第16話 内定
「実は今日、予定が入っていて、とりあえず会社で働くかどうかという確認と給料の件だけで良いかしら?」
「あ、はい。大丈夫です」
前回座った椅子と同じ場所に座り、代表も前回と同じ俺の正面の椅子に座った。
虹ノ夢のライブが8月にあるため忙しいのか、坂本代表の顔色が少し悪く見えた。
だが今日は、仕事に関する大事な話をする日。
心配も必要だが、まずは自分の心配をしなければ。
「じゃあ、早速だけど教えてもらえるかしら」
坂本代表は真剣な眼差しでこちらを見ている。
俺は坂本代表の圧を感じながらも、固唾を飲み込み答えを出した。
「私をここで働かせて欲しいです」
膝に置いていた拳を握りしめ、俺は通った声で宣言した。
この言葉を待っていたと言わんばかりの坂本代表の表情。
坂本代表は一度だけ頷くと立ち上がり、社長机に向かい引き出しから一つのクリアファイルを取り出した。
こちらに向かって来てクリアファイルを差し出す坂本代表。
俺は無礼の無いように立ち上がって両手でクリアファイルを受け取った。
「この中に扶養控除等申告書や他の書類が入ってる。申し訳ないけど本当に最近忙しくて正式な面接もできないし、入社となると来月になってしまうと思うのだけど、その代わり給料の件は勝手に上げておくわ。書類の提出は奈菜美を通じてでも良いし、隙を見て私の所に持ってきてもらっても良いから」
坂本代表はそう言い、腕時計で時間を確認すると「では、すまないね。これから会議があるから、分からない部分は気軽に連絡してくれ、出れないかもしれないけど」と笑いながら社長室を出て行った。
一応内定は貰えたって事で良いのだろうか。
社長室に一人取り残された俺は、内定を貰えた実感がないまま社長室を後にした。
~~~
六本木ヒルズ森タワーを後にして、俺はその足で銀行に向かった。
持ってきておいた通帳から4万円ほど引き出す。
就職が決まった今、少しならハメを外しても大きな問題は出ないだろうと思ったから、今日は一発かまそうと思う。
かますって、エロい店に行くとかキャバクラに行くって意味じゃないからな。
童貞は彼女で失いたいと思っているから、絶対にそういう店で童貞は失いたくない。
童貞ならではの謎のプライドがあるのだ。
やっぱ、かますと言ったら酒だよな!
だが、現時刻はまだ10時過ぎ。
酒を飲むにしてはかなり早い。
俺は一度家に帰る事にして、酒は夜にたっぷりと楽しむことにした。
山手線に乗り、駅から歩いてアパートに帰って来た。
家には晴が昨日着ていたキャミソールとカーディガン、白Tが干ささっている。
他にも俺の部屋着が干ささっていて、全て乾いている。
俺はハンガーにかけられた洋服をカゴの中に取り込み、晴の服は分けてタンスの中にしまった。
最近、晴がこぞって俺の服を着たがるから晴専用スペースが出来つつある。
中にはパンツやブラもあるので、毎回触るたび罪悪感を感じるが仕方が無い。
洗濯物を全て取り込み、やることも無くなったので俺は貰って来た書類を書くことにした。
貰って来た書類は扶養控除等申告書、給与振込先の届書、入社誓約書の三種類とvertex receiveと名前が入ったハンドタオルと普通のタオル……
まあ、一応限定品か。
そう思いながら俺は封を開けて、洗濯カゴにぶち込んだ。
溜まっていた白色の服を洗濯機に入れ、貰ったタオルも入れて洗濯機を回した。
書類記入から脱線してしまったと思い、俺はボールペンを持ち書類の置かれたちゃぶ台の前に座る。
確か転職する際は前の会社を辞めた時に貰った書類も書かなければならなかったはず。
俺は花園電機に勤めていた時に使っていたカバンを漁った。
すると雇用保険被保険者証という紙と源泉徴収票という紙が出てきた。
漢字しか書かれてなくて気持ち悪いが、これを書かなければ雇用保険に入れないためちゃんと書く。
綺麗な字で書いていたため2時間程掛かったが、なんとか全て書き終えた。
俺は年金手帳と一緒に、書いた書類を坂本代表から貰ったクリアファイルにまとめて入れた。
ふぅ、やることが無くなった。
テレビでも見るか、それとも寝るか。
スーツのまま寝るのはシワになってしまうため避けたい。
いっその事、外に出て暇を潰すのも良いし、ちょうど昼だから飯を食いに行くのも良いな。
思い立ったら即行動の精神で、俺は靴を履き外に出た。
持ち物はスマホと4万円という大金が入った革財布。
俺は再度山手線に乗り、適当な場所に向かった。
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