祈っております。

カイザー

 兄が結婚した。

 生まれつき癖毛くせげがつよく、まるで羊の綿わたようなボサボサ頭。細身で高身長なのだが、眠そうな一重ひとえまぶたが全体をズボラな雰囲気にさせている。

 子供の頃はよくケンカをした。根っからひねくれ者なのだ。プリンを容器から皿にうつす際に底の針を折る。それだけを楽しみにしているような男。


「けーちゃんのプリンもちょうだい」


 奪われると勘違いをしていがみ合った。母には心底れられる始末。

 基本的に食い意地がすさまじい。パン屋の試食を怒られない程度ていどに食べ歩いたり、父が勝手におやつを食べた日には泣いて猛抗議。三年経っても忘れないといった執念を持っている。

 母いわく、赤ん坊の頃からそうだったらしい。普通なら泣きじゃくる赤子が、あからさまにほほふくらませてちちをせがむのだと、今でも笑い話である。

 それでも太っていないのは、運動ができていたからにほかならない。

 元々、外で遊ぶのが好きな兄は、ドがつくほどの田舎とも相性がよかった。ボーイスカウトに入ったという兄に嫉妬して、一緒についていったこともある。

 中学生。鬼のコーチと呼ばれていた運動部の顧問こもんに散々コキ扱われ、結果的にムダな脂肪を燃やしていたのも大きい。しかし、出るくいは打たれる世の中でも、元から捻くれ曲がった杭を打っても余計にこじれるだけであった。

 兄はいっときの間、不登校になった。


「まだそんなアニメなんか見てんの?」


 録画されたビデオを眺めている時、高校生になった兄が鼻で笑いながら言う。

 昔に放映されたアニメの再放送。女の子が親友との別れをしんでいるシーンが流れていた。だが結局、離れてしまうのだ。

 後ろを振り返る。そこにはもう兄の姿はなかった。画面の女の子がすすり泣く声が響く。

 十年経てば人は変わる。二十年もすれば事情が変わる。大人ともなれば住む家だって変わってくる。

 それぞれの道を歩むため、家族と話す機会すら遠ざかっていく。

 だが、兄は帰ってきたのだ。


「実家から近いところ受かったから」


 就職先が決まったようだ。

 実家も田舎暮らしから解放されて、祖母との二世帯住宅となっていた。部類としては田舎の域を超えないが、度合いが違う。以前は茅葺かやぶき屋根の家がまだ現役であったが、今はコイン精米機がまれであるぐらい。年中にきでてくるカメムシの数も段違いだ。


「けーちゃんの見てたアニメ、大学でも人気でさー」


 就活から脱した兄は、理系のオタクたちにまりきっていた。


 そんな兄が結婚したのだ。

 捻くれ者で、食い意地が張ってて、一時期とはいえ深い挫折を味わい、最終的にオタクとなった兄。

 お相手は笑顔がステキな、ひまわりのような女性で、ひと目見たときは腰を抜かしそうになった。


「これ、けーちゃんに」


 新たな門出を祝うなか、兄から手紙を渡された。

 お相手側のご家族方にも渡していたところをみるに、関わってきた人たち全員に想いをつづったのだろう。

 日が落ち、ひとりになったところで手紙を開封して目を通す。


『この度は〇〇さんとの結婚を祝っていただき、誠にありがとうございます』


 なんともおかたい文章だ。ゆっくり丁寧に書かれた筆の文字は、いい格好かっこうをしようとして不格好にみえる。


『様々なことがありましたが、それもこれも、皆様のおかげで今の私があります』


 誰よりも近くにいたと思う。仲がよかったかと聞かれれば素直に頷けないが、兄のことは誰よりも理解していたと思う。


『これから私は、〇〇さんと共に歩みます』


 そんな兄が、家庭を持つ。これは本当にすごいこと。


『今まで共に暮らしてきた家族のもとを離れ、私は私の家族を築き、輪を広げようと思っております』


 じん、と目頭めがしらが熱くなるのを我慢して、続きを読む。歪んだ文字が読みづらい。


『最後に。皆様もどうかすこやかに過ごせるよう、心から折っております』


 途端に、天井をあおぐ。


「なにを!」


 さすが僕の兄。台無しだ。


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祈っております。 カイザー @kaizer_valvalet

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