(完結済)彼とは幼馴染で腐れ縁

桃元ナナ

1、彼の溜息の理由

ナルは今日も執務室でお酒を酌み交わしながら、盛大な溜息をついている。


溜息つく姿でさえ、綺麗とか思っちゃってる私はちょっと重症かもしれない。


彼とは幼馴染。

家も同じ格である伯爵家。


年はナルのほうが一つ上。

昔から追いかけごっこや、虫取りとか、女の子の遊びとはかけ離れたことをずっと一緒にやってきた腐れ縁。


ずっと憧れてた。

中世的な顔立ちに、細身なんだけどしなやかな筋肉。

母親似の漆黒の瞳と髪が、彼の美をより引き立たせている。


両親からのお小言は多かったけど、いつの間にか『女の子らしくしなさいっていうのはやめることにするわ』って言われた。


貴族女子としては完全に失敗だと思われていても、構わなかった。


彼は父親が団長である騎士団に入ると、学園を卒業してすぐに、私は追いかけるように入団した。


なんとか3年勤め上げたところで、ナルは副団長に昇格した。

私は一応補佐役。


机仕事も超一級のナルに、補佐官なんて必要ないと思うけど、彼の側にいれたら良かった。


男社会の騎士団の中で、数少ない女である私は差別や虐めもあったけど。

さりげなくナルがフォローしてくれていて、ここまでこれたと思ってる。


「――今日もお疲れ」

ナルはそう言うと、私の前にグラスを差し出す。


私は受け取ると、そのままナルのグラスと乾杯の音を鳴らす。


「机仕事、おわったの?」

大量にあった書類が、決裁済の箱に入ってるのを確認する。


「当たり前だ」

ナルはそう言うと、グラスのお酒を一気に飲み干す。


最近、お酒が増えた気がする。

さっきの溜息もそうだけど、何か悩み事でもあるのではないか。


「ナラーシュ様、何か悩み事が?」

皆の前で言うように、様付で彼を呼ぶ。


ナルはちらっと私を見ると、また溜息をつく。

「今は2人しかいないよ」


「――ああ、そうでしたね。――ナル、何かあったの?」

私は改めて彼に聞く。

何故か、ナルは2人きりの時や騎士団を離れた時には、様付で呼ばれるのを嫌がる。


私としては嬉しいのだけど。


「――周りが煩くてね。早く身を固めろってさ」

「なるほど」


ナルは私とは違って、伯爵家の跡取り息子だ。

周りが煩いのも納得だ。


「今までは、単なる隊長だったら落ち着くまでは……なんて言い訳できたのだけどね」

「いまや、副団長ですものね」


4年目にして副団長。

勿論、家柄でもあるけど、それ以上に彼の実力は本物だ。


昔は勝てたこともあったけど、今となってはもう剣さえも交えてもらえないほど、彼は凄腕になっている。


それに指揮をとらせても、彼の右に出るものはいない。

神は二物も三物も、この人に与えていると思う。


「ナ、ナルは好きな人とかいないの?」

自分で聞いておきながら、声が震えている。


見た目も、地位も、賢さも、素行も、彼は優良物件だ。

学園でもいつも美女がひっきりなしに彼に纏わりついていたのを見てきている。


騎士団へ入団してからは減ったものの、突撃してくる貴族の娘は1人や2人ではない。


それなのに浮いた噂は聞こえてこない。


一部では、彼は女に興味がないのではないか――だという下衆な噂を聞こえてきている。


だとしても、私はナルの側から離れる気はなかった。

好きな人がいるなら全力で応援したい。


彼が一人の人と一緒にいるのを見るのは辛いけど、彼が不幸になるのはもっと嫌だったから。


「た、頼りないかもしれないど、話くらいなら聞くわよ。私たち親友でしょ」


彼は私を一瞥すると、新たに注いだグラスを見つめてる。


私は最低だ。

傷つかないように、線を引くなんて。


憧れから恋に変わったことだって、とっくに気づいている。

それでも――。

この人が傷つかない未来であって欲しい。

そう思ってしまうのは、エゴだろうか。


「――俺的には、結構アピールしてるつもりなんだけどね。どうやら相手には伝わってないらしい」


「そ、そうなんだ……」

そんな相手がいたことに、私はショックを受けた。

自分で聞いといて、なんと都合の良い話しだろう。


「それに―― 周りの人曰く、どうやら俺の愛は重いらしい。相手を傷付けないか、嫌われないか、不安なんだ――」

そう言うと、憂いの帯びた瞳を彼は閉じた。


そんな気持ちで見ている人って、誰だろう。

誰だろうと、関係ない。

ぶつかって見なければ分からないことだってあると思う。


それに相手は気づいてないようだ。

直接的なアピールはしてこなかったのだろうか。


「もっと直接的にアピールしてみたらどう?相手は気づいてないくらい鈍感なんでしょ」


しばらくの沈黙の後、彼は縋るような目で私を見る。

「俺、嫌われるのは嫌なんだ。だけど他の人にも渡したくない」


独占欲。

ナルにそこまで思われているなんて、何と幸せ者なのだろうか。


「誰かに取られて嫌なら、いくしかないじゃないの」


「そう――だよな」

ナルはそう言って立ち上がる。


きっとその想い人の元へ行くつもりだろう。


さよなら、私の初恋。

それでも私は彼に幸せになって欲しいから、笑顔で見送る。


「――頑張ってね」

涙がこぼれそうなのを我慢して、私は笑顔を作る。

きっと、かなり不細工な笑顔だったと思う。







ナルは部屋を出て――行くことはなく、私の隣に移動して私を抱きしめた。


「ねえ、その泣きそうな顔。俺、期待して良いのかな?」


彼の温もりを感じる。

というか、今の状況に頭が追いついてない。


「ええっと、ナルさん」

「何?アリ」

「今の状況が分からないのですが」


私の言葉に彼は身を離すと、私の目を見つめてる。


「ん、アピールしてる」

「ん?ん?私に?なんで?」


ナルは深い溜息をついて、私の頬に唇を押し当てた。

そのまま、もう1度抱きしめられて耳元で囁く。


「俺、ずっとアリが好きで好きで、俺だけを見て欲しいって」

「えええええ!」


貴方、そんなそぶりありました?


えっと、気づいてないだけであったのかな……。


「学園に入学した時も、騎士団に入団してきた時も、徹底的に男を排除したからね」

「へっ」


何その不穏な発言は。


「俺だけを見るように仕向けてきたつもりだけど――ね、俺の愛重いでしょ」

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