウーィル。事前にひとつ、ひとつだけ、確認させてください」


 なにやら深刻な、思い詰めた顔。


「あなたは、……この世界が存続に値すると、思いますか?」


 はぁ? 唐突だな。


 だが、殿下の真剣な顔はかわらない。冗談ではなさそうだ。


「えーと。はい。……ロクでも無い世界だと思うこともよくあるけど、オレには出来すぎた娘がいる。仕事もまぁそれなりに楽しくやってるし、みんな一生懸命生きている。この世界もそう悪くないと思うよ」


 目の前のハーフエルフの顔が、ほっとした表情にかわる。


「よかった。ならば、……私を護ってください」


 へっ? 何度も言ったけど、オレは騎士だ。あらためて言われなくても、殿下を護ってやるよ。


 オレが返事をする前に、殿下がオレの手を握る。強く、強く。そしてふたたび空を見上げる。オレも見上げる。やっぱり月以外に何もない、が。


 ……来た。





 真上。満月の中に影。はるか上空。ひとつではない。なんだ? 青い。長い首。翼。尻尾。……ドラゴン?


 性懲りもなく、また公都を襲撃に来たのか?


 握られた手の平を通じて、殿下の体温を感じる。


 オレは反射的に右手で背中の剣を握る。着陸されると面倒だ。空中にいるうちに斬ってやるか。


 影の中でもとりわけ輝く個体。遙か高空からまっすぐに、猛スピードで降りてくる。徐々にディテールが見えてくる。鮮やかな青いウロコ。巨体。……巨体? でかい! これは小型ドラゴンじゃない。大型だ。


 大型ドラゴンを眼前で見るのはオレもはじめてだ。あ然として見守るオレの目の前、巨大なドラゴンが音も無くフワリと着地した。空中にはたくさんの小型青ドラゴンが舞っている。


 大型ドラゴンは、オレがぶっ壊す前の大聖堂と同じくらいの大きさだ。体長はゆうに五十メートルを超えるだろう。真っ赤な口から覗く凶悪な牙。ひとつひとつがトラックよりも大きな鋭い爪。全身を覆う青く輝くウロコが美しい。


 同じドラゴンでも先日公都を襲った小型ドラゴンとは比較にならない圧倒的な体躯。オーラ。そして魔力。大型ドラゴンによる襲撃は、たとえ列強国でもいまだに国家的な災いだ。


 くっ。こんなデカ物に公都まで乗り込まれて、海軍は何やってやがる。


「仕方ないよ、ウーィル。実用的なレーダーの配備と防空網の確立には、もう少し時間がかかる」


 咄嗟に背中の後ろに庇おうとしたオレを制し、あえて前に出る殿下。


 まっすぐ前を見る殿下の視線の先は、ドラゴンではない。いつの間にかドラゴンの隣に男が立っている。行儀良く座ったドラゴンが、長い首を男の前にのばし甘えるように頭をなすりつける。男はドラゴンを諫めるようにその喉の下をなでている。


 青い髪。細身で長身の男。だが、殿下とは印象がまったく違う。冷たい、まるで凍るような眼で、オレ達を見つめている青年。……いや、若く見えるが、こいつはオレの中身と同じくらいの歳だろ。


「ルーカス殿下。わざわざこの私を呼び出したということは、良い返事を聞かせてくれるのかな?」


 抑揚のない、まるで機械のような口調。


 それに対し、殿下は大きな大きな深呼吸をひとつ。そして口を開く。


「ええ。私は、……この世界を存続させたい。だから、あなたの仲間にはなれない。あなたを呼んだのは、それを伝えるためです」


 まっすぐに眼をみつめているのは、殿下にとって精一杯の虚勢なのだろう。握っている手が震えている。


 男がひとつため息をつく。やれやれ、といった体でふたたび口を開く。


「私とてできれば同じ転生者を傷付けたくはない。ましてや君のような若者をね。だから先日は手加減してやったのだが、この慈愛の心を理解してもらえなかったようだな」


「理解できない。理解したくない。本気で慈愛というのなら、あなたはなぜ人類を滅ぼそうとするのですか?」


「君も異世界からの転生者ならわかっているだろう。この世界の人類は、自ら滅びに向かっている。ならば早く滅ぼしてやることこそが慈愛だよ」


 殿下が握る手の力が強くなる。


「私のいた世界とあなたのいた世界は違うようです。私の世界の歴史では、この程度の危機は何度も乗り越えてきました。この世界の人々だって……」


「ふん。ならばしかたがない。しかし、その黒髪の少女が今代の『時空の法則の守護者』かね? 『水の法則の守護者』である私の大型ドラゴンに、その娘が勝てるとは思えないがね。十五年前、先代の時空の守護者の二の舞だ。……それでも、やるのかね?」


