第30話 パワー❤ クッキング!ですの!

「啓様、彩様の事を止めてください、お願いします」

焦り怯える従順な使用人の言葉が聞こえる。彼女の反応から僕の予想は概ね当たっていそうだ。


「凉坂さん、僕たちまだお互いの事をよく知らないから、せっかくだからご飯できるまで一緒に話さない?」

「まあ! 私は啓さんの事をたくさん知っておりますわ!」

いつ知られたんだ? いや適当に言ってるだけなのか? どっちか分からないが、それが本心か分かる前に彼女の気を引き付けなければこのままキッチンへと進んでしまう。


「い、いや僕はほら凉坂さんの事よく知らないから、もっと知りたいなって」

ナンパ師みたいな言い方だった、お茶だけでいいからなんて言ったらもう確定だ。

「まあ啓さんにだったら、私は全てをさらけ出す覚悟ですわ!」

全てはさらけ出さなくていい。重要な情報だけちょっと欲しい。


「さらけ出す覚悟はちゃんとありますわ! でも、今は私はめちゃくちゃ料理がしたいんですの!」

僕は料理して欲しくない。さらけ出す覚悟なんて要らないから、落ち着いてくれることを願った。


「凉坂さん、僕は今ソファーにゆっくり座って二人でお茶でもしたい気分なんだ。お茶だけでいいから付き合ってくれないかな?」

ナンパだ。したことないけどこれ多分口説くときにやるやつだ。


「どうしても今じゃないとダメですの?」

「ダメです、お願いします凉坂さん今しかないんです」

「でも私はどうしても料理したいんですの?」

「なんでそんなに料理欲が?」

「私も啓さんに手料理を食べて欲しいんですの! きっと力の付くものを作ってあげられますわ!」

キッチンの美月の方に視線を送る。美月は手で拒否の形をぶんぶんと横に振った。

考えろ、凉坂さんの料理か……。

美味しくない事は確定している。でも、こんな美女が僕のために料理を作ってくれて、もしかしたら不味くはない。だったら食べてもいいんじゃないか?

「でも、うーん」


いや、早まるな。僕はこのお嬢様と今日一日過ごして何を学んだんだ。

凉坂さんは金髪で美人で優しい、力が異常だし、興奮すると行動がどんどんと怖くなる。そしてドアを壊せるほどの怪力とここら一帯を自分の家にしてしまう財力。


彼女の悪い所は力が強くて暴走するところだけだ。料理で何か暴走するようなことがあるか? 力が関係する部分はあるか?


いいや!ない! ……たぶん。


「啓さん料理してはダメですの?」

うるうるとした目をしながらこちらの顔を覗き込んでくる。そんな目で見られると許可してしまいそうだ。


ここで料理を止めなかったら美女二人の料理を食べて、お腹がいっぱいになる。

天国じゃないか、しかも凉坂さんの料理はパワーが付くという。だったら、彼女に対してもう少し誠実に対応したくなるんじゃないか?

つまりいい事しかない。


思考が停止した。

「料理していいですよ!」

その言葉を言った瞬間、喜びを等身大で表現するように凉坂さんが飛び掛かって来る。ソファーのクッション性を利用して彼女の暖かい体と歓喜を受け止めた。


美月からは後で怒られることにしよう。





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