ハイスペックイケメンからのいじめを助けてくれたのは、突然部屋に現れた自称女神。それと学校内でも有名な美人同級生でした。でも僕だって陰キャの意地がある!ざまぁしてやる!今更友達と言ってももう遅い!

重里

第1話

 それは10分しかない休憩時間のことだった。

 他クラスから訪れた女子2名に呼ばれたユウヤ君。僕らを残して彼女達と楽しく話している。


 彼が身振り手振りをつけて何かを話す度に「きゃあ」だの「ほんとにぃ」だのと、弾む声が聞こえてくる。

 しかし、彼はこんなことは手慣れたもの。数分後にはきっちりと話を打ち切った。


「また話そうな」


 もっと話していたかったであろう彼女らに、軽く手を挙げ笑顔を向けた。


「おかえりぃ。毎度大変だねぇ」


 こちらに戻ってきたユウヤ君に、ヒサシ君はにやにやしながら茶化す。

 ユウヤ君は片手で髪をさらりとかき上げた。


「まったく。ゆっくりしてらんねぇっての」

「その俳優並みのルックスじゃ仕方ないでしょ。男の俺が見てもフツーにイケメンだと思うし」

「気持ちわりぃこというなよ」


 ユウヤ君はヒサシ君の頭を軽くこづいた。


「てっ。でも、時枝ときえだもそう思わね?」


 突然水を向けられて、僕は少し動揺しながら答える。


「う、うん。そうだね。ユウヤ君すごくかっこいいから」


 ヒサシ君の意見に賛同を示す。

 ユウヤ君は満足そうな顔をして、どすりと自席に座る。長い脚をさっと組んで、膝に手を置いた。得意気な調子で言う。


「俳優ねぇ。一度くらい芸能オーディション受けてみるか?」

「ぜったい受かるでしょ。世界でも通用するかもよ」

「はは! それは言い過ぎだ。ヒサシ」


 ユウヤ君は困り顔を作って言うものの、スケールの大きなその話に悪い気はしていない様子だ。

 すると、おもむろにユウヤ君はポケットに手を入れた。


「それよりもよ。お前らこれ見ろよ」


 今度は自慢げな顔つきでスマホを取りだした。

 それをヒサシ君が真っ先に覗く。


「これ、もしかして!?」

「課金したぜ」

「マジで!? 『カコミル』でしょ! やってるとこ見せてよ!」

「いいぜ。俺も初めてやるんだけどな。まずはお前らに見せたくてよ」


 ユウヤ君が差し出したスマホ画面を僕も横から覗き見る。

 画面にはコミカルなフォントで『カコミル』と大きく表示されていた。


 それはかつてない画期的な機能を提供することで話題となり、ネット上で騒がれていたアプリだ。ただのスマホアプリのくせにお値段が5桁に乗っているとんでもない価格設定でも有名だ。

