第7話 愚者による未知と興奮の決断
男性の名はヒューイと言った。年齢は25。自称冒険者で、実態はある国の指名手配犯らしい。その犯罪者の集まったコミュニティがあるらしく、そこの支援を得て今回の侵入を果たしたらしい。
「まあ待て。お前さん、男は初めてなんだろ? じゃあ俺しか情報が無え。俺が全男の代表になっちまってる。俺が全部男だと思うなよ。女にも色んな奴が居るだろ? 男もだ。俺とは全然タイプの違う奴だって沢山居る。俺を見本にするなよ」
「…………確かに」
ヒューイは私の交尾の誘いを断った。自然界に例えると、メスの求婚が失敗したということになる。
そこでふと、彼を見る。彼とつがいになるイメージをした。臭くて汚い。嫌だと思った。失敗して良かった。
私は急な出来事で少し冷静さを欠いていたらしい。
この男を見て、それを全て男だと思ってはいけない。ヒューイの言葉に頷く私を見て、彼も唸った。
「納得すんのか。えらい賢いな」
「賢い? 私が? 私は愚者だよ」
「愚者?」
「うん。教師の言葉を疑う愚者」
「…………ふむ。なら、問うぜ。エルフの姫」
「ん」
私にとっては、彼も教師だ。初めての男。初めてのニンゲン。目に映る全てを見て、耳に入る全てを聞く。全てを学ぶ。何ひとつ逃さない。
「この世界の、新しい技術や魔法を生み出すことは、素晴らしいだろう」
「うん」
「それを発見した奴は、賢者と言って良い」
「うん」
頷く。そりゃそうだと。
「だがよ。教師の言う通りだけで、それが見付かるか?」
「…………」
止まる。考える。言葉の意味と、質問の意図と。男の真意を。
「教師は、多くを知ってる。だが、全ては知らねえ。だろ? 新しいことは、知らねえんだ。ならどうやって見付ける?」
「…………既存の知識を、疑うしかない――」
「ほら見ろ」
「!」
はっとして。口に出したら。
彼はにやりと子供のように笑った。
「ただ疑う者ってだけじゃな。馬鹿か賢いかは分からん。だが、賢者はな。古今東西、常に疑う者だった。それだけは確かだ」
頭が打たれた感覚があった。胸にも衝撃があった。
「俺の目からすりゃ、お前さんは充分に賢いぜ。普段、ここの奴らから言われることを疑ってるから、俺の言葉に耳を貸す訳だ。で、話に論理が通ってりゃ、素直に納得する。知識欲と探求心。……お前さんは冒険者向きだよ。こんな所でぬくぬく暮らしてんのは勿体無い程にな」
「……私が……賢い」
この、汚い男が。臭い男が。
輝いて見えた。雷に打たれた気分だった。
やはり外は、面白い。私の知らないことだらけだ。もっとある筈だ。
「俺と来るか? そもそも最初の目的はこれだ。まあ、まさか11歳のガキとは思わなかったが――いや、俺がきちんと計算してりゃ良かったのか。やっぱ思い付きでこんな所まで来るのは良くなかったな。……俺の仲間に、お前さんを世話してくれる
手を、差し出された。汚れた手。冒険者の手。未知と興奮の右手。
「……私は――」
手を取れば、もう二度とここへは戻れない。今日。今。もう。巣立つことになる。
手を――
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