明治のヱクソシスト

明治🍆サブ(SUB)🍆🍆🍆🍆🍆🍆🍆🍆🍆🍆

「あ、悪魔め……」


 目にいっぱいの涙を溜めて、少女は言う。


「悪魔?」


 全身黒ずくめの男が、冷たく微笑む。


「懐かしい響きですね」


 少女の視界が闇に覆われる。

 少女の髪が、目が、耳が、鼻が、頭蓋が、脳が溶けていく。

『痛い』も『苦しい』も『怖い』も『悔しい』も何もかもが溶け果てて、後には無限の闇だけが残った。





   ❖   ❖   ❖





 嘉永七一八五四年、永らくこの国を西洋妖魔の手から護り続けてきた【鎖国結界】は、欧米列強からの圧力の前に崩された。

 国を守る術を失った日本は、その元凶を作り出した列強各国に助けを求めるほかなかった。


 不平等条約港として世界に向けて開かれた港――下田、函館、横浜、長崎、新潟、神戸のうち最大の輸入量を誇る神戸は今や、日本で最も混沌としたまちと言える。





   ❖   ❖   ❖





 明治三十六一九〇三年、十二月某日、夜。

 兵庫県神戸市、北野異人館街のとある武器商の屋敷にて。



「この部屋が?」


「うむ。夜な夜な悪霊障害ポルターガイストが発生する部屋だ」


 大日本帝国陸軍・第ゼロ師団しだん――陸軍の中でも対妖魔戦を専門とする師団の、第七旅団りょだん――対西洋妖魔を専門とする旅団から派遣されてきた軍人チンダイからの問いに、武器商は答える。


「うわぁ、コレはコレは」


 軍人チンダイ――二十ハタチに届くか届かないかといったふうな若造と、


「……視線を感じる」


 十をようやく過ぎたばかりといった風な少女が交互に喋った。


 それはそうだろう、と武器商は思う。

 何しろこの部屋には、武器商のコレクション――百体を超える西洋人形が置いてあるのだから。


 武器商は、悪魔祓師ヱクソシストを名乗る男女を部屋に招き入れる。

 あまりにも若く、そして奇妙な二人組であった。

 こんな若造たちに悪魔祓師ヱクソシストが務まるのか? と武器商は思う。


(いや、そちらの方が好都合か)


 こちらとしては、『務まらない』方が良いのだから。


「貴様、名は何だったか?」


「これは、申し遅れました。わたくし、第七旅団所属単騎たんき少佐しょうさ阿ノ玖多羅あのくたら千晶ちあきと申します」


 青年が山高帽を取り、西洋貴族のような気取った挨拶をしてみせる。


 へらへらと笑う、軽薄そうな印象の青年であった。

 ザンギリ頭の下にある顔は彫りが深くも中性的で、青年――千晶ちあきの大げさな立ち居振る舞いもあって映画役者のように見える。

 漆黒のフロックコートに黒いズボン、古びた山高帽。

 百八十サンチ近くと日本人にしては背が高く、全身黒ずくめなのも相まって、何やら黒いつつが突っ立っているかのように見える。

 ほっそりとしているのに、


「少佐だと!? その若さでか!?」


 武器商は目を剥く。


「HAHAHA! 天才なものでして」


「それに、阿ノ玖多羅あのくたらというと――」


「はい。壱文字いちもんじ弐又ふたまた参ツ目みつめ肆季しきじん伍里ごり陸玖陸むくろ漆宝しっぽう捌岐やつくび阿ノ玖多羅あのくたら拾月じゅうげつ――『護国拾家じっけ』の一等一位。伝説の妖魔・九尾狐きゅうびこを従えし、最強の対魔家である阿ノ玖多羅あのくたらです。此度こたび悪魔祓いヱクソシズムもバッチリこなしますので、ご安心を」


 千晶がフロックコートを翻し、拳銃帯ホルスターから南部式自動拳銃を取り出す。


「そしてこちらは助手の、阿ノ玖多羅さきです」


「…………」


 少女が目礼してくる。

 上は格子模様の着物、下は海老茶色の袴。

 一見すると女学生のようだが、和装に似合わぬぶかぶかの麦わら帽子をかぶっている。

 その少女が人形が並べられた壁を睨み、


「……千晶、やはり視線を感じる」


「ええ、いますねぇ」


 千晶が銃口を人形の方に向ける。


「お、おい! ワシの大事なコレクションに傷ひとつでも付けてみろ――」


「いやいや、悪魔祓いヱクソシズムのためなんだからガマンしてくださいよ」


「いーや、許容できん!」





「キャァァアアアァァアアアアアアアアッ!!」





 そのとき、一体の人形が悲鳴を上げた!

 立ち上がり、武器商に飛びかかってくる!


