魔王の幹部に殺された剣士だけど、ゾンビに生まれ変わったのでしれっと勇者パーティに舞い戻ってみた。
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ゾンビ追放
「おい、ハルク。今日こそ僕のパーティから出て行ってもらうからな!」
拠点にしていた街の酒場にて。勇者レイは魔を祓う聖剣を俺に突き付け、パーティの追放を宣言した。
勇者とは悪の魔王を打ち倒し、世界を救うために選ばれた救世主だ。正義の存在であるレイは今、殺意を込めた視線を俺に向けていた。
「そんな、どうして!! 俺たちは5年もの間、お互いの命を預け合って戦ってきたじゃないか!!」
たしかに俺は剣しか取り柄がないし、レイみたいにイケメンでもない。魔法でモンスターを蹴散らす聖女や魔法使いとも違って、俺の戦闘スタイルは地味だ。
だけど俺は剣士としての腕を磨き、やれるだけのことはやってきたはずだぜ!? それなのに、どうしてそんな酷いことを言うんだよ?
「そんなことは僕だって分かってるよ!……お前、自分が3日前のことを憶えてないのか?」
「3日前……?」
どうして急にそんなことを言い出したんだ?……いや、待てよ?
「……あれ? そういえば俺はレイたちと一緒に、魔王城へ乗り込んでいたような……」
そこで見たこともないほど巨大なモンスターと遭遇したことを思い出した。
あれはヤバかった。
あんな化け物相手に勝てるわけがないと思った。だから俺は死ぬ覚悟を決めて――。
「そうだよっ! 魔王の幹部に殺されそうになった聖女を庇って、代わりにお前が頭をカチ割られていたじゃないか! それなのに魔王城から逃げ帰った次の日に、いきなり僕たちの前に現れたかと思えば――」
『うぃーっす。どったのお前ら、そんな暗い顔して? 元気がないと魔王は倒せませんでちゅよ~?』
「――って何事もなくパーティに混ざってきやがって!! どうした、じゃないよ! お前がどうしちゃったんだよ!?」
勇者は怒りに任せ、テーブルをバァンと叩いた。いつも優しく大人しいレイにしては珍しい行為だ。
「えぇ……? そんな事を言われても」
目が覚めたらゾンビになっていたっていうか。他に行く場所もないし、この街に帰ってきただけだしな。
困り果てて仲間たちを見渡すと、同じテーブルにいた魔法使いが苦笑いを浮かべていた。
「聖女を見なさいよ。理解のキャパシティを超えて、精神崩壊しちゃってるじゃないの」
「そうだよ! 魔王城から避難する時だって、聖女がお前の後を追うとか言って大変だったんだからね!?」
レイは虚空を見つめてヘラヘラと笑い続ける聖女を指差して怒鳴った。
「ようやく精神を落ち着けたかと思ったら、今度はご本人様の登場だものね。メンタルなんか、もうグッチャグチャよ」
「そうなのか? 聖女はナイーブだなー! あっはっはっは!」
「「笑い事じゃない!」」
いやー、聖女のやつ、なんか変だなと思っていたんだよな。しかも頑なに俺を視界に入れないようにしていたし。
「まぁいいじゃん。こうして生きて戻ってこれたんだし、結果オーライということで!」
「だからお前は死んでるんだよぉおおっ!!」
「おい聖剣で殴るなっ! 痛くないけどなんかしみる!!」
レイは聖剣で斬らずに、刃の腹で俺を殴ってくる。
魔を祓う聖剣の効果で浄化されているのか、ジュワジュワと俺の身体から白い煙が上がっていた。
「お前ら……そんなに俺の事が嫌いだったのか?」
俺はかけがえのないは仲間だと思ったのに……
「好きだったよ! むしろ好きだから僕たちも苦しんでるんだよ!」
「アタシたちはハルクの葬儀も済ませて、ようやく気持ちの整理をつけたところだったのにね」
「遺体が回収できなかったから、中身が空の棺に『お前の死を背負って魔王を滅ぼす』とか掛けちゃった僕の言葉を返せよぉおお!!」
おいおい、そんな面白いことを俺が居ないところでやるなよ。ていうか勇者の奴、絶対にノリノリだっただろ。
でも、どうして死人が蘇ったりなんてしたんだろうなー。
不思議に思って首を傾げていると、聖女のロザリーが急に目を見開き、こちらを向いた。
「私は聖女……死者は滅さなくては……そして彼を殺して私も死ぬ」
