モッズヘアと火曜の散歩道(その2)

 昼食はこの世界の食文化がよくわからないので、この店お任せのコース料理を頼むことにした。

 この世界の料理は、多少の食材の違いはあっても、元の世界の料理とほぼ同じような調理法や味付けが施されているようだ。

 前菜は、モッツアレラチーズに似たナチュラルチーズと、トマトに似た酸味のある野菜の取り合わせで、イタリアのカプレーゼのような料理が運ばれてきた。

 ただし、アクセントに使われていた香草はクレアには少し苦手な味だった。

「おやおや、その草の香りは苦手ですかな。まあ、この国の住人でもその香草の匂いや味が苦手な人はいますけどね」

 クリムトは、クレアが香草を避けて食べる様子を、特にがっかりした様子は見せずに、むしろ面白そうに眺めていた。

「今日は、まあ、昨日の戦闘の影響もあって、お昼を召し上がりに来るお客様も少ないようです。他には予約が入っているお客様がお一組だけなので、ごゆっくり召し上がってください」

 壁にかかっている時計は、正午となる0時にもう少しでなるところだ。予約の客はまだ店には来ていない。

「先ほどの話の続きですが、AクラスのIDPをなぜあなたがお持ちなのか、私はお尋ねしようとは思いません。人にはそれぞれ事情というものがありますからね」

 クレアには特に隠す理由もないので、クリムトには話してもいいと思っていた。

 むしろ、なぜこのIDPを渡されたのか、その理由を少しでも知りたいぐらいだ。

「実は、ある人は、このペンダントを見て、私のことを「救世主か」と訊いてきたのよ」

「それはそうでしょう。失礼ながら、あなたはどう見ても王族には見えないし、ましてや聖職者にも見えない。残る選択肢は、当然のことながら、救世主ということになる」

 クリムトは驚く様子もなく、言葉を繋いだ。

「ちょっと待って。確かに王族や聖職者には見えないかもしれないけど、救世主にも見えないと思うけど」

 クレアがイメージする救世主は、むろんイエスキリストだ。

 ゴスロリの格好はちょっと普通じゃないかもしれないけど、19歳の女の子を救世主と思うのは、やはり変ではないか。

「ちっとも変じゃありませんよ。人を格好で判断してはいけません。確かにそれなりの格好というのはありますけどね。料理するときは白衣を着るし、戦士は鎧を身に着ける。それは、その方が機能的だからだし、それ以前に記号としてわかりやすいからです。ですが、救世主というのがどんな姿をしているのか、それは一概に言えない。どんな姿をしていようと、世界を救う人、あるいは救った人が救世主となるわけです。そして、そのクリスタルのIDPを身に着けているということが何よりの印となる」