「【対物理防護結界アンチマテリアルバリア】!」


 だが人形は、千晶が掲げた十字架から発生する光の盾に阻まれ、弾かれる。


嗚呼ああ、ワシの人形が!」


「商人さん、あの人形、密輸したでしょ?」


「し、しとらんぞ!?」


「これだけのヱ―テルを放てる悪霊デーモン憑き、検疫所を通ってたら絶ぇ対に見つかるはずなんですけどねぇ~。正直に吐いちゃった方がラクになれますよぉ?」


五月蠅うるさい! 貴様らは依頼通り悪霊デーモンはらってくれれば良いのだ! 人形には傷ひとつ付けるなよ!?」


「密輸しておいて生洒々いけしゃあしゃあと――咲!」


「……ああ」


 咲が十字架を取り出し、振るう。

 途端とたん、十字架が巨大な鉄槌ハンマーに姿を変える。

 咲が鉄槌ハンマーを大きく振りかぶり、


「結界、消します! さんにぃいち・今!」


 大きく踏み込んで、人形を横殴りにする!


「ワシの人形~~~~ッ!!」


 武器商が頭を抱えるが、人形は無事だった。

 鉄槌ハンマーが、人形をすり抜けたのだ。

 鉄槌ハンマーが叩いたのは、人形の中に潜り込んでいた悪霊デーモンのみ!

 ヤギのツノ、コウモリの翼、サソリの尻尾を持つ半透明の小鬼がのたうち回っている。


「グッジョブです、咲!」


 千晶が弾薬盒から『天使弾』と刻印された弾倉を取り出し、南部式自動拳銃に装填する。

 小鬼に狙いをつけ、


「【斯く在り給ふA M E N】ッ!」


 撃った。

 光り輝く弾丸が、小鬼の体――アストラル体を破裂させる。


悪魔祓いヱクソシズム完了! ほら、人形は無事でしょう?」


「き、貴様! ゆ、ゆ、床に穴が!」


「いや~、そのくらいはガマンしてくださいよぉ~」


「……千晶」


「ねぇ、咲からも何か言ってやってください」


「千晶!」


「何です、咲?」


「……まだ、視線が」


「へ?」


 千晶が、人形の方を向く。





 同時に、人形たちが一斉に千晶たちの方を向いた!





「「「キャァァアアアァアアアアアアアアッ!!」」」


 百体を超える人形たちが、一斉に飛びかかってきた!





   ❖   ❖   ❖





「うわぁああああああ!?」


 千晶ちあきは武器商を小脇に抱えながら、屋敷の中を逃げ惑う。


 廊下を走っていると、ドアというドアから人形たちが飛び出してきて、その数はもはや数百にもなろうとしている。


「千晶! 悪霊デーモンだけ祓うのはもう無理だ!」


 さき鉄槌ハンマーを元の大きさに戻し、代わりに十字架で防護結界を発生させながら叫ぶ。


「そのようですね! ――咲、この人を頼みます!」


 千晶が武器商をぽーんと放り投げる。


「「うわわっ!?」」


 咲と武器商の声が重なる。


「――っと」


 身長一三〇サンチ程度の小柄な体の何処どこにそんな力が隠されているのか、咲が武器商の体を危なげなく抱き留める。


「【AMEN】ッ! 【AMEN】ッ!!」


 千晶が南部式の二丁拳銃で、人形たちを迎え撃つ。

 一発々々に大量のヱ―テルが込められた『天使弾ヱンジェルバレット』が、何体もの人形たちを一度に粉砕していく。


「ワシの人形たちがぁぁああああッ!!」


「言ってる場合ですか!」


「――千晶、行き止まりだ!」


「ありゃりゃ、絶体絶命」


 袋小路に入ってしまった千晶が振り向けば、無数の人形たちが通路を塞いでいる。


「ど、どうするのだ!? 貴様らそれでも悪魔祓師ヱクソシストか!」


「な~んちゃって」


 慌てる武器商に対し、千晶が陽気に笑ってみせる。

 彼は弾薬盒だんやくごうから『大天使弾アークヱンジェルバレット』と刻印された弾倉を取り出し、南部式に装填する。


「咲」


「ああ」


 咲が結界で人形たちを押し留める中、千晶が静かに祈り始める。


「【御身おんみの手のうちに】」


 千晶は右手の二本指で剣印を作り、額に当て、


「【御国みくにと】」


 二本指をへそへ、


「【力と】」


 左肩へ、


「【栄えあり】」


 右肩へ当てる。

 今や南部式自動拳銃は、煌々こうこうと光り輝いている。


 咲が、結界を解いた。

 人形たちが殺到してくる!


 千晶は南部式の銃口を人形たちの群れに向け、


「【永遠に尽きることなく――斯く在り給ふA M E N】ッ!!」


 引き金を、引いた。





 光が、在った。





 太陽かと見まごうばかりの眩い光が銃口から放たれ、人形の群れに殺到する!


「「「キャアア――――……」」」


 あれだけいたはずの人形たちが、残らず一掃された。


「ふぅ~……」


 千晶がその場でしりもちをつく。


「何とか終わりました。けどもう、体内のヱ―テルがスッカラカンですよ」


「スッカラカン、だと?」


「はい」


 武器商の問いに、千晶は答える。


「そうか、ならば――」





 武器商の体がみるみるうちに大きくなる。





「――死ね」


 身長三メートルの大男に変じた武器商ナニカが、千晶に向けて巨大な拳を振り下ろす!

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