美少女騎士(中身はおっさん)とオーガ奴隷 その02
人間……。
ひ弱な生物。単独ではあわれなほどに、か弱い生き物。
一方で、集団になると知恵が回る。鉄と火薬と魔力を駆使、凄まじい力を発揮する。その恐るべき力をもって、大森林に暮らしていた他のヒト型生物を根絶やしにした残忍な奴ら。
そして、彼の意思を奪い数年間にわたり奴隷として使役した、狡猾な連中。
オーガは見る。正面。手を伸ばせば届く距離。剣をもった、とりわけ小さな人間を。
ここは人間の集落だ。奴らは集団になると手ごわい。だが、自分はオーガだ。矮小な人間がどれだけいるのか知らないが、一匹ずつ相手にしていけばいつかは殺し尽くせるだろう。
彼は拳を握る。振り上げる。まずは目の前の雌。一撃で押しつぶす。
しかし……。
脚が出ない。
一歩。たった一歩前へ踏み出せば、拳が届く距離。彼にとって必殺の間合い。
だが、脚が動かない。その一歩を踏み出せない。脚だけではない。腕も動かない。腰が自然に引く。視線をそらすことができない。そして気付く。自分の身体全体が小刻みに震えていることに。
なぜだ?
小さな人間は、オーガをまったくおそれていない。身長が三倍もある自分を見上げながら、薄笑いをうかべている。こちらを見つめる黒い瞳にすいこまれそうになる。
ここにいたり、彼はやっと理解した。
恐れているのは自分の方だ。オーガとしての本能が、目の前の小さな雌におびえているのだ。
ばかな。自分はオーガだ。誇り高き戦士だ。
力尽くで腕の震えを押さえ込む。脚をむりやり前へ出す。一歩。もう一歩。そして拳を握る。力任せに両腕を振り下ろす。
ドカン!
数百年におよぶ公国の歴史を刻んだ大通りの石畳。オーガがふりおろした拳により、それが一撃で破壊される。
ウーィルはほんの数センチさがっただけだ。完全に見切った拳がほんの鼻先をかすめて通過していく。
……さて、どうしようか。
凄まじい風圧をまともに受けながら、ウーィルは頭を捻る。
このデカ物を斬るのは簡単だ。しかし、メルやお嬢様の眼前、刺激の強い血まみれスプラッタは避けたいなぁ。……とはいえ、こんな街の中、これ以上暴れさせるわけにはいかないよなぁ。
とん
そして乗る。さりげなく踏み出した一歩。振り下ろされ、石畳にめりこんだ拳の上に。
一瞬、オーガは何が起こったのかわからなかった。
渾身の力をこめ振り下ろした拳。ちいさな人間を叩き潰した確信があった。
しかし、石畳に半分めり込んだ自分の拳をみれば、いつの間にかその上に人間が乗っている。相変わらず薄笑いを浮かべながら、漆黒の瞳でこちらを見上げている。
……ふざけるな。
怒りが激怒に変わる。オーガは人間を乗せたままこぶし振り上げ、……られない。
な、……に?
重い。ちいさな人間が山のように重い。人間は拳の上に乗っかっているだけだ。すなわち、拳にかかっているのは、人間の体重だけだ。だけのはずだ。なのに、怪力無双を誇る彼の腕が上がらない。
「ふん。意外と力がないんだな、オーガ」
ちいさな人間が声をあげる。何を言っているかはわからないが、嘲られているのだけは理解できる。
ぐおーーー!
頭に血が上る。腕の筋肉に力を込める。全身全霊をもって腕を持ち上げる。
すかっ。
今度はあっけなく腕がもちあがる。一瞬にして人間の重さがなくなったかのように。
人間め! どこに行った? 空へ跳んだのか?
顔をあげる。空中、視線の真正面に少女がいる。黒い瞳が見つめる。黒いショートカットが風になびく。
ウーィルは片刃の剣を裏返す。峰打ちだ。揃えた細い両足を折り曲げ、背中を反り、鞘に入ったままの剣を振り上げる。
くっ!
ひるむオーガにまったくかまうことなく、剣が振り下ろされる。半円を描く軌道の途中、真上に向けて鞘が飛ぶ。直後、瞬間的に剣の慣性質量が完全にゼロになる。
物理的には絶対にあり得ない現象。ウーィルはそれを自然に、まったく無意識にやってのける。
剣が一気に加速。大気を切り裂きあっという間に音速を超える。抜き身の刀身が虹色に輝く。衝撃波を引きずりながら、超音速で峰打ちの刀身が迫る。
あ、あたまを守らねば!
