第134話 1回戦 第1試合 REN VS 黒騎士



 グラナーダ帝国。ここでは闘技場の戦士に最大限の栄誉を称える国であった。大陸のど真ん中に位置する帝国は四方を敵国に囲まれていると言って良い地形にある。それゆえ、昔から争いが絶えなかったのだ。


 そこで、個人の武に磨きをかけることを推奨し、闘技場で武勇を馳せた者には無条件で貴族の位すら与えられた。逆に言えば、貴族の息子といえど、武勇を示すことが出来なければ家の取り壊しともなる、厳しい制度である。


 それゆえ、貴族達はこぞって高価な武器、防具を購入し、武芸を修練するのが慣わしとなっている。


 だが、平民から比類無き強さを持ったアーロンという少年が現れると、状況は一辺するのだった。


 王は毎年行われている年に一度のトーナメントで4連覇をしたアーロンに伯爵の地位を授け、地位、金、名誉を手に入れたアーレンは金にモノを言わせ、最高の武具を揃えさせた。それが黒騎士の名前の由来となった鎧と武器である。


 今、帝王は白い雲のようなモニターを通して黒騎士を見ていた。この白い雲のようなモニターはこの世界のあちこちに出現し、今や、世界中の誰もが注目する一大イベントとなっていたのだ。


「皆はどう思う? 一回戦の相手は同じ人間族と決まったようだが……」


 帝王は口の周りに蓄えた長い髭を撫でながら臣に問う。


「全く問題ないかと。むしろ、一回戦の突破は確実なものとなったのではないでしょうか?」


 帝王の隣に控えていた宰相の男が答えた。


「ふむ、実は余もそう思っていた。人外の者共ならば、初見では防ぎにくい攻撃を持っているやも知れぬ。だが、相手が人間とならば初見殺しの攻撃など知れたものよ。さすれば……」


「はっはっは、あの装備が破られるなど想像もつきませぬな」


「「ガッハッハッハッハッハッハ」」


 二人は顔を上に向け高らかに笑い始めた。


 他の並んでいた貴族達も皆、笑い始め、黒騎士の勝利を疑う者は一人としていなかった。それほどまでに黒騎士の築いた強さへの信頼は厚かったのであった。




 闘技場内は俺と黒騎士を残し、他の戦士達は退場していった。


 舞台は静けさに包まれた。俺はただ正面に構えた黒騎士と睨み合っている。


 黒騎士は剣を抜いた。鞘だけでなくその刀身まで黒くなっていた。それが光を反射し、妖しいまでの刃紋が揺らめいている。


「己の不幸を呪うがいい。俺という強敵を相手にしたのだ。1回戦負けは決して恥ではない。必然なのだ!」


 黒騎士がなにやら語り出す。


「見よ! この剣を! この世で最も硬い物質であるアダマンタイト。それにブラックドラゴンの鱗と牙を混ぜ合わせ、作り上げた傑作中の傑作だ! この世に切れぬ物などない! この鎧も同じ硬度を誇っている。貴様がどのような武器を持っていようとも攻撃が通ることはないのだ……。クックック、先ほどの礼もある。苦しめてから葬り去ってやろうではないか」


 ほんとに口の減らない男だな。自分の強さに酔ってるのか? それとも武具の自慢でもしたいのか? さっぱりワケがわからんし、知りたくもない。


 俺は会話するのも馬鹿馬鹿しいので黙って開戦の合図を待つ。


「クッハッハッハ! 何も言い返さない所を見るといよいよ怖じ気づいたようだな! 俺がその気になれば貴様などものの数秒であの世行きなのだ! だが、慈悲深い俺は貴様に懺悔する時間をくれてやろうではないか! まずは両腕を叩き落としてやろう! その次は両足だ! すぐには殺してやらぬ。貴様の後悔する顔をたっぷりと拝ませてもらうまでなぁ!」


 まだ始まらないのか……。


「それにしても貴様も運のない男よ! 獣人なんぞの身代わりに出場し一回戦から俺と当たるとはな! まぁ、元の獣人が出てきた所で結果は変わることなどないがな。グワーハッハッハッハッハ!」


 肩を上下させて笑い始める黒騎士。もう呆れてものも言えない。


 その時、開戦の火蓋が突如、切って落とされた。


「では一回戦、REN VS 黒騎士! レディ、ゴーーーーーー!!!」


 黒騎士は未だに高笑いをしたままだった。


 俺は縮地という技で一瞬にして奴の懐へ入り込むと、手のひらを黒い鎧に当てた。


 そして、魔力を通し、鎧の奥にある身体に向かって放つ。


 黒騎士は笑って上を向いたまま、後方へ倒れ込んでいった。


「……お前のような雑魚にかけている時間などない。俺にはやるべきことがあるんでね」


「「は?」」


 実況と解説者のリンとローファンは口を開けたままポカーンとその様子をただ見ていた。


 というか、黒騎士はもう戦闘不能なのに誰も試合を止めてくれない。


「おい! いつまで呆けている。試合は終わりだ!」


 俺は実況席に向かって口を開くと、二人ともハッと気付いたようだ。


「し、試合終~~~了っっっ!!!」


 やれやれ、やっと気付いたか。では俺は帰らせてもらうか。


 来た道を引き返すと、ようやく観客席から歓声が沸き起こるのだった。


「いや~っ、一瞬の試合でしたね! ローファンさん!」


「えぇ、驚きました! あれは間違いなく獣人族の得意とする攻撃です! 魔力を体内で練り込み、鎧を打つのですが、その威力は鎧を貫通して本体へ至るという奥義の中の奥義! まさか人間であるRENが使うとは思いもよりませんでした!」


「それにしても、私はRENの動きすら見えなかったのですが、あれは一体どういったことなんでしょう?」


「あれは縮地を応用した移動技ですね。縮地というのも獣人族が得意とするもので、体重移動を巧く使い、一瞬にして相手との間合いを詰めるのです。起こりが自然な身体の動きなので、非常に反応しづらいんですよね」


「なるほど~~~! さすがローファンさんの解説は解りやすいですね! それでは第二試合の準備に入ります」


 俺は案内の天使に連れられ、控室へ向かった。


 その途中に黒いタキシードをピシッと着こなした者が壁によりかかっていた。ヴァンパイア族代表、キュイジーヌだ。


「やぁ、君、強いんだね?」


 キュイジーヌは優しく微笑みながら俺に話しかけてきた。


「そんな余裕で話している暇があるのか? 次はお前と当たるのかも知れないのだぞ?」


「問題ないさ。僕に勝てる者がいるなんて思いつかないしね」


「大した自信だな? 油断してると足元を掬われるぞ?」


「油断なんてしないさ。僕らヴァンパイアは強い者の血を取り込むことでより強くなれるんだ。君の血はさぞや極上のワインなんだろうなって思ったら居ても立ってもいられなくてね。思わず話しかけてしまったわけさ」


「俺をエサ扱いするとはな」


「あれ? 怒っちゃった? んー、別に怒らせるつもりじゃないんだ。少しだけ血をもらえないかな? って思っただけだよ。どう? 今なら僕の知識を分けてもいいってさえ思ってるんだけど」


「すまないが、俺にはやるべきことがある。お前と遊んでいる暇はないんだ」


「むぅ~~~、連れないんだねぇ。ま、いいや。先は長いんだし。気が変わったら声かけてね! いつでも歓迎するよ!」


 キュイジーヌは言いたいことだけ言うとこの場から去っていくのであった。



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