 殿下が振り向く。オレの眼を見る。


 ふむ。こまかい事情はわからんが、オレはこの青ドラゴンをぶった斬ればいいんだな? そーゆー事ならオレの得意分野だ。


 ゆっくりと、オレは頷く。いいだろう、やってやろうじゃないか。





 オレは背中の剣を降ろす。目の前のドラゴンが息を吸い込む。ブレスか? 大型ドラゴンのブレスはヤバイ。下手すれば一撃で都市が壊滅だ。そのうえ、こいつは水の法則とやらを司るらしい。……だが、その前にオレがその首を落としてやるよ。

 

 ジリ、ジリ。半歩づつ間を詰める。張り詰めた空気が凍りつく。


「まぁまぁそこの二人、……いや三人と一頭。落ち着きたまえ。こんな市街地で闘うこともないだろう」


 ふいに間の抜けた声。ウーィルは心臓がとまるかと思った。極限まで高まった緊張感の中、後ろからいきなり声をかけられたのだ。


 振り向くと、暗黒の夜空をバックにコントラストが眩しいほどの白髪の少女がいた。この娘は見覚えがある。メルの同級生にして寄宿舎で同室だというボクっ娘だ。


「レンさん……。どうしてここに」


 レンさんは、前開きの服に帯を巻いた見慣れない格好をしている。


「貴様、もうひとりの転生者。なぜここに現れた?」


 青い髪の男が驚いている。レンさんを知っているのか?


「いやな予感がしたのでね、寄宿舎をぬけだしてきたんだ。ボクの勘はよくあたるんだよ。ちなみにこれは浴衣といってね、ボクの祖国、皇国では一般的な寝間着さ」


 にゃあ。


 肩に乗った白い子ネコが鳴く。まるで挨拶であるかのように。


「騎士ウーィル。ルーカス殿下の守護者になってくれてありがとう。うん、ふたりの仲が良さそうでボクは安心したよ」


 レンさんが、殿下を背中に隠したオレと、オレの背中にすがりつく殿下を見て、ニヤニヤしている。


「ば、ばか……」


 殿下があわててオレから離れる。しかしレンさんはかまわず、ドラゴンと青年に顔を向ける。


「さて、……君もわかっているんだろ? ウーィルはね、歴代の守護者の中でもちょっと強い方だと思うよ」


 そして、自分の肩の上の白ネコの喉をなでる。


「そして、ボクの『運の法則を司る守護者』も、だ。……さて、どうする? いまここでふたりを相手にするかい?」


「き、貴様も、私に敵対するつもりか? 考えがまとまらないからと言うから、いままで見逃してやったのに。恩しらずめ!」


「はっはっは。ボクははじめからルーカス殿下の判断に従うつもりだったんだよ。君は冷徹な人間っぽいポーズをとっているわりに、つめが甘いというか、だまされやすいよね」


 レンさん、善良そうな顔をして、ひとを挑発するのが上手すぎだ。はるかに年上のはずの男が、顔をまっかにして逆上している。


「な、な、なんだと、ガキが!」


 ドラゴンが咆哮をあげる。公都全体が震える。巨大な翼を広げ、爪を振り上げる。


 その正面、殿下が持ってくれた鞘から、オレは剣を抜く。上段に構える。肩の上にレンさんの白いネコが乗っかる。


「君のドラゴンは確かに強い。これまでも何人もの転生者を守護者ごと葬ってきたらしいね。でも、守護者ふたりを同時に相手にしたことはあるのかな? ……もう一度きくよ。いまここでボク達を相手にするかい?」


「……く、くそ。今日のところは見逃してやる」


 いかにも悪役らしい捨て台詞をのこし、青ドラゴンは飛び去っていった。





「ウーィル」


 帰り際、レンさんが声をかけてきた。


「ボクは、殿下が本気で守護者を決めぬままひとりで死ぬつもりなのかと、ずっと心配していたんだ。だけど、君がいてくれるなら安心だ。……ルーカス殿下を頼むよ」


 オレの両手を握りながら、レンさんが頭をさげる。


「……レ、レンさん。殿下とは、どういうお知り合いなんだ? まさか、君も転生を?」


「ああ。ボクと殿下はもともと同じ異世界にいたんだ。いっしょに事故にあい、同時に転生してしまったのさ」


 へえ。世間は狭いもんだな。二人はどんな関係なんだ?


「ふふふ。前世でのボク達ふたりはね……」


「うわぁ、い、いわないでぇ!」


 叫ぶ殿下を無視して、いたずらっ子のような顔で笑うレンさん。


「双子の姉妹。……そう、ルーカス殿下の前世は、ボクの姉さ。ちなみに姉はおっさん趣味の腐女子だったんだ。元おっさんの騎士ウーィル、姉をよろしくね」


 姉? ……姉ぇ? 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る