 とてもではないが普通の高校生が気軽に買えるような値段ではない。


 それを購入し見せびらかすユウヤ君のお父さんは議員。お母さんは医者だと聞いている。つまりはお金持ちの家庭であり、必然お小遣いも随分ともらっているのだろう。


 アプリの背景がぐるぐる回っている。ずっと見ていると目が回りそうだ。

 ユウヤ君はアプリを操作し始めた。すぐにふーむと唸った。また指を動かす。ふーむと唸る。

 それを何度か繰り返した。


「覚えている限りの記憶とか情報を入れろって書いてあんだけどさ。結構めんどうだな」

「時間かかりそ?」


 と、ヒサシ君。


「あー……いや。精度は落ちるけど途中でやめてもいいみたいだ。休み時間終わっちゃうからとりあえずこれで」


 てろてろてろーん♪


 ユウヤ君が画面をタップすると、オルゴールのような音色がスマホから流れてきた。


「お、きたきた! うわっ、すげっ! ユリだ!」


 ユウヤ君はスマホの画面を嬉しそうに見ていた。横からヒサシくんが覗く。


「おぉ! これが噂のユリちゃん!?」

「そうそう、前に話した昔の彼女。可愛かったんだよ」

「見せて見せて!」


 身を乗り出し、僕もユウヤ君のスマホを覗いた。

 画質はあまりよくないが、そこには目がくりっとした可愛い女の子が映っていた。


「ほんとだ! すごい可愛い子だね!」

「だろ? 読モやってたくらいだからな。まあ俺の初めての……」


 と、ユウヤ君が胸を張っていつものように自慢話をしようとした。

 その時だった。


「なになに? なに盛り上がってるの?」


 山瀬やませ亜未あみさん。

 僕の隣にやって来た彼女のスカートがふわりと揺れた。

 ほんのりと漂う柑橘系の優しい香りが鼻腔をくすぐる。


 彼女を横目でちらりと覗き見る。

 いまどきの女子高生らしく明るい髪色。脚の露出もかなり高めだ。

 だからと言って下品さを感じることはない。それは彼女の立ち居振る舞いや皆から慕われる性格の良さからくるものだ。

 実際、山瀬やませさんはクラスから一人だけ選抜されるクラス委員でもある。男女問わず人気がある生徒ということだ。


 前かがみになってユウヤ君のスマホを見る山瀬やませさん。

 発育の良い胸が僕の視線を遮った。


「おう……山瀬やませか。びっくりさせんなよ」


 ユウヤ君はわざとらしく答えると、


「これだよ、『カコミル』」


 彼女に画面を見せた。


「えーっ! これが『カコミル』!? 私、初めて見た! 過去が見れるってほんとなの?」

「マジっぽそう。この頃の動画なんて撮ってないのに、ちゃんと映ってるわ」

「すごっ。これ、いま映ってるのって大野おおのくんの彼女さん?」

「まあ、昔のな」

「へぇ~、かわいい子だねぇ。昔のってことは、別れちゃったんだ。残念」

「今は別になんとも思ってねぇよ。好きなヤツいるし」


 ユウヤ君はぎこちなく足を組み替えた。


「ふーん……。そうなんだ。大野おおのくん恋してるんだね」


 そういった山瀬やませさんはいたずらっぽい笑顔を見せた。

 その顔はあどけなさも相まって可愛さに溢れている。


 そんな山瀬やませさんに僕は見惚れていたのかもしれない。

 こちらにちらっと視線を向けた山瀬さんと視線が合ってしまった。

 綺麗な瞳。さらさらの髪。恥ずかしくなってすぐに視線を逸らした。

 山瀬やませさんはそんな僕にふふっと笑った。


「どうした山瀬やませ?」


 ユウヤ君がすかさず割って入った。


「ん? 何が?」

「いま時枝みて笑ってなかったか?」

「笑ってないよー。ちょっと目が合ったからってだけ」

「んだよ、そんだけか」

「そうそう」


 ユウヤくんと山瀬やませさんはけらけらと楽しそうに笑う。

 話題には出ていても、僕は蚊帳の外だった。

 でも内心、彼らの楽しそうな輪に入りたかった。もしくは彼女の笑顔をこちらに向けて欲しいという欲求があったのかもしれない。

 とにかく自己顕示欲があったのだと思う。


 ふと思い付いたままの言葉が口から零れていた。

 

