第160話 無意識に避けていた社会

「……魔術を覚えたか。やっぱあんたには才能がある」


 エルドレッドは、頻繁に私の部屋に来た。きっと暇なのだろう。仕事はもう、私を捕まえたことで終わったから。


「あんな凄い風魔法を見せられて、皮肉にしか聞こえないわ」

「あのなあ……。世間知らず過ぎるだろ。使時点で、なんだよ。一握り中の一握り。天賦の才能だ」

「…………ニンゲン社会じゃ魔法は使わないなら、相対的にはそうなんでしょうね。けれど、やっぱり関係無い」

「ほう?」

「結局、私達は敗けたから。余り役には立たなかったわね」

「……あのなあ。お前」

「なに?」


 エルドレッドは、私に何かを伝えたかったのだろう。そんな雰囲気がしていた。けれど、私はその真意は分からなかった。育った環境の違いは、文化の違い。常識の違い。

 相容れることは難しい。


「まだ終わってねえんだって。オルスできちんと罪を裁かれたら釈放だっつの。殺人つっても初犯だろ? しかも当時は未成年。まだまだ人生やり直せるぜ」

「…………私には時間が無いのよ。刑務所で何年も、なんて。とても過ごせないわ」

「は? 脱獄なんて考えるなよ?」

「……さあね。冒険者は自由よ」

「おいおい……やめてくれ。今度こそ殺すことになるぞ」

「…………」


 本来なら。

 エデンへ帰って、ジンと再会する筈だったのに。


 ……いや、考えても仕方無い。もう私は敗けたのだ。その責任は全て私が負わなければならない。自分の信念も折る訳にはいかない。私は一度、死んだのだ。文句は言えない。


「冗談よ。もう、観念してる」

「お前さんの冗談は冗談に聞こえねえよ……」


 少なくとも、オルスには戻ることになる。そこからは、分からない。向こうでの、あの意味のなかったを思い出す。苦痛だ。


「…………あなたは、どこのエルフなの?」

「俺か? キャスタリアだ。クルァウって森が北西部にある。元々ニンゲンと交易のあった森だ。エルフは魔法を。ニンゲンは科学を」

「……それで、あなたは幼い頃からニンゲンが身近だったのね」

「クルァウのエルフの間じゃ、成年してニンゲンの国で働くことは不思議じゃねえ。亜人狩りも子供達に人気の職業だ」

「そう。そんな国もあるのね。やはり世界は広いわね」

「面積だけで言うとレドアンの方がデカいが、レドアンは大部分が砂漠だからな。実質的な社会のデカさなら、キャスタリアが世界一だ。お前の知らないことも山程あって当然だ」

「…………」


 エルドレッドの話は、キャスタリアのことが大半だった。彼はずっとキャスタリアで暮らしてきたのだ。当然とも言える。

 ニンゲン社会に適応して溶け込んだ亜人達。その中でも、魔法を自由に使って戦闘に従事する亜人狩り。


 ニンゲンと亜人のをしているように思える。ニンゲン社会と比べて命の危険はあるけれど、そんなの自然界なら当然だし。


「……私からも良いですか」

「ん」

「ルフっ。大丈夫なの?」


 そこで、ルフが起きた。むくりと上体を起こす。手は、布団の中で繋がったまま。ぎゅっと握り返してくれた。


「…………あなたがそこまで、エルルに執着する理由です。捕まえるまでのは知ってますが、オルスでも護衛を? そんなことが許される権限を持っているのですか? いや持っていたとしても、何故?」

「………………」


 私とルフは、治療が終われば離れ離れになる。ルフはそれを憂いているのだ。このエルドレッドに、自分の代わりが務まるか? と。


「…………この4年……いや。この8年で、色々と変わってる。進んでんだよ」

「……えっ」

「まさか」


 世間知らず。


 私は、今まで無意識に。ニンゲン社会との関わりを、避けていたのかもしれない。


「お前がだってことは、もう割れてる」

「!!」

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