脱出


「さ、さて、じゃあそろそろ出ようか」

「あ、でも——この先も襲われるんですよね?」

「あ、うん」


 襲われます。

 なんならある意味ラスボス戦よりもキツいです。

 なにしろ相手は人間。

 普通の人間の、訓練された兵士。

 銃器で狙われて、千代花ちよかは最後の選択を迫られる。


 攻略対象を守り人間を殺すか。

 人間を殺さずに攻略対象を守るため、自分を差し出すか。

 それとも、攻略対象とともに撃ち殺されるか。


 今回千代花ちよかは、攻略対象全員を守り抜いてここまで来ている。

 守る対象が多いということは、それだけ脱出が難しいということ。

 ああ、俺も銃がほしい。

 銃があれば俺だって——あ?


千代花ちよかちゃん、申し訳ないのだけれど」

「は、はい?」

「ちょっと外の敵に突っ込んでマシンガンかライフル掻っ払ってきてもらってもいいだろうか?」

「な、なんですか!?」


 それはまあ、聞き返されるだろう。

 結構なことを言った自覚はある。

 しかし、俺は死にたくない。

 仕事四日ばかりでまた死ぬなんて冗談キツすぎだろう。

 またプロゲーマーを目指す夢もある。

 なので、俺は生き延びたい。

 そのためにも!


「言ったと思うけど俺は一応ゲーマー。セミプロだけど半分プロ。格闘ゲーム以外にも対戦ゲームで生活していた。高際たかぎわの体は割と動けるし、ライフルがあれば千代花ちよかちゃんを援護できる」

「っ……で、でも! 外にいるのは……ゾンビじゃないんですよね……!?」

「うん、でも——最低でも墨野すみや真嶋ましまは逃がしたい」

「……!!」


 これから始まるのは訓練された組織私兵による、一方的な虐殺なのだ。

 千代花ちよかのパワードスーツという対抗手段がなければ、俺たちのように武器も持たない市民が逃げ切れるわけがない。

 個人的には自衛隊出身の墨野すみやにも応戦を手伝ってもらいたいが、あいつが怪我してるの腕なんだよなぁ。

 利き腕ではないとはいえ、腕の怪我は差し障るだろう。

 でもまあ、マシンガン一丁でも持たせておけば使えないこともないはずだ。

 一応本人に聞いてみるつもりだから……ないよりはマシだろ。マシであれ。


「ゲームの中だけどライフルは撃ったことある」

「ゲ、ゲームの中でですか」

「うん。正直剣や斧より不安は大きいけど、扱い方は知っている。墨野すみやも知ってると思う。だからとりあえず、殺されないために俺も戦う。死にたくないからね」

「……っ、で、でも……」


 さすがの千代花ちよかも考え込む。

 今やフルフェイスのヘルメットで、表情はうかがうこともできない。


「人を、こ、殺すんですよ。ゾンビじゃなくて……」

千代花ちよかちゃん、向こうはこっちを殺しに来るんだ」

「……!」

「しかもゾンビや、今までのクリーチャーたちと違って思考して最善を掴み取れるよう訓練されている。墨野すみやじゃなくても『なんで俺たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだよ』って思うけど、そう思ったまま殺されるのは嫌なんだ。後悔したまま無抵抗で死ぬより、少しでもアイツらにやり返したい」


 だって普通に理不尽じゃないか。

 俺たちキャンプに来ていただけだぞ?

 初日に、俺の横でキャンプをしていた家族連れを思い出す。

 ただの楽しい家族でするキャンプのはずだった。

 なんでそれが、あんな目に遭わなきゃならないよ?

 死が理不尽に降ってくるのなら、それはあいつらに対しても同じであれよ。


「俺は戦う術があるなら戦うけど、千代花ちよかちゃんほどの力なら相手を殺さずに制圧することもできると思う。だから、千代花ちよかちゃんは無理しなくていい。でも全員で生き延びるために、武器を取ってきてくれると嬉しい」

「……わかりました」

「ありがとう」


 おお、結構早く納得してくれたな。

 でも——


「私も、戦います。あなたは私が守る」

「……っ」


 ゆっくりと顔を上げた千代花ちよかの表情はわからない。

 わからないのに、胸がぎゅっと苦しくなった。

 え、あ……も、もーーーっ!


「……じゃあ、みんなでここから出よう」

「はい。先行しますので、高際たかぎわさんは墨野すみやさんと真嶋ましまさんをお願いします。先に脱出してください」

「わかった。あとで落ち合おう」


 道もなにもわからないけれど、とりあえず先に出て行った千代花ちよかに敵の目を任せて俺たちは移動を開始しよう。

 部屋の入り口に戻ると、墨野すみやが無表情でしゃがみ混んでいた。

 嫌な予感がする。


「おい、千代花ちよかちゃんが囮になっている間に逃げるぞ」

「馬鹿言えよ。外には軍隊がいるんだろ? どうやって逃げるんだよ。千代花ちよかが敵を全部やっつけたあとでいいだろ……!」

「は、はあ?」


 もしかして、と思ったら本当に言いやがったよ、この大人。


「馬鹿言ってるな! せっかくここまで来たんだぞ!? こんな遮るものもない袋小路にいたらいい的だ! お前、元自衛官で今は消防士だろう!? 人を助ける仕事してんのに、なんだその他力本願っぶりは!」

「う、うるせぇ! 無理なもんは無理なんだよ! 怖くて……立てねぇんだよ!」

「ぬぁっ……!」


 こ——こっの、ヘタレーーー!


「どうせ俺は自衛隊だってキツくて辞めたし、消防士つっても運転とか梯子操作ばっかりで仲間からも厄介者扱いされてる、ダメ人間だよ! もう、もう放っておいてくれよ!」


 カッチーーンときたぁ!

 こ、こいつマジでふざけんなよ!


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