 クレアは何か納得がいかなかったが、今は話を訊くしかない。

「救世主と呼ばれる人はほかにもいるの?」

「そうですねえ、今のところ、いません」

「今のところ?」

「救世主は、必要なときに、一人だけ招かれるんです」

 クレアはますますわからなくなっていた。

「一人だけというのは、どういうことかしら。以前に招かれた人もいたということ?」

「この国に招かれたのは、あなたで何人目ですかねえ。争いが起こるたびに招かれていますから」

 クリムトがそこまで話すと、予約の客が来たようで玄関の方で呼び鈴がなった。

 クレアは救世主についてもっと話を訊きたかったが、別の客をもてなすために立ち上がった料理長をこれ以上引き留めるわけにはいかなかった。

「いらっしゃいませ」とクリムトが挨拶した先に現れたのは、クレアには見覚えのある二人の姿だった。

 ピンクのワンピースに身を包んだ女性と、紫と黄色の相変わらずクレアには悪趣味でしかない着ぐるみに身を包んだ猫耳の妖精の二人連れ。

「ちょっと、どういうことよ!」

 ニコニコしながら、「やあ」と手を挙げてやってきたネルバと、知らん顔で席に着こうとする受付嬢に向かって思わず噛みついた。

「まあ、そんなに怒らないでよ。相席してもいいかな」

 クレアの返事を待たずにテーブル席の前に二人は並んで座った。

「クリムトさん、こいつよ、ネルバって妖精は!」

 奥で仕事を始めようとしたクリムトは、クレアの怒声に呼び戻された。

「ああ、そうでしたか、当店では予約のお客様のお姿まで把握しておりませんので」

 クリムトは惚けているのか、王宮で見たことはあるが、ネルバのことは知らないと言ったくせに。クレアは腹が立った。

「お怒りにならないでください、クレアさん。私は本当に知らないんですよ。先ほど予約が入って来店された方々なので」

 クリムトは困ったような顔をした。

「落ち着いて、クレア。クリムトが言っていることは本当だよ。君に説明しようとここに来たんだ」

 ネルバは水を一口飲むと「あ、僕たちも、彼女と同じコースをお願いね」と、テーブルの傍らにいたモッズヘアの給仕に料理を注文した。

 クレアの前にプリモピアット(第1の皿)が運ばれてきた。元の世界で見慣れた料理のようだ。

「これって、寿司よね?」

 その料理をクレアが知っているらしいので、クリムトは心外らしい顔をした。

「おや、スシって料理に似ているんですか。これ、私のオリジナルでして、水で炊いた穀物に魚の切り身を乗せた創作料理なんですが」

 外見は寿司に似ていたが、ベースとなっている「シャリ」は酢飯ではなかった。

 少し甘い味付けがしてあって、不思議な味がした。悪くはないけれど、食べているうちに本物の寿司が恋しくなった。

「さて、クレア、どこから説明しようか」

 ネルバは、クレアが先ほど頼んだスペシャルソーダをコースより先に注文し、テーブルに運ばれてくるなりストローで一気に半分ほど飲み干した。

 ネルバと受付嬢に会ったら、訊きたいことは山ほどあったはずなのに、いざ目の前にすると、何から訊いていいのかわからなくなった。

「まず、この世界のことなんだけど」

「そんなことは、どうでもいい! 元の世界にすぐにでも返してよ」

「まあまあ、焦らないで。君を元の世界に返すのは、すぐには無理なんだ」

 クレアはネルバの言葉を信じなかった。

 現に受付嬢は昨日ここに来て、今日再び現れたではないか。

 せっかく罠に嵌めた自分を、そんな早く返すつもりなど、はなっから持っていないに違いない。

「じゃあ、どうすれば返してくれるの?」

「ちゃんと話を訊いてほしいんだ。君を騙すつもりなんかないんだよ」

「クレア様、本当です。クレア様には、この世界を救って頂きたい、それだけなんです」

 受付嬢のエリスが困ったような顔をしながら付け足した。

「人にものを頼むには、順番ってものがあるんじゃないの」

 クレアの怒りは収まらなかった。

 こんなわけのわからない世界に突然放り出されて、さあ、世界を救えと言われても困る。

「それじゃ逆に訊くけど、キミはお母さんのお腹にいるときに、『これからあなたは生まれてきますよ』と説明を受けて生まれてきたのかい? そうじゃないだろ? 交通事故に会う人は、『あなたはこれから車に轢かれますよ』と知らされるわけじゃない、まったく予期せずに事故に会うわけだろ。それと同じさ」

 クレアはこの手の屁理屈に弱い。果たしてそうだろうか。

『実存は本質に先立つ。人間は突然この世に放り出されて、人間としての意識を持つことで人間となる』サルトルとか、その辺の哲学者がそんなようなことを言っていた気がする。

 そうした自分では決められない運命と、これは同じことなのだろうか。

「逆にキミに『あちらの世界を救ってほしい』と事前にお願いしたとしても、キミは引き受けてくれないだろう?」

 それはそうだ。昨日のような危ない目に会うのなら、絶対に引き受けたりはしない。

「ちょっと一方的な言い方になるけど、キミはこちらの世界から選ばれた人なんだよ」

「本当に一方的だわ。あなたたちが選んで連れて来たわけで、これじゃ誘拐と同じよ」

「ちょっと違うんだ。僕らが君をアトランダムに選んだというわけじゃない。例のチラシを覚えているだろ、あれは、キミに見てもらうために、配ったんだよ。どうやら、キミが救世主としての有資格者(デュナミス)らしいという情報を掴んでね」

