第136話 イヴリスとの会話
「さぁ、一瞬で終わってしまった1回戦第一試合ですが、今、壇上には15柱の神が並び立っております。そう! 対戦の決める抽選を行います!」
壇上には見たことのない神々が並んでいた。俺は控え室のモニターを注目している。願わくば、2回戦でヤツと当たりたいのだ。ザッツに呪いの毒を仕掛けたあの
抽選会のモニターを注視していると、不意に控え室のドアが開いた。
「誰だ……」
開いたドアには誰も見当たらない。
だが、間違いなく強敵がそこにいる。俺の直感がそう告げている。背筋が寒くなり、肩がブルリと震えた。これほどの魔力……、一体誰だ?
やがて、現れたのは美しい緑色の髪の間から漆黒の角を生やした女だった。
悪魔族代表、イヴリスか……。
「何用だ? お前の1回戦の対戦相手は俺ではないはずだが……」
イヴリスはまるで美味しい極上のスイーツでも見るかのようなウットリした目を俺に向ける。
あまりにも整いすぎている顔立ち、大きな目、ぷっくらと膨らんだ唇、そのどれもが男を惹き付けてやまない。だが、今の俺には色仕掛けなど通じるはずもない。その目は見ているだけで吸い込まれそうになるほど魅惑的だ。恐らくだが、”魔眼”というヤツだろう。
「先ほどの試合。見事、と言っておきましょう」
イヴリスはニッコリと微笑みながら俺に近づいてくる。
「そんなことをわざわざ言いに来たのか? 物好きな女だ」
「あら? 挨拶もしてくれないのかしら? 私はイヴリス。暗黒大陸を統べる悪魔族の女王」
「それは解説で聞いている」
「あら、自己紹介してくれないなんて……、まぁいいわ。ねぇ、貴方。強いのね」
「何が言いたいんだ?」
「んもぅ、せっかく褒めてあげてるのに……」
褒めてあげてる……ね。そんなに上から目線で話しかけてきて一体何の用があると言うんだ?
「単刀直入に言わせてもらうわ。私と契約してくれないかしら?」
「契約?」
この悪魔、何を考えているのだ……。
「えぇ、私は強い者を求めている。貴方は私の眼鏡に適ったというわけ。どうかしら?」
何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
「他を当たるんだな。俺は忙しい」
「あら? 連れないのね。ま、いいわ。まだ時間はあることだし」
イヴリスは控え室に入ってくると、俺の隣のイスに腰をかけた。それも、膝から下が俺の脚にぶつかってくるほど近い所にイスを寄せてくる。
「何のつもりだ? お前の話は断る。これ以上話すことなどない」
「あら? いいじゃない? 一緒に観戦しましょうよ! 貴方の知らない情報を持っているかも知れなくてよ?」
とりあえず殺気はない。それに俺には状態異常を防ぐペンダントを身につけていた。そのペンダントが光を僅かにたたえ、状態異常を防ぐために反応している。そのため、イヴリスの魔眼には魅了されていない。あのソウ達と闘った最悪の事件が起こって以降、洗脳の恐ろしさを嫌というほど味わったのだ。その後、アルティメットハンターズのリーダー、リズに相談したところ、作ってもらえたのがここで役に立つとは……。
この女は闘うつもりは全くないようで、足を伸ばして寛ぎはじめた。
「ふん、勝手にしていろ。だがその魔眼を使用するのは辞めたらどうだ? 俺には通じん」
イヴリスは少し目を開いて反応すると、諦めた顔つきになる。
「えぇ、そうさせてもらうわ。でもここにいる位は構わないでしょう?」
「……」
これ以上、話をするつもりもない俺は沈黙をもって返した。
「ふふっ、ありがとう」
許可したつもりはないんだがな……。
俺がイヴリスと話している内に抽選会は進んでいき、対戦表が埋まっていく。
やがて、一回戦の試合が全て決まるのだった。
***
試合に敗れた黒騎士は気絶したまま、静かに呼吸だけをして、寝台に横たわっていた。そこに人間族の神が見下ろすように立っている。
「バカな人間よ。願いを一つ叶えるなどという世迷い言に踊らされ、無様をさらすとはな。だが、今、その魂を救済してやろう。くっくっく、暗黒の神を束ねる悪神王の礎としてな」
人間の神が手を黒騎士に翳すと、黒騎士をドス黒いモヤが覆い隠してしまう。
「うっ! ぐあああああああっっっっ!!!」
その霧の中からうめき声が漏れ出し、嗚咽が部屋に響き渡った。そのうめき声が止むと、人間の神は満足したようにニッコリと微笑みを浮かべた。自ら出した黒い霧に濃厚な魔力が備わったのを見ると、ゆっくりとその場を立ち去っていく。
台にには中身が空になった黒い鎧だけが残されていた。兜が転がって床にカツーンと音を立てて転がり落ちた。
やがてその部屋に静寂が訪れた時、この部屋に入り込む男がいた。全身が黒い霧で覆われたかのようなその男は姿が全く知ることが出来ない。そして、転がっていた兜を拾い上げるのであった。
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