レック ザ ファンタジー:🔴REC the Fantasy

糸野 吹

第一章 緑を操る白を倒せ

プロローグ:転生

 ブレーキとクラクションが奏でる不協和音は、気がつけばカメラのシャッター音を再現した電子音に変わっていた。


 同時に、強烈なフラッシュで視界をつぶされている。


「まぶし……」

「はじめましてこんにちは。さっそくですが、あなたは死にました」


 戻った視界の先、白いローブに身を包んだ超美人なお姉さんが、ご丁寧にもそう教えてくれた。


 その手にはスマホが握られている。


 シャッター音とフラッシュの正体はたぶんこれかな。


 いや、そんなことより。


 俺こと普通の男子高校生──仁後にご刀我とうがは今、何もない白い空間に突っ立っていた。


 ついさっきまで、ちゃんと交通ルールを守って登校していたにも関わらず、だ。


 ようやく慣れ始めた通学路で突然トラックに突っ込まれたってだけでも一大事なのに、ましてや次の瞬間こんな場所にいる。


 どこにでもいるモブ校生を自覚しているからこそ、ここにいることの違和感が余計ぬぐえない。


 こんな時って夢か何かと疑ったり、只今絶賛行方不明中の整合性の所在について、あれこれ考えを巡らせたりしなきゃいけないんだろうな。


 けれどそういうことに頭を使おうって気持ちごと、俺の目を奪う鮮烈な一色がここにはあった。


 眼前でにっこりとたたずむおねえさん──彼女の瞳と長い髪の毛の色は、まるで血に染め上げられたかのように赤かったんだ。


 トラックにかれた衝撃で視界が血に染まってるんじゃない。


 そもそも痛みや外傷は見当たらない。


 おねえさんの瞳と髪そのものが、血の赤をしていたんだ。


 しかも俺、というか多分見る者全てを魅了するだろうってくらいだから、決して物騒な感じの赤じゃない。


 『生命力』とか『循環』とか『輪廻りんね』とか──。


 とにかく漠然とそんな類のモノをイメージさせられた俺は、気がつけば吸い寄せられるようにして口を開いていた。


「あの、あなたは……」

「そうですね。女神……、といったところでしょうか」

「ここはどこなんですか? 死後の世界とか?」

「死後の世界、とも厳密には異なります。ですが先ほども言ったように、あなたはあなたがいた世界でお亡くなりになりました、トラックに轢かれて。だからここにいるのです」


 トラック、そして自称女神……。


 いや、まさかな。


「ところで仁後刀我さん」

「──ッ!!」


 名前を言い当てて来た!?


 もしかしてホンモノ!?


「あなたのエフェクトは、『機神視点デウスフォーカス』です」

「……はい? エフェクト……、でう……?」

「ちょっと待ってくださいね」


 女神様は持っていたスマホをポチポチすると、その画面を見せてきた。


 テキストアプリに、機神視点の四文字とデウスフォーカスのルビ。


「……、」


 今でこそちゃんとむず痒さを覚えるアレな字面も、ほんの一、二年前のリアル中学二年生の俺なら目を輝かせてたんだろうなきっと。


 若さって怖えわ。


「エフェクトとは、見えざる力の総称です。発動条件は個々に差異はあれど、一貫して共通しているのはカメラのレンズを通すこと」

「でも俺、今までカメラを使った時になにか見えざる力が働いたことなんてありませんよ?」

その力に目覚めたのですよ。というより、元々あなたの中に潜在的にあったエフェクトの素質を、今わたしが引っ張り上げたといったところでしょうか」


 なんかいきなり眉唾っぽくなってきたぞ……。


「とにかく、そんな数あるエフェクトのうち、あなたのは見えざる鎧『機神視点デウスフォーカス』。あなたが録画する映像の中で、一番近くにいる被写体が身につけることができます」

「見えざる鎧を、ですか」

「要するに、あなたが誰かを撮影する時、その者が見えざる力で守られます」

「なるほど。でもいまいちピンと来ないというか、実感が湧かないというか……」

「そうですか。では実際にやってみたほうが早いでしょう。さあ、あなたのスマホでわたしを撮ってみてください」

「いいんですか!? じゃあ早速──」


 降って湧いた好機に、俺は急いでブレザータイプの制服のズボンの右ポケットをまさぐった。


 スマホを取り出しカメラアプリを起動。


 RECレックアイコンをタップして両手で横向きに持ち替え、それを女神様のほうへと向けようとした、その時だった。


 突然、空間全体がまばゆい光に包まれはじめた。


「う、うわっ!」

「──っと、どうやらわたしのところに居られるのはここまでのようです。あなたのエフェクトは、これからいく世界で試してもらうことにしましょう。それでは、ご武運を」

「ちょ、待っ──」


 目がくらむほどの強烈なホワイトアウト。


 けれどそれも一瞬のことで、閉じたまぶたの上から感じる光量が普通な感じに戻ったことを察知した俺は、恐る恐る目を開けた。


 するとそこには女神様の姿はなく、代わりに視界に飛び込んできたのは、惰性だせいで前方に向けたままの俺のスマホと、


「「えっ」」


 その先で呆然と立ち尽くす、しとどに濡れた全裸の美少女だった。


「きゃあああああああああああっ!!」

「い、いやそのっ、これはぐはぁえっ!?」


 絹を裂くような悲鳴と共に美少女から飛んできたのは、渾身こんしんのハイキックだった。


 何もない空間から一転。


 白昼の屋外のような場所で全裸にかれた獲物が繰り出すにしては余りに強烈な、それこそ狩る側がやるような完璧な一撃だった。


 それを側頭部付近にらった俺。


 もんどりうって地面に倒れると同時に直感した。


 あれこれ言い訳するより素直に謝ったほうがいい、と。


「本当に申し訳ありませんでした!」


 地面に転がった勢いを土下座の体勢へと変換する。


 謝罪の意思を示しなおかつ目のやり場も確保できるまさに一石二鳥!