オーガは両腕を頭の前へ。間に、……あわない!
息を飲んだその瞬間、凄まじい衝撃が襲った。
剣がオーガの腕に衝突する直前、今度はその質量が爆発的に増大したのだ。まるで山のような巨大な質量の峰打ちが、防御した両腕をへし折る。莫大な運動エネルギーがそのまま脳天をぶん殴る。頭蓋骨を粉砕する。
ドカーン!
すこし遅れて衝撃波がとどく。そして……。
ぐらり。
ゆっくりと、ゆっくりと、オーガの巨体が倒れた。地響きをたてて、崩れ落ちる。
……どさっ。
それを見届けた後、ウーィルは剣で天を指した。
すちゃ!
まっすぐに落下してきた鞘が、剣に収まった。
ふう。
ウーィルが一息ついた。
まぁこんなものかな。オーガの全身はまだピクピク動いているが、しばらくは動けないだろう。目立った被害は、石畳と、……付近のお店のガラスが何枚かが衝撃波で割れちゃったか。
周囲の野次馬は、みな唖然している。だが、ぶっ倒れたオーガとボロ雑巾のように転がっている若造どもを前にして、当事者であるウーィルは渋い顔だ。
これ、どうしようかなぁ。とどめは刺したくないなぁ。警察にまかせたいなぁ。引き取ってくれるかなぁ。……ついでに、街中であばれちゃったから。また始末書かもなぁ。レイラ隊長、ごめん。
騎士団駐屯地の方向を向き、そっと頭をさげた。
あ! ……そういえばオレ、娘やそのご学友達とお食事中だったわ。
唐突に思い出した。
血は流さなかったはずけど、お嬢様達にはちょっと刺激がつよすぎたかも……。
ウーィルはおそるおそる振り向く。メル達のテーブルに視線をむける。
「おねえちゃん、やったぁ!」
「きゃーー。メルのおねぇさま、すてきですわ!」
えっ?
なぜか拍手喝采が湧き上がった。
「さすが騎士様!」
店の中だけではない。拍手が周囲に広がっていく。周囲に居た市民がみな拍手を始める。……ついでに、例によってなぜかメルがドヤ顔している。
え、えへへ。……市民の皆様がよろこんでくれているようで、なによりです。
「……ふむ。君は剣と自らの身体の重さを自由に変化させながら闘うんだね。ついでに時間の進み方すら歪めているのかな? さすが『時空を司る守護者』だね」
うわっ!!
ウーィルのすぐ後ろ、耳元で声がした。
おどろいて振り向くと、そこにいたのはメルの親友だという白髪の少女。レンさんだ。
「れ、レンさん。いつのまにここに。危ないから席からはなれないでって言ったでしょ!」
……ていうか、魔導騎士であるオレの後ろをとったのか? まったく気付かなかったぞ。凄いなこのお嬢様、いったい何者だ?
「ふふふ。凄いのはボクじゃない。この子さ」
レンさんは、胸ポケットの子ネコを指さす。
うわ。また頭の中を読まれた?
「この子はね、君とおなじ守護者なんだ」
へっ? 守護者? このネコが? ていうか『守護者』ってなに?
にゃぁ。
レンさんの胸ポケットにおさまった小さなネコが応える。
可愛い声。つぶらな瞳。このネコ、幸福を招く守り神とか言っていたような気がするが……。
「そう、守護者。異世界からきたボクをまもるために創られた、とても頼もしい存在。この子はね、ボクをまもるためにこの世界の法則をねじ曲げることができるのさ。……君と同じようにね」
はぁぁぁぁ? 異世界? オレと同じ? 世界の法則をねじ曲げる?
さっぱりわからない。オレには、このボクっ娘がいったい何を言っているのか理解できない。あたまの中をハテナマークが飛び回る。
だから反応が遅れた。倒したはずのオーガへの注意がおざなりになってしまった。
ぐおーーーー!!
再び咆哮が再び響き渡る。
なんだ? オーガが目を覚ました? ……しまった、油断した。打撃が足りなかったのか。なんて無駄に頑丈な奴だ。
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