第33話
公園の管理事務所内に案内された。
正確には、僕たちの様子が普通ではない事を察した警備のおじさんに強制的に連行された、と言った方が正しい。
当たり前だ。暗くなった公園に服装が乱れた女の子。それに倒れている僕を見つけたのだから。
そのままにしておけるわけがない。
座り心地の悪い簡易的なパイプ椅子に座らされた。山瀬さんは先ほど受けた恐怖から抜け出せない様子で、俯いたまま背を丸めている。
普段の山瀬さんとは別人のようだった。
顔は青ざめ目の焦点が定まっていない。
ぱっと周りを明るくさせる魅力的な笑顔をもった女性とは思えないほど、憔悴した様子だった。
茂部さんはそんな山瀬さんの肩を抱いて
「大丈夫、もう大丈夫だよ」
声を掛け続けた。
『お店まで山瀬さんと一緒に行くことにするよ』
『マジ!? やるじゃん時枝!』
茂部さんからは速攻で返事が返ってきた。
家を出る前。茂部さんにそうメッセージを送っておいた自分を褒めたい。
付け加えるように、山瀬さんが行くであろう公園の名前も送っておいたのだ。
そして茂部さん煽った。
『この公園。雰囲気良くて恋人に人気みたいなんだ。茂部さんもヒサシ君誘ってきちゃえば?』
すると、
『アホ!』
短い返事が来ただけだったが、僕は茂部さんが案外単純だということを知っている。
だからヒサシ君を誘う言い訳も付けてあげる。
『じゃあ、ここで待ち合わせしてから4人でファミレス行くってどう? それならヒサシくん誘いやすいんじゃない?』
『誘わねーよ!!』
もっとも。二人が公園に来てくれる確率は高くないと踏んでいた。
これはあくまで。僕や山瀬さんが待ち合わせ時間に遅れたら、何かあったと気づいてくれることを期待してのことだった。
その結果、僕が掛けた『保険』は予想以上に応えてくれたわけだ。
だが物事は予定通りにはいかない。というよりも驚かざるを得ない。
ここに大野裕也の姿がないということをだ。
いつのまにやら姿をくらましていたのだ。
この建物に入った時、警備のおじさんは僕たちに質問をした。
「3人とも高校生?」
大野裕也の姿を少しでも見ていれば、こういう質問の仕方はしないはずだ。
たぶんライトに照らされる前。もしくはそれよりも早くに。とっとと逃げ出していたのだ。
ヒサシ君とケンカをしながらも異変を察し、すぐに逃避行動を起こせる危険回避能力。自己防衛能力の高さ。本当に野生動物のようだ。
彼の恐ろしさは暴力的なことなだけではない。
その狡猾さにあることを改めて知る。
その代わり、警備のおじさんから標的とされたのは、比較的元気に見えたヒサシ君だ。
「君、名前は?」
ヒサシ君に向けられた声は、できるだけ丁寧に聞いているつもりなのだろうが、出だしから疑いの要素が含まれた口調だった。
「あそこで何をしていたの?」「学校は?」「年齢は?」「家はどこ?」
未成年を保護した際のマニュアルでもあるのだろう。
質問は続けざまにぶつけられた。
だがヒサシ君はそれを無視し続ける。そっぽを向いて無言を貫いた。
「……はあ、困るんだよなぁ。こういうの」
何も答えないヒサシ君に警備のおじさんもあきらめた様子を見せる。
すると机の上にある受話器におもむろに手をかけた。
「一応、警察……」
その瞬間。茂部さんが大胆にもその腕をガシリと掴んだ。
警備のおじさんもこの行動には驚いたようだ。「えっ!?」と悲鳴のような声を上げた。
