第89話 潜入
これが聖王都……。
今、俺は丘の上から聖王都を見下ろしている。
広大な土地を高い外壁で覆っている、城塞都市だ。早朝だというのに、大勢の人が行き交い、街道にも人が溢れている。
高い壁のはるか向こう側に巨大な城が建っており、そこに王がいるのだろう。城は朝日を浴びて荘厳な雰囲気を醸し出している。
見たところ、市場が建ち並び、繁栄を極めているかのように見える……、どうしてこれほどの国が戦争なんてしなきゃいけないんだ? 全くワケがわからんな。
ま、とりあえず、町並みでも見るか。
俺は事前に用意してもらった、人間界の貨幣を持ち、門へ並ぶのであった。
通行料は銅貨で5枚ほど。通りには朝市が並んでおり、色とりどりの野菜が売られている。
「どれどれ……、リンゴが一個、銅貨1枚か。形の揃わない野菜や傷入りの果物は数個で銅貨1枚。なるほど」
「なにぶつくさ言ってんだい? 兄ちゃん、買っていきなよ! 朝採れの新鮮なものしか並べてねぇんだ。どれもうまいぜ?」
陽気なおっちゃんが話しかけてくる。
「そうだな、じゃあ、これとこれ……それからこれもくれ」
「あいよ! また来てくれよな!」
少しオマケしてくれたようで、銅貨2枚と小銅貨5枚といったところだった。
早速買ったリンゴにかぶりつくと甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。
「うんめぇ~!」
「だろう?」
果物やのおっちゃんは得意げだ。
もちろん、俺は本来の目的を忘れたわけじゃない。
「ところで、おっちゃん。最近、この国で勇者を呼んだって聞いたんだけど、本当かい?」
「あぁ、なんだか色々とやってるみてぇだな。最初は森から魔族が攻めてくるってんで、騎士団を派遣したそうだ。だが、騎士団じゃ歯が立たなかったらしくてよ。ボロ負けして帰ってきたんだよ。それで勇者様とかいうのを呼んで、魔物を退治するんだそうだ。ま、俺にゃあ関係ない話だけどよ」
「なんで、そんなに魔物退治するんだ? この辺りは平和そのものじゃないか?」
「あぁ、オメェさん、随分遠くから来たのかい? この聖教国ってのはね、昔は傭兵国家って言われてんだ。他所の国が魔物で困ったら兵を出すんだが、その見返りにお金やら食料をもらってたそうだ。なんだか聖メルザ神を崇めてたこともあって今じゃ聖教国なんて名乗っちゃいるがね」
「ほほぅ、そうだったんだ」
いきなり為になる話が聞けたな。もう少し裏を取る必要がありそうだが。
俺はさらに別の店で情報収集を進めていく。
「あぁ、なんでも別の勇者とかいうのを召喚したらしいぞ?」
「別の?」
酒場の亭主はさすがに情報が早い。一杯おごるだけで色々聞かせてくれる。
「あぁ、なんでも呼び出した勇者とかいうのが負けたらしくてな。そんでより強力な奴を呼び出したそうだ。それも数人」
「数人も……。それはいつ頃なんだ?」
「さあてねぇ。俺が聞いたのは1週間まえだったかなぁ」
しまったな。急いだつもりだったが……。魔王国の防備をあれやこれやと整え、それから急いでここまで来たつもりだったが、十日も経ってしまったのだ。今頃は新たに呼び出された者たちもパワーレベリングの最中ってわけか。
そんな時だった。街中に歓声が響きわたった。
「ん? 何かあったのか?」
道行く人に尋ねる。
「あぁ、勇者とその仲間たちが揃って帰還したんだよ! 危険な魔物をいっぱい倒してきたそうだ」
「勇者と仲間たち……か」
街の人々はどんどん中央の通りに集まっていく。
一体どんな奴らなのか……、見定めさせてもらおう。
俺はマントのフードを深く被り、魔力を極限まで抑え、中央の通りを目指した。
中央の通りはすでに人だかりが出来ていた。そして、門の方から一際大きな歓声が聞こえてくる。
「きたぞーっ!」「勇者だ!」「きゃーー、こっち向いてぇ!」
熱狂が辺りを包み込む。
騎士団が見事な行進をしながら見えてきた。見えたと言っても、人だかりが多く、俺から見えるのは槍の先と兜だけだが。
そして、勇者が見えてきた。RENはあの時、完全に洗脳されており、理性というものがすっ飛んでいた。が、立派な白馬に跨がってきたRENは笑顔で手を振りつつ歓声に応えていた。
どういうことだ? 洗脳状態を操っているのか?
殺到する街の人々から勇者を守るため、兵達が一生懸命にブロックしている。
それにしても、また一段と強くなった雰囲気がある。一気にレベルを上げたんだろう。この次は油断できないな……。
勇者の後に続いてきた馬に跨がっている男が目に入った。
「な! まさか!」
あの顔は忘れるワケがない。世界初のプロゲーマーとして誕生し、俺が生きていた間、ずっとトップグループに君臨し続けていた男。
「
赤い鎧に身を包み、巨大な剣を背負い、笑顔で手を振っている。
その笑顔がやがて狂気に染まり、俺と闘うことになる、だと……。
背中がヒヤリとし、おでこを手で拭うと、びっしょりと汗をかいていた。
続く勇者パーティの者達が見える。
「ま、まじ……かよ……?」
紫の煌びやかなローブに身を包んだ女はチコ。
白いローブに身を包んだ女はミウ。
二人とももちろん知っている。というか、この二人はRENの所属していたチームにいた女性プロゲーマーだ。
二人の女性プロゲーマーはそのルックスにも恵まれたお陰もあり、国内ではチコ派、ミウ派に別れ人気を二分していた。だが、ひとたび手を握り合い、同じチームとして出場すれば、世界大会を度々湧かせる実力派の選手であった。
これほどの強力なメンバーを集めたとは……。
もう少し情報が欲しいな……。
ん? 勇者が何か兵士に話している……、って! やばい、見つかったか?
俺は人混みに紛れながらなんとかこの場を脱出するのであった。
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