「でゅなみす?」

「潜勢体ともいうんだけど、難しい話はともかく、キミが救世主らしいということで、試験紙(リトマスペーパー)としてあのチラシを配ったんだ。それでそのあとのテストで君は見事に合格した」

「それって、私が講義室の窓から見たワルキューレのこと?」

「そうそう、ワルキューレの幻影(ハルシネーション)を見ることができたので、キミを連れてきてもらったんだ、このエリスにね」

 エリスはクレアと目を合わさず、申し訳なさそうな顔で下を向いていた。

「もし、私がコドモミュージアムに行かなかったら、この世界には来てなかったけど」

「いや、それはない。現に君はここに来ているじゃないか。あのチラシを見て、そしてワルキューレを見たキミが、コドモミュージアムに来ないわけがない」

 ネルバはきっぱりと言い切った。

「私がここに来たのは偶然ではなく、必然だというの?」

「そういうことになるね、やっぱりキミは頭がいいね、クレア」

「ちょっと待って。私はあいにく決定論者じゃないわ。必然的にここに来たなんてあり得ない」

「いや、蓋然性があればいいんだよ。現にキミはここにいる。その事実だけでいいんだ。仮にキミがここに来なかったら、別のデュナミスを探すだけさ」

 この妖精と、これ以上論争するのは無駄な気がした。

 それよりも、ここに来てしまった以上、どうすれば元の世界に戻れるのか、そちらの方が重要だ。

「で、どうすれば私は元の世界に戻れるわけ?」

「キミが救世主の可能性を持っていることはわかったので、あとは実際にこの世界を救えばいいだけさ」

「具体的にはどうすればいいの?」

「率直に言うと、この世界は滅びの危機に直面しているんだ。それを食い止めてほしい」

「まさか、昨日渡された弓と矢で食い止めろっていうの?」

「さすがにそれは無理だろう。キミの力じゃ、相手の兵士一人だって、まず倒せないだろうからね」

 クレアの頭の中に無理ゲーという言葉が浮かんだ。

「自分が救世主だとは全然思えないんですけど。見てよ、ここ、相手の槍の刃が当たって怪我したのよ。下手すりゃ死んでいたわ」

「でも、キミは死んでない」

「だから、それはワルキューレに助けてもらったからよ」

「そこだよ! ボクらが求めているのは、実にそこなんだ」

 ネルバが何を言っているのか、クレアにはよくわからなかった。

「キミには幸運が付いているんだ。その幸運こそが僕らがデュナミスに求めているものなんだ。戦闘が始まってその後の事情はよく知らないけれど、例えば、今キミが身に着けているその白い服だ」

 クレアの着ているワンピースを差して言った。エミリアから昨日借りたものだ。

「キミがこの世界にどれほどの適応力があるのか、実はテストさせてもらったんだ。そして、キミは何とか合格した。寝る場所と食べ物をどうやら確保し、おまけにそうやって着替えまで手に入れることに成功しているわけだからね。そうした幸運の連続的作用のことを別の言い方で『奇跡』と呼ぶのさ」

「このペンダントについて最初に説明してくれてもよかったんじゃないの?」

「それじゃ、テストにならないだろ? そのペンダントの秘密を解き明かし、この世界で何とか生きていける、それでこそ救世主だよ。キミらの元いた世界の救世主たちも、そうやって人々の信望を集めるという特殊な能力を持っていた人ばかりだろ?」

 そう言われて、イエスキリストや仏陀、マホメットの姿が一瞬頭に過ったが、偉大な宗教者と自分のような一介の女子大生とを比肩するなど、おこがましいにもほどがあるとクレアは思った。

「まあいいわ。そうなると、あの時ワルキューレに救われたというのも、私が持っているラッキーさのお陰ということ?」

「いいかい、ワルキューレは今回の戦いに於いて、どちらの味方というわけではないんだ。彼女たちは神の一族で、人間の味方なんかしないんだよ。つまり、純粋にキミを助けるために現れたのさ」