茂部さんは今夜の食事会用に気合を入れたのだろう。普段よりも盛られた髪をしていたが、それを振り乱す勢いで食って掛かる。
「『警備呼んで来い』って私に言ったの、この人だって!」
「そ、そうなの? だとしてもだよ……。状況が状況だからこのままにしておくわけにもいかないだろ……?」
茂部さんに迫られる圧が凄すぎて。
おじさんは助けを求めるように山瀬さんと僕を交互に見る。
だが茂部さんは掴んだ腕を離そうとはしない。むしろぐいぐいと力を込めてひっぱる。電話をかけさせないように邪魔する。
「ちょ、ちょっと君……離しなさい……」
「……おじさんこそ。それ置いてよ」
「あのね。これ、仕事なんだよ、わかるだろ……」
警備のおじさんは見た感じ、僕らの親よりも少し上くらいの年齢だ。
それが女子高生。ましてや派手ギャルが容赦ない態度で立ち向かってくるのだ。
扱いあぐねている。
人が好さそうなだけに少し可哀そうではあったが……ごめんなさい。
ヒサシ君を守りたいのは僕も同じだし、それにおじさん同様、茂部さんに対抗できる手段は持ってません……。あきらめてください。
「ねぇ! ほんと警察とかやめろって! ヒサシ君は悪くねぇっていってんだろ!」
「そう。彼はヒサシ君っていうの」
余計なことを口走ったことに気付いた茂部さん。
はっと空いた口をぱくぱくと動かす。
「ち、ちげぇって! ……山田だ! そう、この人は山田太郎だって!」
今にも噛みつきそうな勢いで訂正した。
当の本人はいたって真剣に睨みを利かしていたけれども、思い付きだとしてもその名前はいくらなんでも適当すぎやしないか?
警備のおじさんもこれにはさすがに失笑する。
だが、それがこの場の緊張を少しほぐしてくれたらしい。
「……わかった、わかったって……」
根負けして受話器を置く警備のおじさんは「はぁ」と大きくため息をつく。
同時に茂部さんの手をどかすよう目で促した。
茂部さんは警戒しつつも、それに合わせてゆっくりと手を離す。
どれだけ強い力で握られていたのか。おじさんは手をぶるぶると振りながら言う。
「……あのねぇ。これは僕の個人的な意見だけどね。君達本当に大丈夫? 特にその子。ウチにも娘いるからさすがに心配になるよ。誰か大人に相談したほうがいいんじゃないか?」
山瀬さんを見るおじさんの目は、先ほどまでとは違い一人の大人の目をしていた。
今の山瀬さんは誰が見ても普通ではないと思える様子だ。常識のある人なら心配になるのは当然だった。
「僕はただの警備員だから、君たちが大丈夫っていうならいいけど。子供だけじゃ解決できない事も沢山あるだろ? 信用できる大人にちゃんと相談しなさい」
心配そうに言うおじさんの言葉に僕らは黙ってしまった。
僕らは未成年だ。
社会においては良くも悪くも子供扱いを受ける年齢であり、自分だけでは何の責任も取れやしない。
けれども社会や大人や環境。
自分たちを取り巻く大きな存在に反発するように、悪さをしたり、派手な格好をしたり、迷惑をかけたりして自己の存在だけは主張したがる。
でも本当はわかっている。
どうにもできない問題があるってことくらい。
見た目がど派手で。偉ぶっていて。生意気で。学校では反抗的な態度ばかりする茂部さんであってもだ。
それくらいのことは当然理解していた。
「わ、わかってる……。ありがとう……ございます」
小さな声だったが、警備員のおじさんに小さく首を下げる。
それは学校では絶対に見ることのない、茂部さんの姿だった。
