第12話 叡智を得たことで失った土台
全ての女性の受け皿で、避難所で、安全地帯。
母は、この巨大森を、そう表現した。私は以前、それを歪だと断じたけれど。
今存在しているということは。必然性があったということではないだろうか。誰かが望まなければ、社会は形成されない。
必要だったのだ。少なくとも、ここの住人にとっては。
避難所が。
「確かに、男女ともに、悪人も善人も居るわ。法を犯す者に、性別の違いは無い。その上で。この森は特に、男性からの深刻な被害を受けた女性達の為の、心の拠り所としても機能しているの」
母の言葉は、本当に疑うべきものなのだろうか。私の疑いが、堂々巡りをし始めた。
母の。森の主張を。今一度聞いてみたいと思ったのだ。
「政治。戦争。食糧確保。人の社会にとって不可欠で、命懸けの、辛い仕事は。太古の昔からずーっと、男性の仕事だったのよ」
「はい」
「男社会と言ってね。男性が、社会を回してきた。世界を運営してきた。派手で、影響力が大きくて。男性の決めた法律は、当然に同じ社会で暮らす女性も守らなければならない」
「はい」
感情的ではない。概念的ではない。母は、私が成長するまで現実的な説明を避けていたのだ。今の母の言葉は、すんなりと耳に入ってくる。
「いつしか……勘違いをする男性が現れ始めたの。男性は女性より偉いから、力づくで支配しても良い……と。ヒト種が、他の生物より脳が発達したことによる、弊害。それが勘違い」
「勘違い」
「ええ」
いつ振りだろうか。
母の言葉を、繰り返したのは。賢いと褒められるための、繰り返し。
「男性は力が強いから、やろうと思えば簡単に、女性を組み伏せられる。痛く苦しいことをちらつかせれば、言うことを聞かせられる。抗えた女性は少数よ。沢山の女性が、襲われ、傷付けられた」
「犯罪です」
「ええ。けれど、犯罪者というのは、わかっていてもやるのよ。自分の利益の為に。欲望を満たす為に。……例えば女性から人気の出ない男性は、普段から女性を求めている。手頃な女性を、夜道で襲う。後で捕まるけれど、一時の快楽は得られ、満足できる。……繁殖という目的しか見えなくなった男性が起こす、力任せの無理矢理な生殖行為を強姦と言うの」
ヒューイは。犯罪者を自覚して、分かっていても侵入してきた。
男性だけじゃない。この森でだって、犯罪者は出る。法律を知っているのに、犯す。その為の警察も居るし、牢屋もある。それらは絶対に必要だ。
どうしても、犯罪者は存在する。だからルールがあり、警察が要る。けれど、女性だけで決めたルールと女性だけの警察では、男性は容易く犯してしまうのだろうか。
「初めはね。女性は法律で守られなかった。法律を考えるのは男性で、男性側の意見だけで社会は作られたから。女性はその頃、家で家事と子育てをしていたのよ」
男性から強姦を受けた女性は守られない。これが本当だとしたら、母は。
そんな女性を救う為に、この森を作ったのだろうか。
「女性が、守られないのですか?」
「不思議でしょう? 生物としての土台が失われているのよ。でも、本当なの。男性は基本的に、自分の妻以外の女性を軽んじるのよ。守るのは自分の妻だけ。何故なら、妻以外の女性とは繁殖をしないから。だから、独身女性の権利は特に、最近まで本当に認められなかった」
それは分かった。そもそも男性は、自分だけでも強いから。妻は当然守るとして、他の女性まで守るメリットが無い。それは確かにそうだ。
それより。気になった言葉がある。
「……けん、り?」
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