「そういえばユウヤ君。その子にフラれたんだっけ?」


 スマホを指差し僕は言った。

 以前、ユウヤ君とヒサシ君がそんな話しをしていたのを耳にしたことがあった。それを思い出しただけだった。


 僕としては深い意味なんてない、ただ口をついて出た言葉だった。

 けれどもユウヤ君はその言葉を聞いた瞬間、固まった。

 固まったのはユウヤ君だけではなかった。ヒサシ君も山瀬やませさんもだ。

 その場の空気が固まっていた。


 ヒサシ君が「空気読めよ」といわんばかりの目を向けてくる。

 ユウヤ君の眼の奥には、刺すような鋭い光が見えた。

 背筋がぞくりとした。

 直後。


 キーンコーンカーンコーン。


 休憩時間終了を告げるチャイムが僕らの頭上に鳴り響いた。

 おかげで皆の気が逸れ、場の雰囲気がすこし砕けた。

 山瀬やませさんは慌てるように背筋を伸ばして時計を見る。


「授業、始まるね! 大野君。『カコミル』みせてくれてありがと」


 山瀬やませさんは笑顔を作り、そそくさと席に戻っていった。





 放課後。席で帰りの支度をしていた僕にユウヤ君が声を掛けてきた。


「ちょっと来いよ」


 抑揚のない淡々とした声音だった。


「う、うん。いいけど。どこいくの?」


 答えはなかった。彼は無言で教室を出ていく。

 その雰囲気に何となく嫌な予感がした。


 彼の背を追いかけるようにして僕も教室を出る。廊下を足早に歩くユウヤ君が見えた。軽音楽部が練習をしている音楽室の横を通り、近くのトイレに入っていく。

 僕もそれに続く。殆ど入ったことのないトイレ。中はタイル張りで、それなりに古さがあった。


 ユウヤ君は窓際まで進むとやっとこちらを振り向いた。

 途端。突如左手を伸ばしてきた。その大きな手で僕の首を鷲掴んだ。

 身長180cmある彼の手は容赦なく僕の首を絞め上げる。


「……く、くるしい……ユウヤ君……」


 彼は僕を睨んだまま、手を離さない。

 苦しむ僕を睨みつけながら、無言で力を込めてくる。絞め続ける。

 たまらず両手でその手を引き剥がそうと彼の腕をつかんで抵抗した。

 しかしユウヤ君の手はびくともしなかった。


「お前。ふざけんなよ」


 威圧的で重苦しい声音だった。

 ユウヤ君は普段は優しいし、頼りがいのある人。しかし自分の思い通りにならないことがあると感情的になる。それは知っていた。

 締め付けられた喉から声を絞り出す。


「ご、ごめん……さっきの、だよね……」

山瀬やませの前で恥かかせやがってよぉ!」

「だから、ごめんって……」

「ごめんで済むかよ!」


 叫ぶように恫喝すると僕の首から突如として手を離した。


「げほっ! げほっ!」


 苦痛から開放されて咳き込む。直後。


「うぐっ!」


 腹に強烈な痛みが走った。そこには彼の拳があった。

 首にばかり気を取られていたこともあって不意を突かれた。痛みに悶絶し、膝から崩れ落ちる。


「おらぁっ!」


 追い打ちをかけるようにして脇腹を蹴飛ばされた。トイレ内を勢いよく転がる。

 掃除の行き届いていないトイレの床は湿って汚れていた。

 ユウヤ君はトイレに転がる僕を見下している。

 

「お前よ。空気読めなさ過だろ。フラレたとか言いやがってよ」

「……つ、次から気を付けるから……」

「ったりめーだろ」

「……ご、ごめんなさい……」

「お前さ。俺たちの仲間にいれてやってんの忘れんなよ。ド底辺が」


 ユウヤ君は吐き捨てるように言うと、トイレから出て行った。

 汚くて嫌だったが、お腹を殴られた痛みと苦しさで、立ち上がることができなかった。

 暫くその場にうずくまっていた。


 その間、「ド底辺」と言われた事がぐるぐると頭の中を回っていた。

 心を深く沈ませていく。


 ――――底辺。


 たしかにそういうところがあるのは、自分自身認めているところだった。

 だからこそ尚のこと情けなさを感じてしまうのだ。


 痛みが収まり始めた頃、ふらふらとする体を支えるように、壁に手をついて立ち上がる。足を引きずるようにしてトイレをでた。

 すると、


「よお」


 トイレ正面の壁に背を持たせかけ、スマホをいじっているヒサシ君がいた。

 僕の姿を認めたヒサシ君はスマホをポケットにしまい、ひょいと壁から体を引き起こした。


「やっと出てきたか」

「……ヒサシ君?」

「ユウヤ君にシメられたんだろ?」

「……うん」

「そか。まあ、あれはダメだろ。こういうのほんと下手だよなぁ、お前」

「ご、ごめん……」

「謝るくらいなら余計なこと言うなよ。ユウヤ君、怒るとなかなか機嫌戻らないの知ってんだろ」

「そうだね……」

「『カコミル』と元カノ自慢したいだけなんだから、すげー! とか、さすがー! とか言っとけよ。褒めてりゃ機嫌いいんだからよ。お前さ。こないだもユウヤ君のこと怒らせたじゃん。そろそろガチでやられんぞ」


 ――――そう。

 ユウヤ君が言っていた通り。僕はユウヤ君のグループに

 僕のような陰キャ気質のインドア系の人間は、大抵の場合は人付き合いが上手くない。

 だから学校生活においてどこかのグループに所属し、ボッチにならないようにしなくてはならない。


 別に仲が良くなくても、一緒にいて楽しくなくてもだ。

 一人ぼっちで寂しい奴と思われるよりは、よほどマシだ。

 これはいわば処世術みたいなものだと思っている。


 僕は2年のクラス替えで独りぼっちになってしまった。

 同じタイプの人が全然いなかったのが原因だ。

 それを拾ってくれたのがユウヤ君。

 つまり今のクラスでぼっちにならずに済んでいるのは彼のおかげだった。

 だから彼に逆らうことをしてはいけないし、彼が気持ちが良いようにしなければならない。


 ユウヤ君に嫌われるという事は、居場所がなくなるという事と同じ。

 それだけは避けなければならなかった。

 こんなところで友人関係に躓いたりしたら、これからの高校生活を寂しい思いで過ごすことになってしまう。


 ――――みんなに合わせる事。


 僕のような人間には、それが必要だ。

 

 でも本当に些細なミスをした僕は、この時から大野裕也おおのゆうやのイジメの標的にされた。

 それが僕の未来を大きく変えることをまだ知らない。






――――――――――――――――――――――


 拙作をお読み頂き誠にありがとうございます。

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