それほどに、山瀬さんをあの場から救えたことへの安心感。
こうやって優しい言葉をかけてくれる大人がいることに感謝したのかもしれない。
それに、普段学校ではあんなにも態度の大きな茂部さんであっても。本当は怖かったのだと思う。
自分が一番仲良くしている友達が酷い目に合わされそうになった。
しかもその現場を目の当たりにしたのだから。当然だ。
大野裕也に対する許せない思いと、それに加えて自分の無力さを感じているのだと思う。
管理事務所内から解放された僕ら4人。
山瀬さんの歩幅に合わせてゆっくりと駅まで歩く。
「亜未、家まで送るね」
茂部さんは山瀬さんの左手をぎゅっと握る。
山瀬さんは申し訳なさそうにしながらも、こくりと頷いた。
山瀬さんの右手側には僕が立った。その横にヒサシ君が並ぶ。
ヒサシ君はずっと言葉を発さなかった。けれども僕たちと足並みを揃え、一緒に歩いた。
楽しい食事会だったはずの夜。
本当なら今頃は笑いながらご飯を食べていたはずだったのに。
でも、ヒサシ君や茂部さんのおかげで、山瀬さんを大野裕也の欲望から守ることができた。
いまはそれで良しとしなければならない。
僕だけじゃ、きっと何もできなかったから。
――それが悔しい。
もっと、もっと、強くならねば。
彼女を守れるくらい。
◇
翌日、木曜日。
山瀬さんは学校を休んだ。大野裕也も休んでいる
茂部さんが山瀬さんに連絡を取ったところ、特に大きなケガはなく元気とのことだった。が、相当に精神的ショックを受けていると漏らした。
昨日のことがトラウマになっている。
当然だ。自分を襲おうとした男が同じクラスにいる。
そんなヤツと顔を合わせるなんて、想像するだけでもありえない事だろう。
だがそれは、これからの学校生活をどうするかという問題に直結する。
だからこの問題を避けて通ることはできない。
そしてヒサシ君と茂部さんも同じように考えていた。
そんな事情を知っている僕ら3人。危機を共に経験した連帯感というヤツもあるのかもしれない。
休憩時間になると自然と集まり、解決策のない問題について顔を突き合わせていた。
クラスメイトからしたら『なんであの3人が一緒いるんだ!?』と思われていたかもしれないが、そんなことは今の僕らにはどうでもよかった。
「どうすりゃいいんだよ。ちくしょう……」
独り言をつぶやくように茂部さんは言う。
もう3回は同じことを口にしていた。それくらいに山瀬さんのことが心配で仕方がないのだ。見かけによらず、本当に優しい人だ。
でも僕もヒサシ君も当然答えなどあるわけもない。只々うーんと唸って、顔をしかめる。
特に答えがでるわけもなく木曜の学校は終わりを告げた。
帰宅するといつも通り華子も母も帰ってきていなかった。
家の中は相変わらず静まり返っている。
誰もいない家というものは、どうしてこうも暗く感じるのだろう。
そんなことを想いながら、すごく疲れていたせいもあってカバンをそこらに放ると勢いよくベッドに転がった。
「……ッ」
転がった勢いで大野裕也に殴られたところが痛んだ。
傷はちょうど髪で隠れているが、触るとポコリと腫れていた。
上体を起こして痛みをこらえる。
僕は自然と足元に視線を向けていた。
その僕の頭の中を、突如として声が通り過ぎた。
――山瀬さん……原因で死んじゃうんだ――しげちゃんに会いに来た本当の目的
止めて……同じ結果になっちゃう――大野から山瀬さんを守って!
あれ……? なんだこれ?
