第125話 王都



 自分の主人であるドルツと聞いた話は、とても信じがたいものだった。何せ、強い者を選出し、神の試練を受けなければならないというものだったからだ。


 私はある予感を覚えた。REN殿のお陰で目覚ましくレベルアップした私とリンお嬢様は、恐らくだが、この国で最もレベルが高い獣人になるのではないだろうか? しかし、この神の神託に恩人の娘たるリンお嬢様を選ばせるわけにはいかない。つまり私が立候補するより選択肢がないのだ。


 私の主人であるドルツは眉を寄せ厳しい顔つきで下を向いている。


「ドルツ様……。どうぞお命じ下さい。私はこのアレクサンドロスの街を愛しております。もちろん、主人であるドルツ様も、先代のお館様も、そして、リンお嬢様も、です。現状、我が国で最もレベルの高い獣人は、私と、リンお嬢様でしょう。ですが、リンお嬢様に戦わせるわけには参りませぬ。REN殿はたまたまこの街を通りかかった旅人。彼に神託を託すわけにも参りません。


 どうか……ご決断を」


「ザッツよ……、そなたは私の生まれる前からこのアレクサンドロス家に仕える重臣。そなたをこのようなわけの分からない戦いに巻き込むなど……」


 ドルツの握りこぶしが震える。


「ドルツ様はお気になさる必要はありません。私がこの街を守るために戦いたいのです」


 私は説得を続ける。もうこの方法しか残されてはいないのだ。アレクサンドロス家を守るため。アレクサンドロスの街を守るために、私が戦えば良いのであれば、喜んでこの身をささげようではないか。正直、どんな試練が待っているのか……、恐ろしくはある。だが、ドルツ様とリンお嬢様に心配をかけたくないのだ。


「くっ、ザッツ……」


「ドルツ様。まだ何も私が試練の戦いとやらで負けると決まったわけではありませんぞ? 何せ、あのREN殿に鍛えられ、今やレベルは4300を超えているのです。私が負けるなど、想像もつきませんぞ! ハッハッハッハ」


「すまぬ。ザッツ。許してくれ」


 ドルツの目から涙が頬を伝い落ちた。


「ドルツ様。早速、王城へ参りましょう。この話を神父と共にすれば、王室からも候補があがるはずです。ですが、我等が領土の命運をどこぞの誰かに任せるわけには参りませんからな」


「ザッツ……。私と共に王城へ……行ってくれ。この領土を守って欲し……い」


 涙を流しながら震える声で言うドルツを見ると、昔、子供だったころの姿を思い出す。


「えぇ、任されましたとも。ドルツ様は大船に乗ったつもりで朗報をお待ちください」


 私は泣き止まないドルツを抱き合うようにかかえ、数十年ぶりにその頭を撫でてあげるのだった。




   ***




 ドルツは部屋を出る時にはすっかり領主の顔に戻っていた。


 二人で、庭にいたリンお嬢様とREN殿にしばらく屋敷を空けると簡単に説明だけして、早速、馬車に乗り込んだ。




 そして、馬車に揺られて丸一日。ついに王都に辿り着くのであった。




「おお、ドルツよ。久しいな。元気しておったか?」


 この、アノルダス王国の王である、ヒュルベルトは、ドルツと同い年で同じ学園へ通った友でもあったと聞いている。そのせいもあり、王の顔はパッと明るくなっていた。


 今、私はドルツ様と共にこの国の国王陛下を訪れていた。そして、地に膝を着き、頭を下げている。


「恐れながら。実はこのたび、我が領土の教会にて神託が降りたのです」


 ドルツや教会長である神父の説明に、王は目を丸くして驚いていた。




「ふぅむ、なるほど。その戦い、負けるわけにはいかぬ、というわけか」


 王もあまりの内容に眉間に皺を寄せている。


「はっ。そこで、僭越ながら……、我が領土で最強の戦士である、ザッツを引き連れ、参上した次第なのです」


 王の目が見開く。


「ほぅ! 最強とな? だが、王都にも戦士がいないわけではないぞ? ヘルマンよ! 来るがいい!」


「はっ!」


 ヘルマンと呼ばれた騎士が兜を脱ぎ、王の前に進み出ると膝を折った。


 大柄な体つきは2メルを大きく超え、太い腕は丸太のごとく、その足は猛獣のように弓なりかつ図太かった。顔は獅子、たてがみも大きく、見る物を圧倒する雰囲気を放っていた。


「どうじゃ? 強そうじゃろ? このヘルマンは王都で開かれておる武闘大会を4連覇中でな。ワシとしては実力の知れている者に任せたいと思うのじゃが……」


「ならば、戦いの場を設けて頂けませんでしょうか? そちらのヘルマンとザッツに戦ってもらい、強い方が神の試練を受ける。ということでいかがでしょう?」


「うむ、なるほど。面白そうじゃ! では、早速、闘技場の準備じゃ! 急げ!」


 王の号令のもと、臣下達がすぐに動き始めた。


 だが、ヘルマンはジッとザッツを睨み付けたまま動かない。ザッツもまた、ヘルマンを睨み返しており、一触即発の空気となっていた。


「ふん、田舎貴族の騎士が調子に乗りおって。今なら辞退してもかまわんのだぞ?」


 ヘルマンはその高い身長からザッツを見下ろし、冷たい口調で言ってきた。


「おやおや、都会の騎士は違いますなぁ。口で戦うのがお好みですかな? それとも、決闘を前にブルってしまわれたのでしょうか?」


 ヘルマンは舌打ちをし、振り返った。


「貴様には容赦ない敗北を与えてやろう」


「それはこちらの台詞でございますぞ」


 ヘルマンが去ると、ドルツが心配そうな顔つきで近寄ってきた。


「大丈夫か? 降りるんなら今しかないぞ?」


「お任せ下さい。あの程度の威圧、蚊ほどにも効きませんよ」


 一瞬だが、私は見たのだ。あのREN殿が放つ一撃を。レッドドラゴンに対し、剣に魔力を込め、ブレスを切り裂いた一撃を。


 あの濃密で膨大な魔力の塊を見ていれば、ヘルマンの睨みなど児戯同然。


「さ、参りましょうか。REN殿に鍛えられた技というものをお見せいたしましょう」


 私はドルツを先に歩かせ、闘技場へと向かうのであった。



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