第47話 万全の体調で受ける洗礼

 この部屋は、よく陽が射し込む。風が吹き込む。木造の壁と床に囲まれて、森を思い出すくらい落ち着いて過ごせる。

 水は、ディレが毎日数度、持ってきてくれる。飲ませてくれる。


 後は要らない。それだけで、私は回復していく。動かないのだから食事も不要だ。

 日光は温度……エネルギーを。

 風に乗って、植物由来の栄養を。

 精神が落ち着くと、魔力も。

 そして清らかな水は、身体全てを潤わせる。


「ありがとうディレ。……聞き飽きたかもしれないけれど、何度だって、お礼をさせて」

「良かったです。はい。本当に」


 10日振りに、ベッドから出て自分の足で立った。何度か踏みしめる。魔力を巡らせる。


「どうですか?」

「ええ。好調よ。もう問題無いと思うわ」


 少し浮いてから、トンと着地する。何度か繰り返して、魔法と体幹を確認する。

 リハビリの必要は無さそうだ。


「とはいえ、流石にお腹が空いたわね」

「では、レストランにご案内いたします!」

「よろしく」


 ディレの案内で、階段を降りていく。今日から活動開始だ。なんらかの依頼を受けて、報酬を貰う。魔法の使用は最低限に留めて、毎日身体をチェックする。


 11年の森での生活の中で、魔力侵蝕が発症したことは無かった。魔法を使いすぎることもなかったけれど、これからは注意しなければならない。






◆◆◆






 支部1階のレストランに到着する。瞬時に、大量の視線が私に向かって伸びてきた。


「…………」


 上から降りてきた者。それが誰かと疑問の視線。それから、私の事情を知っているのか、どんなエルフだと窺う好奇の目。加えて当然、エルフを嫌う者の嫌悪の眼差し。


「こちらへどうぞ。えーっと。消化に良いものが良いですよね」

「ええ。シプカの料理は分からないから、お任せしちゃって良いかしら」

「分かりました!」


 ディレは視線に気付いていないようだ。彼女が私をテーブルに座らせ、元気よく返事をしてくれ、レストラン厨房へ向かってから。


「よぉ。相席良いかい。お姫様」


 ニンゲンの男性がひとり、私に近付いてきた。

 大柄だ。熊のような体格。ちりちりの短い髪。小さく鋭い目。厚い唇。私の胴体より太そうな腕。


「……どうぞ? あなたは冒険者メンバーなの? 私はここへ来てまだ日が浅いから――」

「おい」


 どうして彼はわざわざそれまで座っていた席を立って、ここまでやってきたのか。そんなことは分かり切っている。


 私の言葉を遮って。さらに私の頭をその大きな手で掴んだ。

 ぐり、と。無理矢理彼と目を合わせさせられる。

 顔を近付けてくる。大きい。本当に別の生き物みたい。

 お酒と下痢のにおいがした。


「調子に飲んなよメスエルフ。てめえ10日も俺等の金でタダ飯食ってタダで泊まりやがって」

? あなたはメンバーではなく出資者なの?」

「ああ!? うっせえよクソメス! 俺等が依頼で稼いだ金が仲介料として割合でギルドに還元されることくらい知ってんだろうが!」

「……ではそのお金はあなたのお金ではないでしょう。どうしてギルドの仲介無しで仕事をしないの?」

「………………!」


 ぶち。何かが切れる音がした。男性は白目を剥くほど怒り心頭したようで、腰の辺りから何かを取り出した。


「お、おい、流石にやめろってニード」


 背後で誰かが彼を諫める。だが止まらないだろう。取り出したのは、短刀だった。

 それを、私に凶器として使うつもりだ。


「死ね……クソエルフ!」


 間違っても、冒険者ギルドメンバー。手元が消えたように見えた。鮮やかなひと振り。命を強制的に止める一撃。

 私の肉体はそこまで速く動かない。一瞬という表現では足りないくらいの速さで、それは私の首元へ向けて一直線に振り抜かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る