第138話 ブッピーの怒り
「両者準備が整ったようです! では、1回戦第二試合。レディ……ゴーーーーーーッッッ!!!」
闘いの火蓋が切って落とされた。天使達の張った結界が一瞬にして消え去り、二人の戦士がフリーになる。
「ブモモモモオオオオォォォォッッッ!!!」
ブッピーが凄まじい咆哮を上げた。入場の時とは違う、本気の咆哮。ブッピーの口の前の空間がグニャリと歪み、細かく震えた。そして、ブッピーの前の石畳が割れていき、フラットだった舞台が一瞬にしてガタガタに変化する。
「残念だがその程度の威圧など、我には効かぬわ」
ズールが右手人差し指をクイッと上げるとそこに分厚い空気の壁のようなものが出来上がった。
バアアアアアンッッッ!!!
ブッピーの咆哮の威力がその空気の壁に衝突し、周囲に凄まじい破裂音が鳴り響いた。
放たれた音波と空気の壁がぶつかり合い、二人は何事も無かったかのように、また睨み合った。
「初っぱなから強烈ですね~~~!」
「ズールは魔法も使えるんですよ! その腕前は言うまでも無く超一流のものです。まさか、あの咆哮をさらりと受けてしまうとは思いませんでした!」
「ブモアアアアッッッ!!!」
ブッピーがその手に持った巨大な剣をズールの遙か上空から振り下ろす。だが、その剣は刃が着いたところが横を向いていた。つまり、ブッピーは巨大な剣の横で、ただ叩きつけるように振り下ろしたのだ。
「ぬぅ!」
ズールは4本の腕で剣を交差し上空へ構えた。
「あぁっと、ズールが咄嗟に防御する!」
ズガアアアアンッッッ!!!
辺りは一気に土煙に飲み込まれた。
「強烈な一撃だぁぁ!!! 果たしてズールは無事なのか?」
土煙が晴れてくる。すると、ブッピーの剣は地面に大きな穴を空けており、地上にはズールの姿がなかった。
「あぁ! ズールがいません! あの剣で押しつぶされてしまったのでしょうか!!!」
ブッピーはその口を逆さになった三日月のようにグニャァと緩ませた。剣をゆっくりと引き上げていくが、ズールの姿は無い。
「ふむ、凄まじい力だな。だが、この程度我を倒したと思ったら大間違いだ」
大きな穴からボフッと何かが飛び出すと、後方へ着地した。
「ああ~~~っと、ズールはまだ生きておりました! 信じられません! あのブッピーの強烈な一撃を防ぎきるとは!」
「しかし、ズールは少しダメージになっているかもしれませんね」
ズールは腕をユックリ回しながら調子を確認し、首を横に曲げコキリと音を鳴らす。
「やってくれるじゃないか。これは御礼をせねばならんな」
ズールはユックリと歩き出した。その目はブッピーを全く恐れていないほどに鋭く相手を捉えている。
「ブモモモモオオオオォォォォ!!!」
ブッピーは上空へ向かって叫んだ。そして、示し合わせたようにズールに向かってユックリと歩き出すのであった。
***
エルダーオークであるブッピーは怒り狂っていた。自分のボスであるオークキングが何者かに倒されて以来、オーク族は激しく数を減らし、この世界での優位性が失われてしまったのだ。
本来、格下であるゴブリンや、コボルドですら集団でオークに襲いかかり、食肉として食べられる始末。奴らの雌をさらい、繁殖用に使用していたのも過去の話になってしまったのだ。1匹で動き回ると確実にやられてしまうため、オーク族は群れ出すようになっていた。だが、そのありあまる性欲を抑えきれず、発狂してしまい、群れを飛び出した所を確実に狙われていったのだ。
「ブモモッ! 我等オーク族がこれほど舐められるとは……」
ブッピーは独りごちた。視界には10頭のオーク達がいる。オークキングの元にいた頃は数百頭もいたオークが今や、たったのこれだけしか残っていなかったのだ。それも満身創痍。怪我を負っていない者など皆無だ。
