第38話 救出


(ノーラ視点)


「な、何が起こった!?」


 モートンが大声を上げる。


 私も何が起きたのか、さっぱりわからなかった。


「あー、勢い余って助けちゃったけど……。いいよね? だって女性二人を取り囲んで殺そうとするなんてさ。見てらんないよ」


 間の抜けた声がした。


 建っていた小屋の上から飛び降りてきたのはフードを深く被った男だった。


「で? えーと、そちらの皆さん、今なら見逃すよ? ホラ、帰った帰った!」


 何て間抜けなんだ! コイツは!


 仮にも相手は元我が軍の精鋭なのだ。しかも一人ではない。武装した騎馬兵が二十騎もいるのだ。


 それを煽るようにバカにして見下すなんて!


 それにたった一人で何が出来るというのだ!


「バカかっお前はっ! 逃げろっ、今すぐにだっ!」


 助けてくれたのは嬉しい。だが、目の前で犠牲者が増えるのは嫌なのだ。


 だが、この男は私の叫びにも全く耳を貸さなかった。


「まぁ、見てなって。すぐ追い払ってやるからさ」


 男は飄々と語り、またモートンと対峙する。


「ほぅ、結界の魔法ですか。いささか珍しい魔法ですな。どうです? 取引をしようじゃありませんか?」


「取引?」


「えぇ、後ろにいる二人をお渡しいただければ、我が軍の魔法師として、採用しようではありませんか。それに優秀な魔法師は貴重ですからね。場合によっては私の参謀にも取り立ててあげることも可能ですよ」


 最悪だ。目の前の男にとって私たちを庇う理由なんて一つもないのだ。魔王軍の……、それも幹部候補とあっては気が変わってしまうに違いない。


 だが、フードの男の返答は私たちの想像をあっさりと否定した。


「断る」


「「えっ?」」


 私とレイ様の声が重なってしまった。


「ふむ、断る、というのですね?」


「当たり前だ。俺のリーダーは唯一人。他に仕える気はない。それに、お前等からは微塵も強さを感じないしな」


「我らから強さを感じない、だと? ふざけた男だ。やれっ! 者どもよ!」


 モートンがそう叫んだとき、一陣の風が吹き抜けた。


 そして、モートンを残して他の兵たちは首がゴロゴロと転がるように地面に落ちていく。


 そして後を追うように、兵たちの身体は次々に切り刻まれ、バラバラになっていき、軍馬まで細切れになって絶命した。


 後に残ったのはモートンただ一人。


「な? 何が起こった?」


 周りを何度も振り返り、パニックに陥るモートン。


「全く、これくらいでも見えてないのか」


 それに対し、フードの男は呆れたように呟く。


 私は身体が震えた。目の前の男が使ったのは間違いなく、”トルネードカッター”だ。風魔法の最上位に位置する究極の魔法の一つ。ウィンドカッターでは複数の人数を攻撃するなんて到底無理。


 それを無詠唱なんて……。目の前の男は魔法使いの極致、賢者だとでもいうのか?


「さて、うるさいハエがいなくなったところで話を聞かせてもうおうか」


 フードの男が一歩ずつモートンに近寄った。


 モートンは慌てて逃げだそうとしたが、またあの白い膜に阻まれぶつかってその場にへたり込んだ。


「逃がすと思ってたのか? おめでたい奴だ」


 指をバキバキと鳴らしながら近づく様は先代の魔王の様……、いや、それ以上の圧力だ。


 モートンは震え、怯え、失禁し、最後には白目を剥いて気絶してしまった。


「あっ、おいっ! 話が聞けないじゃないか! おいっ! 起きろ!」


 フードの男がモートンに往復ビンタをすると、モートンは一瞬だけ目を覚ましたようだが、またすぐに眠ってしまった。っていうか、あれ、首の骨が折れてない?


「あっ、死んじまったのか! 全く脆すぎるだろ! 魔王軍ってのはこんなに軟弱なのか!」


 さすがに魔王軍をバカにされるのは少しムッとくるが、この男に勝てる者など魔王軍にいるはずもない。


 だが、この男の次の行動には驚かされた。


「エリアリザレクション!」


 男は圧倒的な魔力を放出すると、襲われた村の住民や、今死んだばかりの兵、そしてモートンまでもが蘇ったのだ!


「え? なぜ? どうして? 私は生き返ったのか?」


「だから、言っただろう? 俺は話を聞きたいだけなんだ。お前達の争いに入る気はない」


 モートンはまたガタガタと震えだし、一目散に逃げ出した。


「あっ、ちょっと待てってば。バリヤー張り直すの忘れてたじゃないか。しょーがない。話はこっちの女性から聞くとするか」


 こちらへ近づくフードの男。一体何が目的なのか……。


「じゃあ、少し話しでも聞かせて欲しいんだが……、その怪我じゃ難しいよな。それ、ヒールとキュアーだ!」


 見る見るうちに私を磔にした土塊が消え、怪我が全て治っていく。それどころか、レイ様が負った背中の深い傷までもが綺麗に治ってしまうのだった。


「これで大丈夫だよね?」


 笑顔で近づくこの男に対し、私たちは頷くことしか出来ないのであった。



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