その言葉はところどころ途切れており断片的だった。が、聞き覚えのある声だ。
でもこれだけはっきりとした声なのに。
誰が言ったのかを思い出すことができない。
言われたのは確かに覚えている。
その声音にも記憶がある。
けれどもそれがいったい誰の声だったのか。どこで言われたのか。まったく思い出せなかった。
頭の中で何度も何度もその言葉を反芻してはみるが、むしろどんどん記憶が薄れていくような感覚が襲ってくる。
「あれぇ……。僕の事をしげちゃんって呼ぶ人なんていないよなぁ……」
ダメだった。いくら考えても思い出せなかった。
なんとなくではあるが、頭をめぐる言葉と共に光が螺旋状に舞う光景がたびたび浮かんだ。
だがそれがなんなのかは、やはり分からない。
「気のせいか……」
一人ごちながら今度はゆっくりとベッドに転がった。
思考を切り替える。
茂部さんとヒサシ君。
二人はなんだかんだ似た者同士なのかもしれない。二人が話しているのを見ていると、妙に息が合っている。
ヒサシ君は茂部さんのことをまだそういう目では見ていないとは思う。が、茂部さんの『好き! 好き!』がある限り、僕が何か余計なことをしなくても、いずれは恋愛に発展するんじゃないかと思う。
山瀬さんのことは、考えれば考えるほどに、僕たちだけで解決できる問題じゃないように思えた。
何とかしてあげたい気持ちはあるし、僕がどうにか出来るなら、なんでもしてあげたい。
でも、大野裕也という存在。これをどうにかしない限り、根本的な解決はされない。
少なくとも進級するまでは、山瀬さんは大野裕也と同じクラスにいなければならないのだ。それでは登校したくてもできない。
クラス委員でもあり人気者の山瀬さん。
そんな状況が続けばありもしない噂が広まっていく可能性は高い。
この件。あまり時間的な猶予がない。
山瀬さんの心の安定を一番に考えるべきだと思っていたが、悠長にしてはいられないのだ。
山瀬さんが平穏に暮らすためには、大野裕也を排除しなければならない。
でもそんなこと、どうやって?
大野裕也は。
彼は何事もなかったかのようにそのうち生活を始める。それは間違いない。
僕に暴力を振るった後も、そんな事はまるで無かったかのように接してきたことが証拠だ。
僕だったら罪悪感や自己嫌悪に襲われるだろうが、彼は平然とやってのける。
欲望、欲求、願望。
自分の幸福を満たす為なら、どんな手でも使う。そして隠蔽する。
それが大野裕也という人間。
だとすれば次は。
僕は一つの考えにたどり着いた。
金曜日。
やはり山瀬さんは学校を休んだ。大野裕也もだ。
茂部さんが山瀬さんに連絡を取ったが昨日と変わらず元気はないらしい。どころかLAINの文面もかなり簡潔な返事しか返ってこなかったという。
暴行を受けた精神的ショック。それに加え学校生活に関しての問題が立ちふさがっている。きっとそれは山瀬さんもわかっている。
だから、山瀬さんも悩んでいる。
僕たちは昨日と同じように顔を突き合せていた。
すると茂部は突如何かを決心したような顔つきで僕らに言った。
「あたしさ。担任とこいくわ」
「この件、言うってことか?」
ヒサシ君は慎重な口調だった。
「うん。大野のこと学校にチクる。それしかなくね?」
そう言った茂部さんの顔は特攻する兵士のように決意に満ちていた。
ヒサシ君を前にしてその威風堂々たる態度。男気溢れ過ぎてやしないか。
そう思う位の風格であったが、当のヒサシ君は気にも留める様子はない。なんなら親しげな雰囲気すらあった。
まあ、ヒサシ君も昔はそっち系だから……。
「俺もそれ考えたけどよ。山瀬がどう思うかな」
「亜未はやめて欲しいって言うだろうね。でも何もしないなんてあたしにはできない。だって、このままじゃ亜未、学校これないじゃん!」
「まぁ……そうだな……」
「それに直接的な事ぶっちゃけるつもりはないよ。亜未があんな酷いことされたなんて、あたし達以外が知る必要ない。けど大野がとんでもないヤツって事。それだけは言っとかねぇと気が済まないんだ」
自分の気が済まないから言いに行く、というのが茂部さんの主張だった。が、それはある種の照れ隠しのようなものがある気がした。
彼女の必死さを見ていれば、本音としては山瀬さんを想う一心で言っていることくらいはすぐに分かった。
彼女は見かけによらず情に厚い人だ。
