美少女騎士(中身はおっさん)と下っぱ吸血鬼 その02


「ヴァンパイアか……。この身体の能力を試すには、格好の相手だな」


 目の前に音も無く空から降ってきた少女。自分をヴァンパイアと知っていてなお、まったく恐れることなく微笑んでさえいる。


「ただのガキ、……じゃなさそうだな。魔導騎士か」


 小さな少女だ。どうみても中学生くらい。だが、黒いマント、黒いシャツ、膝丈のスカート、確かに公国騎士団魔導騎士小隊。その恐るべき魔力と剣をもって、公国に出現する魔物狩りに特化した武装組織。多くの魔物にとって天敵ともいえる存在として知られている。


 だが、自分はヴァンパイアだ。ただの魔物とは違う。いかに魔導騎士といえども、私の敵ではないはずだ。


「……魔導騎士といっても、所詮は人間だろ? オレの血肉になってもらうぞ」


「やれるものならやってみろ。……これだけの人間の命をもてあそんだんだ。覚悟はできているんだろうな」


 可愛らしい顔、鈴を転がすような声をしているくせに、平然とそう言い放つ。その大人を舐めきった態度がしゃくに障る。背中には長すぎる剣を背負っているものの、鎧すらみにつけていない。ヴァンパイアを舐めているのか?


「覚悟? 乳臭いガキの血でも好き嫌いせずに飲み干す覚悟なら、できているよ」


 言うと同時に、ヴァンパイアは抱きかかえていた女性警官の身体を、ウーィルめがけて投げた。


 女性とはいえ人間ひとり分の質量を、まるでぬいぐるみのよう片手一本で軽々と投げ飛ばす。ウーィルは、ほんの最小の動きでそれを避ける。そして、消えた。





 ヴァンパイアの腕力で投げ飛ばされた女性警官は、凄まじい速度で迫るレンガの壁を見た。この速度では受け身すら取れない。だが、死を覚悟し目をつむった次の瞬間、自分の身体がフワリとなにかに受け止められたのを感じた。


 水?


 空中に水の塊。訳がわからない。彼女の肉体は巨大な水滴に横から突っ込み、その勢いを減じた。そして落下。


 ずぶ濡れの彼女が目を開けると、男に抱きかかえられていた。目の前で優男が微笑む。


「大丈夫ですか? お嬢さん」


 優男は、公国魔導騎士ブルーノ・クアドロスと名乗った。水の魔法で彼女を受け止めたらしい。最初にヴァンパイアに襲われた女も、彼の足元にいる。


「き、騎士団? 魔導騎士? 助けて! おねがい、仲間がみんなあいつに。私が、私が、はやく信号弾を撃たなかったから……、私が……」


「落ち着いて! 誰のせいでもありません。……あなただけでも助けられてよかった」


 騎士ブルーノがそっと抱きしめる。深呼吸を三回。それだけで彼女は警官としての自分を取り戻した。


「ご、ごめんなさい。もう大丈夫。……あ、あの少女も騎士なの? でも、相手はヴァンパイア。本物よ。危険だから逃げるように言って!」


「心配いりません。我々は公国魔導騎士、ヴァンパイアごときに遅れはとりませんよ」







 女性警官を弾丸かわりに投げ飛ばしたヴァンパイアは、それがウーィルに命中する前に動いた。


 人間を遙かに超越した身体能力をもって、まっすぐに突進。まだ空中にある警官の身体の後ろから、ウーィルの顔面めがけて拳をたたき込む。


 相手はただの警官ではない、騎士だ。魔導騎士にだけは油断しないよう、あの方にもきつく指示されている。だから初めから全力で殺しにいく。……だが、渾身の力で振り抜いた拳は空を切った。


 消えた?


 月明かりの下、少女がいたはずの空間に闇だけが残る。きこえるのは風の音だけ。


 下か!


 足元に潜り込まれた。少女の小柄な体躯を視認する前に、真下から何かが爆発的に吹き上がる。ウーィルがヴァンパイアの顎を蹴り上げたのだ。


 ウーィルはもともと自他共に認める剣士であるが、剣による闘いにこだわってはいない。むしろ接近戦においては、自分の肉体も含めありとあらゆる物を武器として闘うことが、少女の姿になる前からの彼の性分だ。もともと得意だった魔力による筋力ブーストと、それに加えて少女の身体の人間離れした反応速度をフルに活かした蹴りが、ヴァンパイアの顎を下から撃ち抜いた。


 ヴァンパイアの端正な紳士面が、情けなく後ろにひっくり返る。





 騎士ブルーノに抱かれたままウーィルの闘いを見ている女性警官、かろうじてウーィルの動きを目で追うことができた彼女は、あまりの出来事に目を見開く。


 凄い! 何という速さの蹴り。私達が手も足も出なかったヴァンパイアの身体能力、それに真っ向から対抗できるなんて……。


 しかし、騎士とヴァンパイアとの闘いはそう簡単には終わらなかった。普通の人間なら、それがたとえ屈強な軍人であっても間違いなく一撃で昏倒するはずの蹴りを喰らってなお、奴は平気だった。絶対不死、最強最悪の人類の敵対種、それがヴァンパイアなのだ。


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