 クレアはそこまで聞いて、昨日の戦いの様子を思い出していた。

 ワルキューレは確かに自分を守ってはいたが、積極的に相手を攻たりしていない。

「ということは、私はワルキューレと一緒になって相手と戦えばいいということ?」

「そこはちょっと違うんだな。キミには文字通りこの世界を救ってほしいんだよ」

 どんなに強大な力を持っているヒーローだとしても、たった一人で世界を救うことなんてできるわけがない。19歳の女の子に依頼するような案件ではない。

「ところでキミはこの国、つまりY国の側の味方に付いたわけだね。それはなぜかな? そこはとても大事なところだ」

「ええ? だって、相手の黒の軍団はどう見ても敵でしょ?」

 クレアはその時、なぜ相手を敵と判断したのか、自分で自分に疑問に感じた。そうだ、相手がこちらを襲ってきたからだ。

「Y国にとってT国は確かに敵だよ。だが、あの時、T国の兵士はキミのことを一般人だと思って保護しようとしていたと新聞には書いてあったよね。まあ、それが真実かどうかはともかく、あの時、キミはT国の兵士はカラスのように黒い翼が生えているから敵であり、「悪」と判断したわけだ」

 クレアは、違うと抗弁したかったが、できなかった。

「とにかく、キミはこのY国の方に味方した。その事実によって、今回の行動はもう決まったも同然なんだ。救世主としてはY国を勝利に導いてこの世界を平和にする。これよりほかに道はない」

「ちょっと待って、その言い方だと、もし仮に私がT国の味方をしたとしたら、T国を勝利に導いて世界を平和にすれば、それでもいいというわけ?」

「そういうことになるね」

「だって、彼らは悪じゃないの?」

「ある二つの国が争っているとき、どっちが善か悪か、客観的に判断するのはとても難しいものだ。どちらが正しいかなんて、立場によって幾らでも変わる。一概には言えないんだよ。

 だが、事実として、キミはT国に対して文字通り『矢』を向けた。それが弾き金(トリガー)となって戦争が始まったんだ」

「まるで今回の戦いの原因が私にあるみたいじゃない!」

「そうだよ、あの戦いの原因はキミにあるんだ。そしてY国の味方に付いた。神々とともに、救世主としてね」


         *


 寿司はあまり好みではないのか、ネルバとエリスの二人とも、運ばれてきたプリモピアットには手をつけていなかった。

「キミはたぶん、世界を救うとはどういうことか、まだわかっていないようだね。それはそれほど難しいことじゃないんだ。今この世界で巻き起こっているY国とT国の争いを止める、それだけでいいんだ」

 クリームソーダをすすりながらネルバが説明を続けた。

「争いというのは、昨日の戦闘のことでしょ。なぜか私が原因で巻き起こしたということになっている」

「昨日の戦闘は結果としてああなっただけで、根本の原因はほかにある。その話はボクがするよりも、キミが味方についてY国の為政者に話を訊くのが一番いいね」

「為政者というのは、総理大臣とか大統領かしら」

「えーと、キミがここを訪ねてきたのは、王様のエンゲルスに会うためだろ? そのエンゲルス王は、この国の為政者でもあるんだ」

「ここを訪ねてきたのは、あなたのこと、つまり妖精のネルバについて訊くためよ」

「まあ、取り敢えず料理を頂くとしようか。ここのパスタは最高なんだぜ」

 セカンドピアット(第2の皿)は、3人の分が同時に運ばれてきた。

 一見、クリーム系のパスタのようだが、一口食べてみたところおアルミジャーのような濃厚なチーズの味がする。

 これはカルボナーラと同じだとクレアは思った。

「ねえ、この店に来るのは初めてなのに、なんでこのパスタのこと知っているの?」

「誤解しないでくれ。この店に来るのが初めてなんだよ。以前王宮でクリムトシェフが作ったのを食べたことがあるのさ」

 ネルバは、子供のようにフォークをくるくる動かしながら、頬が膨らむほど口にパスタを詰め込んで話を続けた。

 メインディッシュにステーキが運ばれてきたが、クレアはもうお腹がいっぱいでこれ以上は口にするのは無理だった。

 昨日の印象とは違って、エリスはとても無口だ。ネルバが一方的に話し、それに対して時折相槌を打つだけで、本当に何も知らないのか、ネルバに遠慮しているのか、よくわからない。

