美少女騎士(中身はおっさん)とオーガ奴隷


 がぁぁぁっぁぁ!!!


 オーガが叫ぶ。




 魔法使いの青年は駆け出しの魔物使いだった。特殊な魔導加工を施した首輪と鎖。それをとおして魔力により奴隷オーガを操っていたのだ。


 凶暴なオーガの本能を押さえ込むためには、繊細な魔力の行使が必要だ。だが、突如として目の前に降臨した悪魔のごとき少女騎士、ウーィルへの恐怖。それにより魔力がゆらぐ。制御が効かなくなる。オーガの本能が、魔力のくびきを断ち切った。






 オーガは自我を取り戻した。

 

 彼が鉱山奴隷にされたのは、人間の暦でもう五年ほど前のことだ。彼はもともと公国中央部の大森林の中に住んでいた。幼い頃に部族からはぐれ、森をさまよい闘いに明け暮れる孤高の一匹オーガだった。


 彼はオーガ族の中でも特異体質といえるほど体格と魔力に恵まれていた。大森林に住むヒト型モンスターの中でも最大最強だった。それが彼の誇りであり、さらにもっともっと強くなりたかった。


 自分の強さを確かめるため、周辺に住むオークやゴブリンの部族との殺し合いに明け暮れる日々。時には中型ドラゴンにケンカを売ったあげく、返り討ちにされ逃げ回ることもあった。それでもいつか必ず自分はドラゴンにすら勝てるようになると信じていた。


 しかし、そんな日常は唐突に終わる。


 森の中に、ニンゲンの集団がやってきたのだ。やつらは森を切り開き集落をつくった。狩り場を荒らし川を汚した。山肌に巨大な穴を掘り始め、煙を吐く巨大な鉄の機械が往き来するようになった。


 オーガを含め森の中の魔物達は、何百年も前からニンゲンに近づくことを嫌っていた。単独ではヒト型の生き物の中でもとりわけ弱々しいくせに、集団になれば強大で残忍になる。強力な武器と魔力を巧みに扱い、他の生き物に容赦がない。


 はじめに、たまたま人間労働者の集落近くを縄張りとしていたブタ面のオークどもが皆殺しにされた。ゴブリン達は、いつの間にかさらに深い森の奥に逃げてしまったらしい。


 誇り高きオーガは逃げなかった。彼は、ニンゲンもオークもゴブリンも平等に扱った。すなわち、不幸にも森の中でオーガに出会ってしまった者は、等しくバラバラにされ、彼の餌となったのだ。


 そんなオーガをニンゲンどもが見逃すはずがない。ある日、彼の巣はニンゲンの大きな群に包囲され、圧倒的な鉄と火薬と魔力により蜂の巣にされた。彼が生かされたのは、その強靱な生命力によりたまたま即死しなかったからに過ぎない。


 その日以来、彼はずっと首輪をつけられてきた。『魔物使い』の魔力によりもともと強くない思考力を根こそぎうばわれ、自我を失った。少ない食料で過酷な鉱山の中、ただ力しごとをする存在となった。


 だが、鉱山の経営者にとって、オーガ奴隷は期待したほど経済性がなかった。オーガに給料は必要なくても、今や貴重な存在である『魔物使い』の魔法使いを雇うためには極めて高給が必要だ。にもかかわらず、ちょっと油断すればオーガは他の人間の労働者を食ってしまう。日進月歩で進歩している機械、あるいは金さえ払えば黙って働く人間の労働者の方が遙かに安上がりだったのだ。


 彼は廃棄処分となった。


 しかし、ただ同然で払い下げられ処分される寸前、彼を引き取った人間がいた。


『卑しい魔物のくせに人間のふりをして金儲けをしているエルフに対して、奴らと同じ魔物であるオーガをつかって天誅を下す!』


 オーガを買い取った小僧どもは本気でそう考えていた。自分こそが公国の救世主だと。……もちろん、そのように吹き込んだ者が別にいるのだが。







 正気を取り戻したオーガ。数年ぶりに鬼の本性を取り戻した彼は、咆えた。


 全身全霊の咆哮。


 自分を奴隷にした人間に対する怒り。自分自身の弱さに対する怒り。世界のすべてに対する怒り。全身からあふれ出た怒りが一気に吐き出される。


 野生の本能と感情の高まりが物理的な力となる。莫大な魔力が空間に溢れる。空気が震える。地面が揺れる。


 その直後、石畳を巻き上げるほどの疾風。オーガの巨大なこぶしが、横殴りに振り回されたのだ。


 オーガに繋がれた鎖の端を握る魔法使いの小さな身体が吹き飛んだ。それはまるで枯れ葉のように舞い上がると、数十メートル先のレンガ壁にぶつかり、おちた。


 そして目が合う。


 彼の正面にいるとりわけ小さな人間。剣を持った雌。その顔に浮かぶ薄笑い。


 この自分のオーガとしての姿を見ても、力を間近で感じても、それでもなお余裕の薄笑いを浮かべるニンゲンだと?


 自分でも何故だかわからない。オーガの全身が総毛立った。


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