 一緒に吹き飛ばされたスマホそっちのけで一心不乱に地に額をつける姿は、自分で言うのもなんだけどなかなか堂に入ってね?


 いやこんなことで堂に入りたくはないけど。


 対する美少女も、


「ダメです! 許しません! だからわたしが許すって言うまで、絶対に顔をあげないでください!」


 と俺の意図を最大限、斟酌しんしゃくしてくれる構え。


 タタタッと裸足の足音が遠ざかっていき、ガサガサッと木陰が揺れて衣擦れのような音も聞こえてきた。


 額を付けたままながらようやくホッと一息つく。


 けれどまだ側頭部がジンジンしていやがる……てかなんで全裸なんだよ!


 女の子が嫌いなわけじゃないけど心臓に悪い!


「まあ水浴びとかかな、異世界だし──」


 と、自分で言っときながら自分でハッとした。


 異世界転生というやつに、俺は本当に巻き込まれたとでもいうのか、と。


 元いた世界で一旦死に、神様的な存在に導かれて全くの別世界に転生するという、あの異世界転生。


 漫画やアニメの世界でのアレが、本当に俺の身に降り掛かったのか!?


 こうして一人になれた今だからこそ冷静になって考えられるけど──、状況的にやっぱり異世界転生しちゃってるよなこれ!?


「……、」


 チラッと盗み見程度で辺りを見てみたけど、木立ちの中にもろ水浴びしてくださいみたいにこぢんまりとした滝壺がある見知らぬ景色。


 水の音や地面の感触、風や匂いも全部本物で、夢では(そもそも蹴られた痛みを感じてる時点で)なくなった訳だ。


 で、見た感じブレザー姿で、自分の顔を触って確かめても特に変化は感じられない。


 つまりは現地の他人に生まれ変わるとかじゃなく、どうやら自分自身として転生するパターンのようだ。


 俺が俺でいられることに感謝しなきゃな……って、


「クソッ、なにがどうなってんだよ……」


 さっきの子に聞こえない程度に吐き捨てる。


 そうだ、俺はいま猛烈に心細さを感じているんだ。


 こればかりは実際に失ってみないとわからない。


 取るに足らなかった日常の掛け替えのなさを。


 そんな心細さの理由を誤魔化したかったんだろうな。


 いつしか俺は元の世界に帰りたい理由を単に心細いからというよりは、『両親に先立ってしまった後ろめたさのため』ってことにしていた。


 笑っちゃうよな。


 けむたい存在の象徴にしていた両親を、いざ離れ離れになった途端にもっと親孝行していたらなって対象としてとらえ出すなんて。


 けれどもっと笑えるのって、そんな風にのつもりでしてた両親に対する未練のようなものが、実は結構だったってことなんだ。


 ただこの時の俺にその自覚のようなものはまだなくて、もっと後になってから気づくことになるんだけど、それはまた別の話。


 とにかく心細さで落ち着かない胸の内を両親に先立ってしまったってことにして、今の状況をなんとか受け入れることにした。


 すると向こうの方の草むらが揺れるような音。


 どうやらさっきの子が着替え終わって出てきたみたいだ。


 ちなみにその子は、ほんの数秒しか見ていないのに一発でそれとわかるくらいとびきりの美少女だった。


 もう『ちなみに』で済ませるのが失礼なくらい。


 一言で言えば、色白で黒髪黒目の清楚系だ。


 しっとりツヤツヤな髪はかなり長くて腰まであったと思う。


 顔立ちは、大人びた端正な造りの中にまだ少女のあどけなさが残っているという、この手の形容の仕方では同い年くらいの女の子に対する最高ランクの評価をあげていいね。


 お次はいよいよ、一糸まとわぬ首から下な訳だが、華奢きゃしゃな割に胸は大きいようだった、とだけ。


 なにせ詳細に語るにはあらゆる面で経験不足。


 特に下のほうなんかは、並の動体視力ではブレてよくわかんなかったってことで勘弁かんべんしてほしい。


 とにかくここは異世界。


 十中八九、中世ヨーロッパ風。


 なら美少女もそれにふさわしい服装で俺の目を保養してくれるはず、なんて上から目線で勝手なことを考えていると、いよいよさっきの子の足音が近くまでやってきた。


「頭を上げてください、あなたを許します」


 だから言われた通りに頭を上げた時、俺は落胆せずにはいられなかった。


 彼女のその、想像とはかけ離れた地味な格好に。

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