友人を大切にする想いはとても素敵だと思える。
けれども僕の中にある一抹の不安は消えなかった。むしろはっきりと現れてくる。
ヒサシ君も目をつむり少し考えていた。ふうと鼻から大きく息を吐いた。
「わかった。一緒にいこうか?」
「ううん……。ありがと。でもいい。一人でいく。女だから話せるってこともあるじゃん」
茂部さんは優しく微笑んだ。
放課後。
殴り込みにでもいくような気合を入れた茂部さんは、職員室に突撃していった。
僕とヒサシ君は茂部さんの帰りを教室で待つことにした。
必要であれば、僕らも職員室に行こうと話しながら。
証人は多いほうがいい。そう僕らは考えていた。
しかし茂部さんは、予想よりも早く帰ってきた。
教室に入ってきた茂部さんは苦虫を噛み潰したような、それでいて半べそとでも言えるような表情をして。
普段はギャル路線を突き進み、自信あふれた態度の彼女。それらからは想像もできない顔つきをしていた。
目には涙が溢れている。今にも零れ落ちそうなくらい。
すぐに察した。茂部さんの優しさはいとも簡単に打ち砕かれてしまったのだ。
「……ぅぐ」
ヒサシ君と僕の顔をみたとたん。
茂部さんの目から一気に涙が零れ落ちた。
「くっそ……くそっ! あの先公! なんだよ、死ねよマジで! 死ね! 死ねっ!」
使う言葉こそ乱暴だったが、涙ながらに掠れた声は敗北感を伴う情けないものだった。
ヒサシ君は茂部さんに近づく。意外にもポケットからハンカチを取り出し、渡した。
受け取った茂部さんは、僕らの前だというのにえっぐえっぐと声を上げて泣き出した。涙だけではなく崩れた化粧がべっとりとハンカチについていた。
それでも構わず茂部さんは泣き続ける。
茂部さんを椅子に座るよう促し、僕たちはしばらくの間ただそれを見守った。
落ち着きを取り戻すまでには少し時間がかかった。
やっとのことで僕らのほうに顔を向けた茂部さんは、涙はまだ止まっていなかったが、職員室に行ってからのことを話し始めた。
「あたしの言うことなんてまったく信じてくれねぇんだよ。あたしが大野の悪い噂を流す為にこんなこと言ってんじゃないか。大野になんの恨みがあるんだって、逆に疑われた……! なんでだよっ! なんであたしが嘘言う必要あるんだよ!」
「「…………」」
僕もヒサシ君も言葉が出ない。
僕が何も言えなかったのは、茂部さんに言ってあげる言葉が見つからなかったからではない。
脳裏に浮かんだ一抹の不安――。
それが、やはり当たったからだ。
大野裕也という生徒は、長身で俳優顔負けのさわやかさをもつイケメンだ。かつスポーツ万能であり全ての科目において成績優秀。
生徒からだけじゃなく先生からも絶大な人気を誇る有名人だ。
表の姿は誰が見ても超が付くほどの優等生。
対して茂部さんは。
学校内でもトップクラスの派手な化粧とファッションで有名ないわゆるギャル。
かつ先生には反抗的な態度をとるし、授業中もふざけていることが多く、お世辞にも勤勉とは言いがたい。
はっきり言ってしまえば、素行が良いとは言えない。
山瀬さんみたいにファッションは少し派手でも実は優等生というタイプとは違い、本物のギャル路線をいく女子生徒。
それが茂部今日子だ。
本当は情に厚く、案外ウブなところがあることを僕は知ったけれども。
一般的にみれば、どちらの信頼度が高いかなんて考えるまでもない。
見かけだけであったとしても『善良』という自分の立ち位置を固めている大野裕也は、茂部さんがどうこう言った程度で崩れるほど緩い地盤の上に立っていない。
彼は大人からの圧倒的な信頼度の上に立っていた。
「くそっ……『信用できる大人』。そんなの本当にいるのかよ……」
茂部さんは悔しそうにつぶやいた。
本当の事を言っているからといって信じてもらえるわけではない。
誰が言うかで、真実は決まってしまう。
僕やヒサシ君が職員室に行ったとしても、僕らの話をまともに信じてもらうことはできなかっただろう。
この学校内において、大野裕也の存在はあまりに大きく、僕らはあまりに小さいのだ。
その事実を突き付けられた思いだった。
優しそうな警備のおじさんが言った言葉が、僕ら3人の前に虚しく響いていた。
そんな何も持っていない小さくて無力な僕にできることは――。
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