「ねえ、エリスさん。エリスさんは、あの朝私にチラシをくれた女性と同じよね?」

 クレアが思い出したようにエリスに尋ねた。

「はい、同じです」

 今さら、そのことを訊くのかという顔でエリスが答えた。

 クレアはそれ以上エリスについて尋ねることがないので、黙っていた。

「ねえ、クレア。僕らはこう見えても結構忙しいんだ。食事が済んだら、別の仕事で移動しなくちゃならない。僕からの説明はだいたい済んだので、キミから訊きたいことがあれば、質問を受けるとしよう」

 クレアは、冗談じゃないと思った。まだまだ訊きたいことは山ほどある。

「これで説明が終わりですって! ふざけないでよ。この世界についてまだ何も知らないし、『救世主に選ばれたので、はい、世界を救ってください』といきなり言われても意味わかんないし。どうすれば、世界を救えるのか、それとこの世界から元の世界にどうやったら帰れるのか、いつ返してくれるのか、わからないことだらけじゃないの!」

 クレアは言いながら、思わず立ち上がっていた。

「本当にキミは怒りっぽいな。世界を救う方法は、もう言ったはずだよ。この争いを止めて、世界を平和に戻すこと。そうすれば、自動的にキミは元の世界に帰れる。また、世界を救った暁には、それ相応の報酬だってあるんだよ」

 ネルバは、パスタとステーキの皿を交互にフォークで突き、ほとんど同時に食べ終えて口元をナプキンで拭った。

「争いを止めさせるというのは、わかったわ。でも、それには時間が掛かるでしょ。元の世界でだって一度戦争が始まれば、一日や二日では終わらない。一月や二月、下手をすると一年以上争っていることもあるわ。この世界にそんな長い間留まるなんて無理よ」

「ボクとしてもそんなに時間が掛かっては困るんだ。はっきり言って、タイムリミットは一週間。キミがこちらの世界にやってきてからきっかり一週間で片を付けてもらわないといけない」

 一週間ぐらいなら、この世界にいても我慢できそうだとクレアは少しだけ安心した。

「もし一週間で終わらなければ?」

「ゲームオーバーだよ」

「ゲームオーバーというのは?」

 ネルバは、そこで初めてと言っていいほど真剣な顔になって押し黙った。

「安心してほしい。死ぬようなことはないから」

 クレアの不安を汲み取ったのか、ネルバはそう言ってから笑ってみせた。

「キミは元の世界にちゃんと帰れる。ただし、ここで体験した記憶が残るかどうかは、ボクにもよくわからないんだ。なぜなら、僕が君に会えるのはこの世界でだけで、キミの世界では決して会うことはない。元の世界に戻ったかつての救世主がその後どうなったのか、そこまでは知らないからね」

 クレアは隣にいたエリスの方を見た。彼女はパスタもステーキもほとんど口を付けていなかった。

「元の世界で私に会うことはあるかもしれませんけど、私についての記憶も、たぶん残らないでしょう。元の世界に戻ったあなた方のその後について特に関知することはありません」

 クレアが訊こうと思ったことを、エリスの方が先に説明した。

「じゃあ、僕らはこれで。残念だけど、僕らの分のデザートもキミにあげるよ。それと、エンゲルス王に会うんだったら、あの黒い服の方がいいよ。そのワンピースはこの世界でもちょっとカジュアルだと思うから」

「王様になんか、私が直接会うことができるの?」

「大丈夫、キミのことは僕の方からエンゲルスに伝えておくよ。ただし、会うのは明日にしてね。今日は王宮の方もいろいろバタバタしてるからね。キミは束の間のY国観光を存分に楽しむといいよ」

 クレアの前に三人分のデザートが並んだ。

 小ぶりなプリンのようなデザートなので、これなら三人分でもぺろりと食べられそうだ。

「甘いものは別腹っていうしね」

 デザートを運び終えて戻ろうとしたモッズヘアのボーイが、クレアの独り言に不思議そうな顔をして振り返った。

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