かつてキングがいた頃は人間の村を襲い、極上の雌を囲い、快適な家でエサを貪り食っていたのも昔の話。今は雌もおらず、毎夜の警戒で神経をすり減らし、身体は傷だらけだ。
「最早、神に見捨てられた我々は滅ぶしかないのか!」
仲間達は一様に俯き、言葉すら発する事が出来ない状態だった。
もし、今ゴブリンキングや、コボルドエースに襲われてしまえばブッピーの群れは壊滅必至であった。ブッピーはオークジェネラルでもオークキングでもないのだ。ただ長く生きながらえただけのオークだった。オークは比較的力が強いが、ゴブリンキングはもちろん、ゴブリンエースやゴブリンソルジャーといった亜種に対しても1対1では勝つことが出来なかった。
天が光り出し、辺りが白く包まれたのはそんな時だった。
「オーク族、族長はお前か?」
「ぬぅ? 誰だ貴様は! 妖しい奴め!」
ブッピーは傍らにあったボロく、刃の欠けた粗末な剣を握り、立ち上がった。もう闘える者は自分一人。群れのため、オーク族を生きながらえさせる為には自分が闘わなければならないのだ。
立ち上がっただけで傷口が広がり、手足の毛が赤く染まり出す。剣を持つ手は痺れが残っており、握っている感覚が半ば分からない。
だが、それでもブッピーは立ち上がった。
「例え最後の一匹となろうとも、俺は破壊王、ブッピーだ。戦い抜いてみせる!」
握る剣はブルブルと震える。恐らく一振りするのもやっとだろう。それでもブッピーの目は鋭く、現れた光存在を睨み付けた。
「いいでしょう。ソナタのような存在こそ、我が代表にふさわしい」
白い存在は両手を広げ、闘う素振りも見せない。
「代表だと? 何のことだ?」
「これより、地上のあらゆる種族が集まり、闘い合うのです。その闘いに最後まで勝ち残ったとき、私はソナタの願いを一つ叶えましょう」
「願いを叶えるだと? 貴様は神だとでも言うのか?」
「いかにも。私こそが魔獣の神。そなたに力を授けます。なんとしてもトーナメントを勝ち抜き、オーク族を復興させるのです」
魔獣の神が手のひらをブッピーに翳した。
白く、神聖なる力が霧のようにブッピーを包み込んでいく。
「ブモッッッ!!! こ、この力はっ!」
ブッピーの身体が一回り大きくなり、強力な再生能力が備えられ、傷口はあっという間に塞がった。
溢れ出る力は持っていた剣を一瞬で握りつぶしてしまい、粉々に散っていく。
獲物を狩る目は今までよりもずっと冴え渡り、近くの鳥が動くはずの未来の行動がその目に映り込むようになった。
「この力こそ、オークキングに相応しいものです。先代のオークキングの力、確かにアナタに授けましたよ?」
「ブモッ! この力はキング様のものだったのか?」
「はい、オークキングは常に一人。私に選ばれし者こそがキングとなり、群れを率いるのです。さぁ、新しい剣を受け取りなさい」
魔獣の神は何も無い空中から巨大な剣を取り出した。そして、ブッピーの前に刀身が突き刺さるように投げ与えた。
今や体長3メル以上もあるブッピーの背丈を上回る巨大な黒い剣。この剣にはろくに刃がついていなかった。素材もまるで得体が知れない。
「さぁ、時は満ちました。その剣を握るのです! 力強いソナタに剣技やら体術やらそのような誤魔化しの技術は必要ありません! 強大な力を持って全てをねじ伏せるのです! そして、あらゆる種族を蹂躙し尽くすのです!」
ブッピーは目の前の剣を抜いた。凄まじい重量の一品だったが、今のブッピーならば、片手でも振り回すことが可能だった。その剣はまるで長い間使い続けていたかのように手に馴染む。
「いいだろう。俺を案内しろ。全てを喰らい尽くしてみせる!」
ブッピーの目が赤く光る。
その様子を魔獣の神は微笑みながら満足したように頷くのだった。
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