第122話 レベルアップの効果
「先生! 私、身体強化魔法が使えました!」
リンは満面の笑みを浮かべて俺に抱きついている。
予想を遙かに上回る適性に俺はしばらく口が聞けなかった。
「おおっ! どうやらお嬢様の才能が開花したようですね! どれ、私めも試してみてよろしいでしょうか?」
後ろから話しかけてきたのはザッツだ。彼は使用人らしいビシッとした礼をして、庭にある大きな岩に向かった。
ってか、もしもザッツまで身体強化魔法に適性があるとしたら、獣人族はこの魔法が向いているんじゃないだろうか?
ザッツは滑らかに腰を落とし、構えをとった。まるで数十年もの間修行をした武道家のような隙の無い構えだ。
ゴクリと俺の喉が音を鳴らす。
ザッツが踏み込んだ。まさに電光石火。姿が一瞬にして消え去り、気付くと岩にパンチが突き刺さっていた。ボガァァァッ! っと轟音が響いたかと思えば、ザッツの拳は岩に当たったままなのだが、大岩の反対側が一辺に吹き飛んで、クレーター状のエグれを造った。
「う……、うそでしょ?」
大岩を攻撃し、その内部や反対側だけを破壊するのは、打撃の威力が浸透している証拠だ。武術を志す者にとって、この浸透させる打撃はまさに奥義と言って差し支えない。分厚い鎧や大型の盾を持った相手がいたとしても、その防具を攻撃し、内側にいる人間そのものを攻撃する事ができる、という究極の武である。
ザッツの佇まいは、すでに熟練の武道家のものだった。凄まじいまでの適性能力だ。ヘタに他の魔法を磨くよりも身体強化魔法を極めてみた方がいいことは間違いないだろう。
「ほほぅ! これはこれは……。胸が躍りますな!」
ザッツは上機嫌で自分の拳を眺めている。
「そうでしょ? やっぱり先生はすごいです! 私たちをたった一日でここまで強くしてくれるなんて!」
リンの目が輝きに満ちている。
「は、ははは……」
俺はしばらくの間、その場から動けなくなるほどの衝撃を受けたのだった。
***
俺は幻でも見ているのだろうか?
目の前で繰り広げられる光景はまさに常軌を逸していた。
二人とも昨日まではレベルの低い初心者だったのだ。それがどうだろう。今では嬉々としてドラゴンに殴りかかっている。リンのパンチがドラゴンの頭部に生えていた大きな角を一撃で木っ端微塵に粉砕した。
「身体強化魔法って気持ちいいっ!」
リンは頬を赤く染めながら、自分の拳にウットリとする。
ザッツがドラゴンの顔を殴りかかる。ザッツのパンチの衝撃で牙は全て吹き飛び、顎に大きな凹みを作って、ドラゴンはあっという間に白目を剥いて倒れ込んだ。
大して時間もかからずにドラゴンに止めを刺しきると、背後からストーンゴーレムが出現した。二人は息をつくまもなく、新たな魔物に襲いかかっていく。
「てやぁ!」
リンのパンチがストーンゴーレムの頭部に炸裂すると、ストーンゴーレムの頭が爆発四散する。
よろめく胴体にザッツが瞬時に近寄り手のひらを胴体に当てると、胴体の反対側が吹き飛び、すり鉢状の大穴を開けた。
ストーンゴーレムは決して弱い魔物ではない。ドラゴンとも殴り合えるだけのタフさを持った魔物であり、レベル1000程度では本来、苦戦するほどの魔物なのだ。それがどうだ。たとえ二人がそれぞれソロで闘ったとしても、負ける要素は皆無だろう。そんな時だった。
「むっ? この気配は……」
強い魔物の気配が辺りに満ちてきた。間違いない。上級モンスターのお出ましだ。二人を見ると身体強化魔法をかけ直し、腰を落とした構えを取っている。俺が何も言わなくとも強者の気配をしっかりと感知していたようだ。
「何だか、二人とも成長著しいな。だが、今度の魔物はどうだろうか」
遠くからでも強者だと分かるほどのオーラを見に纏った怪物。辺りからは雑魚モンスターの気配があっという間に引いていき、やがて響くような足音が少しずつ近づいてきた。現れたのは、レッドドラゴン。アースドラゴンよりも遙かに格上の強敵。現れたレッドドラゴンは大きさや、魔力、放つオーラから察するに、推定レベルは4500~5000といったところか。アイツを倒すには通常、チームの皆がレベル4000程度は欲しいところ。
現状はリン、レベル1600。ザッツ、レベル1600。二人のレベルはまだ充分ではないが、俺を含めればもちろん倒すことは容易いだろう。俺は撤退命令を出さずに、戦ってみる事を選択した。丁度いいレベル上げの機会だ。コイツを倒し、パーティーが勢いを高める切っ掛けとなってもらおう。
「リン、ザッツ。やるぞ! 準備はいいか?」
「もちろんですわ!」
「了解しましたぞ!」
二人とも闘志を燃やし、やる気満々だ。
ドラゴンを相手にする場合、恐怖心があると、ブレスを吐かれたときに動けなくなる。そのため、恐怖心を克服することが重要だが、二人にはもう必要なさそうだ。
そんなことを考えていたら、ついにレッドドラゴンの全体が現れるほどに近づいてきた。
「よし、散開! 俺は正面を担当する。二人はそれぞれ、左右から攻撃してくれ!」
「はい!」「はっ!」
二人とも元気に返事をし、レッドドラゴンの側面に走って行く。
レッドドラゴンは二人のことを無視して俺から視線を外さなかった。そして、口に膨大な魔力を集めていく。
いきなりブレスか。来るなら来い! 俺の聖剣でブレスを切り裂いてやる!
俺は聖剣を抜き、魔力を込めていく。黄金の魔力が聖剣に溜まっていき、刀身がどんどん大きくなっていく。
レッドドラゴンも魔力を溜め終えたのか、上空に口を向けて大気を思いっきり腹に吸い込んだ。
来るっ!
レッドドラゴンのブレスが吐き出された。
「てやあぁぁぁ!!! 喰らえ! 聖剣の一撃を!」
ブレスと聖剣の一撃がぶつかり合った。
赤い炎と黄金の稲妻がぶつかり合い、火花を散らす。
「うおりゃああああ!!!」
辺り一帯を爆風が襲いかかる。それに伴い、激しい光が包み込む。そして爆音が轟いた。
今、ドラゴン最大の攻撃であるブレスと人間界最強の聖剣の一撃が雌雄を決すべくぶつかり合うのであった。
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