第124話 神託



「神託が降りたというのは本当ですか?」


 アレクサンドロスにある神殿、ファーラ大神殿は朝から数十人ものシスターが神託を受けるという話題で持ちきりであった。


 神殿長を務めているアーレスは神託を聞いたとされるシスター達から、その内容を聞きとる作業に朝から追われていた。


「はい、何でも、この街で最も強き者を神に捧げよということでした」


「ふぅむ、捧げる? 強い者? それはレベルが高いということかね?」


「申し訳ありません、神殿長。そこまでは聞くことが出来ず……。ただ、迎えの者を寄越すとだけありました。1週間後の満月の夜、その遣いの者に最も強き者を捧げなければなりません」


「うぅむ。神は何をなさろうというのでしょう? これも試練だというのでしょうか? この神ならざる身では理解するなど不可能ということでしょうか」


 神殿長は眉間に皺を寄せ、考え込んでしまう。


「では、他の者からも聞き取りをします。次の方、お願いします」


「はい、神は強き者を試されるそうです。激しい戦いになるとおっしゃっていました。しかし、その戦いを乗り越えた者には願いを一つ叶えてくれる、そうおっしゃいました」


「強き者を試す、ですか。なるほど、強き者を選び出し、試練が与えられるわけですね。それに勝ったものには願いを一つだけ叶える。ですか」


 アーレスは悩んだ。願いを叶えてくれるからという理由だけでそのような試練を与えるなど……。およそ神職に当たる者が公に言える内容ではない。


「では、次の方……」


 アーレスは頭を抱えつつも聞き取り調査を続ける。


「はい。もし、参加しなかったり、戦った者が敗れた場合……、皆の生活が変わってしまう恐れがあるそうです」


「変わってしまう? どのように?」


「侵略を受け、他の種族に支配される可能性があると……おっしゃっていました」


 これではまるで、脅しじゃないか。負けると侵略されてしまう可能性があるだなんて……。いよいよ神の声とは思えぬ。


 アーレスは頭痛がするのを我慢しながら、聞き取り調査を終えた。


 まとめると、神の神託はこうだ。


 まず、強い者を選出する。締め切りは1週間。1週間後に神の遣いが迎えに来る。


 その者が何らかの試練を受ける。戦うことが含まれているのは確実だ。


 そして、その者が見事に試練を乗り越えれば、願いを一つ叶えてくれる。


 だが、敗れることがあれば、我が国が侵略を受ける可能性がある。


 これほど明確かつ、長い神託があるのは初めてのことだった。


 一体、神は何を求めておられるのか……。


 焦る気持ちを抑えつつ、領主である、ドルツ氏に相談するべく用意を始めた。そして神託をまとめ上げると、すぐに領主の邸宅へとむかうのであった。




   ***




「さ、今日は特訓の成果を見せてもらえないかな?」


 領主の庭は広かったし、大きな岩のような石も置いてあったのだが、割ってしまった為、新たに大きな岩を持ってきたのだ。これに試し打ちをしてみて、レベルアップの実感を高めてもらいたいとおもったのだ。


『はいっ! 先生!」


 リンは元気に返事をすると、早速魔力を腹に集めた。以前とは比べものにならないほどの濃密な魔力が一点に集められる。


 気がつけば俺はブルッと体が震えた。この一撃をもし、まともに喰らったら……、ただでは済まない。一体どれほどの威力になったのか、期待と不安が入り交じる。


「たあああっっっ!!!」


 リンは瞬間的に姿を消し、見えなくなると正面にあった大岩が突如、爆発した。


「うっ、凄まじい土煙だ」


 やがて土煙が晴れてくると、そこにあったはずの大岩は跡形もなくなっており、以前よりも、岩がより細かく、砂状に散っている。一体どのような攻撃を加えれば、岩がここまで細かく砕けるというのだろうか?


「凄いな……」


 彼女の攻撃の前には鎧は意味を成さないかもしれない。そんなことを思わせる攻撃だった。


「お嬢様。精進なされましたな。このザッツ。嬉しいですぞ!」


 ザッツはリンの成長を涙を流しながら喜んでいた。


 そんな時である。司祭やシスターの人たちが大勢でこの屋敷にやってきたのだった。彼らはすぐに屋敷に通され、中に入っていく。


「ふぅむ、何かあったようですね。私も行って参ります。REN先生、リンお嬢様を見ていてくださいね」


「あぁ、それは構わないよ」


 ザッツはすぐに彼らの後を追い、屋敷に入っていくのであった。




 やがて、屋敷から出てきたザッツは神妙な顔つきで戻ってきた。隣には領主である、ドルツもいる。


「どうされました? 顔色が良くないようですが……」


「あぁ、どうも大変な事態になってしまったようでね。私はこれからザッツと共に王城へ行ってくる。留守にしてしまい申し訳ないが、ゆっくりしていってくれ」


 ドルツは真面目な顔で言った。これはかなり厄介な話なのだろうが、話してくれないということは、聞かない方がいいということだろう。


「REN様。そして、リンお嬢様。少々、留守にいたします。申し訳ありませんが、REN様に教わるのは今日で一旦お休みということになりました」


 ザッツも神妙な顔つきで言う。気になるが、聞けないというのはもどかしいな……。


「わかりました。留守中のリンさんの警護はお任せ下さい。家庭教師として、安全を保証しますよ」


 ドルツはニッっと笑うと、ザッツを引き連れ、すぐに馬車で出かけるのだった。



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