「うわ、こわっ」
「ほら! 彼女も聖女としての役目と仲間を想う気持ちの間で、メンタルが限界なんだよ! 僕たちの為にも出てってくれよ、頼むから!!」
「分かった、分かったよ。出て行くよ、もう……」
ここまで言われちゃ仕方がない。俺は席を立ち、出口へと向かう。
これ以上ここに居たら本当に殺されかねないしな。いや、実際にはもう死んでるけどさ。目が逝っている聖女に、魂ごと消滅されてしまいそうだ。
「じゃあな。お前らも元気でやれよ」
「ふん! 二度と面を見せるんじゃないぞ!!」
背後から聞こえてくるレイの声を聞きながら、俺は酒場を出た。
さて、これからどうしようか。
魔王討伐は生きては帰れない片道の旅だと覚悟していたが、まさか死んだ後の世界があるとはな。
だがこれ以上、勇者たちの邪魔はできない。ゾンビはゾンビらしく、墓場で朽ち果てるか。
「レイのやつ……最後の声、震えていたな」
優しいレイのことだ。本当に俺の分も背負ってキッチリと魔王を倒してくれるはず。
それに最強の魔法使いと聖女も揃っている。替えのきく俺と違って、あの二人は魔王を倒すのに必要な人間だった。俺の犠牲で済んだのなら安いモンだ。
だからこれでいい。もうアイツらと一緒に旅ができないのは残念だが、仕方がない。
「とりあえず、どこかゆっくり寝るのに丁度良い、静かな場所を探して彷徨ってみるかな」
俺は街を出ると、あてもなくズルズルと歩き始めた。
◆
「それでどうしてお前がここにいるんだよぉおおお!!」
追放されてから半年が経過した。
俺は立派に成長した勇者パーティと、運命的な再会をすることができた。
「どうしてって……魔王になったから?」
俺が今いるのは、魔王城の玉座である。
なにかの骨でできた趣味の悪い椅子だが、部下にこれが様式美だと言われたので渋々使っている。まぁ俺はゾンビだから座り心地とかあんまり気にしないけど。
「そんなことは見れば分かるよ!! なんでお前が魔王になっているのかを聞いているんだよ!?」
「んー、成り行き?」
俺がそう答えると、勇者レイは地団駄を踏みながら怒鳴り続けた。
「だからどういう成り行きを繰り返せば、魔王になんかなるんだよ!? 元勇者メンバーなんだぞ!? そもそも魔王って、勇者にしか倒せないはずだろうが!」
「あー、たしかにそうなんだよなぁ」
魔法使いが魔王の魔法を封じ込め、聖女が力を籠めた聖剣を使って勇者がトドメを刺す。
これが一般的な魔王の倒し方マニュアルだ。というより、それしか人類には知らされていない。
「なんか魔王サイドだったら、魔王を倒すことができるらしいぜ? 弱肉強食っていうの? なんかソレっぽい」
「いや、意味が分からないよ!?」
うん、自分で言っておいてなんだが、俺もよく分かってない。
ただ、モンスター側のルールは昔からそうなっているらしい。勇者に倒されないための工夫っていうのか? 一番強い奴が魔王になるシステムなんだと。
俺を殺した魔王の幹部がそう教えてくれた。
「魔王様は魔王となる器を持った、素晴らしい御方なのです」
「いや、さっきから見ないふりをしていたけどさ!! なんで剣士を殺した魔王の幹部が、剣士の隣にいるんだよ!?」
「あぁ、コイツ? 偶然会ったから、リベンジした。そしたらなぜか配下になった」
「なんでお前の周りではあり得ないことばかり起きるんだよぉおお!?」
どういうわけか、俺の身体はゾンビ化して強くなっていた。それは一度は俺を倒した幹部モンスターもアッサリ倒せるぐらいに。
これもそういうシステムなのか、ボロ負けしてからというもの、魔王の幹部は俺のことを慕ってくれるようになった。
ふふふ。今まで配下なんて居たこともなかったし、なんだか気分が良いぜ。
「ともかく、よく来たな勇者たちよ! 俺様が魔王だ!!」
「えぇ~、もう嫌だよ僕~。苦労してやって来たかと思ったらこんな展開だなんて、やる気失くしちゃったよぉ~~!!」
「おっ、おい! 急に戦意を喪失するな! こっちはこの日を楽しみにしてたんだぞ!!」
レイは急に聖剣を放り投げ、赤い絨毯の上でジタバタと駄々をこね始めた。
城にやって来た時なんて『これでようやく僕らの旅が終わる……』とか言っていたじゃないか!
