美少女騎士(中身はおっさん)と殿下 その03


 地下通路をルーカス殿下とふたり、無言で歩く。殿下は正面を向き、真剣な顔だ。


 そんな殿下の横顔を眺めながら、ウーィルは馬車の中で公王陛下から伝えられた言葉を、頭の中で反芻していた。





「騎士ウーィル。ルーカスは命の恩人である君の事を信用しているようだ。そんな君に知っていて欲しいことがある。聞いてくれるかね?」


 はぁ。いいですよ。さんざん息子自慢したくせに何をいまさら。


「……実は、我が公王家には代々の言い伝えがあってね。公国が危機に陥ると、異世界の知識をもった転生者が一族に生まれ救いをもたらすと」


 その手の言い伝えって、どこの国の王家にもあるのでは。王権の正当性を示すためのおとぎ話でしょ。


「そのとおりだ。だが、この件についてはただの言い伝えではないんだ。なぜなら、私は実際に転生者を知っている。先代公王の弟殿下、ルデス・アトランティーカ。私の叔父だ」


 ああ、ルデス殿下。知ってます。絵が得意で変……。


 先代公王の弟君を変人よばわりしかけた事に気づき、ウーィルはあわてて口をつぐむ。


「いいんだ。たしかに叔父は変人だった。公国の政治にはまったく関わろうとせず、無人島に自分専用のメイドと二人きりで住みつき、風変わりな絵ばかり描いていた人だ」


 変人ルデス殿下が無人島に住んでいた話は全国民が知るところだが、自分専用のメイドなんて話は一般市民にとってははじめて聞く話だな。


「私は幼い頃からそんな叔父が大好きでね。彼がたまに公都を訪れるたびお話をねだったものだ。本人が言うには、叔父には前世の記憶があり、彼はもともとこの世界とは別の世界の絵描きだったそうだ。私は、文化も文明も異なる異世界の話を、いつもわくわくしながら聞いたものさ」


 へぇ、この世界とは別の世界なんてものが実在するのか。おとぎ話みたいですね。


「残念ながら、これはハッピーエンドのおとぎ話ではないんだ。先代公王が亡くなり私が即位した直後、叔父は話の続きを教えてくれた。彼がこの世界に転生させられたのは、実はある重要な使命のためなのだそうだ。そして、そのせいでいつも命をねらわれている。無人島に住んでいるのは市民を巻き込まないためだ、と」


 重要な使命?


「もちろん、すべては想像力豊かな叔父の作り話である可能性もある。だが、彼はこうも言ったのだ。自分はもうすぐ青ドラゴンに殺されるだろうと。しかし、彼が死んでも公王家の血筋にはまた同様の使命を帯びた者が生まれるだろう、と。公王として、その者を護ってやってほしい、と。……その数年後、実際に叔父は青い巨大ドラゴンに襲われて亡くなった」


 ……そうだ。ルデス殿下の住む島が巨大な青ドラゴンに襲われたのは、オレが騎士になった直後のことだ。ドラゴンの魔力による大爆発の衝撃波が数十キロはなれた公都まで響きわたったことを覚えている。


「そして、叔父が亡くなった直後に生まれたのが、……息子ルーカスだ。私は、息子ルーカスが、叔父と同じだと確信している」


 ルーカス殿下も転生者だ、と?


「ルーカス本人は、父である私にすら何も話してくれないよ。アレは、何でもできるが、何でもすべて自分で背負い込もうとする性格だ。あるいは『重要な使命』とやらに我々を巻き込みたくないのかもしれない」


 陛下はうつむきながら唇を噛む。息子が頼ってくれない自分が情けないのか。


「騎士ウーィル!」


 陛下が姿勢を正す。そしてふたたび頭を下げる。


「君のことは調べさせてもらった。始末書が多いことを除けば、その年齢で魔導騎士としての実績は申し分ない。剣の腕だけならば歴史上最強、ドラゴンにも負けないと騎士団上層部からのお墨付きだ。お願いしたい。息子を、……ルーカスを助けてやって欲しい。君の力で」


 異世界とか転生とか使命とか面倒くさそうだなぁ。でも、同じ年頃の子を持つ親としての気持ちは痛いほどわかっちゃうんだよなぁ。


「……オレは騎士だ。あらためて言われなくたって、殿下を守りますよ」


 ウーィルは、自分の薄い胸を叩く。


「ありがとう……」






「ウーィル。もうすぐ目的地ですよ」


 殿下の言葉に、ウーィルは我に返る。


 歩いた通路の長さはせいぜい数百メートルほどか。突き当たり階段を昇ると、また同じ扉。


 扉の向こうは、……廃墟? 大聖堂?


「そう、君が破壊した大聖堂の跡です」


 ウーィルがドラゴンの群ごと破壊した大聖堂の敷地。立ち入り禁止となっているものの、いまだ完全に片付けられてはいない。土台はもちろん、石造りの壁や柱の一部がところどころ残されている。


 再建についての方針がまだ決まっていないうえ、木っ端微塵にされた膨大な数の巨大な石材を処理するのに必要な予算と工数の目処が立っていないのだ。


「ドラゴンの群が公都を襲ったあの日、私は最初からわかっていました。あのドラゴン達は私を、私ひとりを狙っていたことを」


 え? ドラゴンが公都を襲った日って、オレがこの少女姿になったあの日のことか?


「だから、私はこの通路をつかって無人の大聖堂に逃げました。公王宮にいては、お父様や公王宮の人々を巻き込んでしまうと思ったから」


 えっ? えっ? それじゃぁ、あの時……。


「おもったとおりドラゴン達はここに集まりました。でも、結果として私は追い詰められてしまった。もうダメだと覚悟を決めた時、あなたに出会ったの。……騎士ウィルソン・オレオ」


 え?


「で、で、で、殿下? オレがウィルソンだったことを知っているのですか?」


「知っています。……あなたをその姿にしたのは、私、です」


 えええええ?

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