俺もストレッチをしながら待っていたのに! お前の覚悟を決めたあの表情はどこへ行った?
「ふひっ、ふひひひひっ……」
「ど、どうしました聖女!?」
「今ようやく分かりました。これは天が私に与えた試練なのですね。良いでしょう、剣士を亡くしたあの時から、私の命を捧げる覚悟はできておりますわ……」
「あ、駄目だ。封印したはずの聖女のダークサイドが再発しちゃったわ……」
半年前のようにロザリーはブツブツ独り言を言い始め、魔法使いのレイナに至っては完全にドン引きしている。
ていうか聖女なのに死霊に憑りつかれてるみたいな顔色になっているんだけど、コイツ大丈夫なのか?
「おいおい、しっかりしてくれよ勇者たち。お前たち三人が揃わないと魔王を殺せないだろうが」
「うぅ……僕たちの戦いはこれからだ!!」
「おい、勇者!! なに勝手に話を完結させてるんだ。まだ終わってないんだぞ?」
「いいよ! もういいよ! 僕は勇者をやめるよ! どうせ僕なんて、最初から勇者に向いていなかったんだよ!!」
「お、落ち着けって! お前以外に勇者になれる奴なんかいないって!!」
「魔王のくせに僕を慰めるなよ! だいたいお前が死ななければ、こんな事にはならなかったんだぞ! 僕の許しも無く勝手に死にやがって、全部お前が悪いんじゃないか……僕はハルクのことがずっと好きだったのに!!」
「……お前、女だったのかよ」
5年越しの新事実、勇者はまさかの僕っ娘だった。
どうりで旅の間中、一度も俺に裸を見せないなーとか思ったよ。たしかに色気なんかちっとも無いし、胸も真っ平らで――
ひゅん。
「おい、戦いは止めたんじゃなかったのかよ」
「それとこれとは別だよ! ハルクのえっち!!」
俺の首を狙って聖剣が振られ、俺は咄嗟に持っていた剣で防いだ。あぶねぇ、今ので人生2度目の死を迎えるかと思った。
「裏では常に、貴方を巡ったバトルが繰り広げられていましたからね。まぁ鈍感なハルクさんは、彼女たちの乙女心に一切気が付いていませんでしたけれど」
「はぁ!? そうだったのか!? しかも二人とも!?」
「いえ、三人です。アタシも参加していました」
「魔法使いまで!?」
マジかよ、全然知らなかった……。
俺のことをハブって三人でいつもコソコソと話しているとは思っていたが、まさかそんなことになっていたとは。
「あーあーあー! 剣士が弱っちいせいで、不幸になった乙女がたくさんいるなぁ!?」
「これはもはや天誅を下すしかありませんね」
「アタシもいろいろと、貴方に対して溜まっていることがあるのよね」
「……お前たち、なんかもう魔王を倒す理由が変わってない?」
いやまぁ確かに? 俺が殺されたせいで、勇者たちが苦労したのは申し訳ないと思っているが。
でも、それは俺だって好きで死んだわけじゃねぇよ。それに―――。
俺は勇者レイを睨みつける。
するとレイはビクッとなって一歩下がった。相変わらず、こういう目つきで見つめるとすぐに怯えるなコイツは。
「お前、俺への誓いを反故にするつもりか?」
「うっ……そ、それは……」
「死んだ俺の分も頑張るって言ったのは、ウソだったのか?」
「そ、そんなことは無いけどさ……あ~もう!! 分かったよ、やるよ! やりますよ!」
ようやく観念してくれたようだ。
まったく、最初から素直に言うことを聞いてくれればいいものを。
「よし、それなら早く武器を構えろ。今度は油断しないぞ」
「うぅ……やっぱり戦うの?」
「当たり前だ。ほら、剣を持てよ」
「…………」
レイはしぶしぶ聖剣を拾う。
そして鞘から抜き、その切先をこちらに向けてきた。
「ふむ、やっとやる気になったみたいだな。それでは行くぞ……これが最後の戦いだ」
こうして勇者と魔王の戦いが始まった。
賢者と名高い魔法使いが俺の攻撃を封じ。
慈愛の心を持つ聖女が聖なる力を聖剣に与え。
そして最後の瞬間が訪れる――
「ありがとう、ハルク……これで本当のさよならだ」
「あぁ、レイ。約束を守ってくれてありがとう」
三人のあらゆる想いが込められた聖剣は眩い光を放ち、闇に満たされた魔王城を明るく照らす。
勇者レイが放った剣技は、俺の体内にある魔王の核を正確に貫いた。
「……永遠にあいしてるよ、ハルク」
◆
「レイさん……」
「レイ……」
勇者がその言葉を呟いた時にはもう、魔王の姿はすでに無かった。まるで最初からいなかったかのように、溶けて消えてしまっていたのだ。
おそらく、元の身体がゾンビだったからだろう。いくら不死の身体だったとはいえ、魔を祓う聖剣に切り裂かれては防ぎようもない。
これで魔王との戦いは完全に終わりを告げた――
「く、くそ……魔王様が倒されてしまったぞ!? かくなる上は……!!」
いや、まだ諦めのつかない者がいた。玉座の傍に、魔王の幹部がまだ残っていたのである。
半年前のように、彼は三人の前に立ちはだかった。かつては剣士を失うほどの苦戦を強いられた魔王の幹部であるが――
「死ね」
「ちょっとは空気を読んでくださいよ」
「これだからアンタは幹部止まりなのよ」
「ぐえええっ!?」
何もすることもできず、あっという間に首を斬られてしまった。首から下は魔法使いが燃やし、聖女が跡形もなく消し去った。
あのまま勇者たちの前から逃げ出せていれば、あの幹部が魔王を引き継いだかもしれない。だが三人がそれを許すはずもなかった。
「ク、ソ……だがしかし。この世に悪意がある限り、魔王は再び復活するからな……」
魔王の幹部は予言のような言葉を吐き捨てると、煙となって消えた。
「ふん。その時が来たら、僕がまた直々に倒してやるさ」
勇者レイは鼻を鳴らしながら、聖剣を鞘に収めた。どうやら今度こそ、勇者としての役目は終わったらしい。
「お疲れさまです、レイさん」
「おめでとうございます」
「うん、二人ともありがとう。それとごめんなさい、結局僕はハルクを救えなかった……」
レイは悲しそうな表情を浮かべていた。
自分の力不足を悔やんでいるのだろうか。
俯いてしまったレイに他の二人が抱き着いた。
「そんなことはないですよ、勇者」
「そうだよ。むしろ一番辛い役を任せちゃって、アタシたちこそごめんね……」
「魔法使い……聖女……」
三人が抱き合う姿はとても絵になっていた。美しい友情物語といったところか。
「それに案外、彼はまた私たちにひょっこりと会いに来るかもしれませんよ?」
「え、マジで言ってるの聖女? アタシ、まだゾンビハルクを倒すのなんて御免なんだけど」
「だってほら、あの幹部も言っていたでしょう? 魔王は復活するって」
すっかり理性を取り戻した(?)聖女は魔法使いに笑いかけた。魔法使いは油虫のようにしぶといハルクを想像し、口元を引き攣らせた。
「ふふ、たしかにね。アイツのことだし、なんだか僕たちを空から見て笑っている気がするよ」
勇者レイは聖女たちと同じように、俺のことを信じているようだ。
しかし申し訳ないが、それは叶わない。なぜなら――
「あー、その。感慨に耽っている所すまないんだが、レイ。そして、二人も」
「「「え?」」」
三人の視線がレイの右手にある聖剣に集まる。
「今度は聖剣に俺の魂が宿っちゃったみたい……」
こうして俺の3度目の人生が始まった。
魔王の幹部に殺された剣士だけど、ゾンビに生まれ変わったのでしれっと勇者パーティに舞い戻ってみた。 ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara
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