第44話 だって私達は、ミホとブルボン


……さて、では結果から言いますね。


デートは、大成功でした。

それはそれはもう、大成功でした。

デート前の段階で既にゲームオーバーだと思われていたあのデートが、大成功だったのです。


この世にこんなにも楽しいことがあったなんて。

こんなにも幸せを感じることがあったなんて。


私は今までゲームでも感じたことがないほどの喜びを、彼とのデートで実感することが出来たのです。


それはひとえに坂本君のおかげ。

彼は終始フランクで、徹底して彼氏役を演じてくれました。

まるで気心の知れた恋人同士のような、そんな気持ちのいい距離感を演出してくれたのです。

だから、私は最初から最後まで彼の恋人でいることができ、甘い甘いデートを経験することが出来たのです。



あの日、私が希望したのは放課後デートでした。

なぜなら服を選ばなくてもいいし、短めの時間でデートを終えることが出来るから。


(どうしよう……彼と二人っきりの状況なんて、嬉しいようで、嬉しくないよ…)


初めてのリアルデートを前に、そう怖気づいていた私。

しかも、相手はあの憧れのKyo君。

ビビリ散らかした私は、敢えて控えめのデートプランを選択したのでした。



当日、あたり前ですけど、最初はド緊張でガッチガチだった私。

せっかく頑張ってメイクをしたのに、顔を上げられず、声も震え、涙目だし胃痛と吐き気もあってたぶん熱も出ていました。


でも、彼はそんないっぱいいっぱいになっている私に対し、特に気にした様子はなく、いかに自分が今日のデートを楽しみにしていたか、とか、こんなデートコースを考えてきました、とかをニコニコしながらアピールしてくれたのです。


単純に私とのデートを楽しみにしてくれたことが嬉しかった。

それに、もし彼が私を心配し、気遣うような素振りだったならば、きっと私はもっと申し訳なくなってしまい、それに耐えきれず逃げだしていたに違いありません。


デートそのものが怖くなり、無難にデートをこなそうと消極的になっていた私。

逆に、せっかくのデートだからと、目一杯楽しもうとする彼の姿勢。

私はそんな彼にどんどんと惹かれ、どんどんと引っ張られていきました。



「えーっ!そんなデート嫌だよぉ~♪♪」



教室を出て下駄箱に着くまでの短い時間、たったそれだけの期間で、いつの間にか私は顔上げ、彼の肩をパシパシと叩きながら嬉しそうにそんな事を言っていました。


まるで魔法でした。


自分が魔法に掛かっていることすら感じさせないような、自然で素敵な、坂本君のシンデレラ魔法でした。



「もうっ!坂本くん!今女の人目で追ってたでしょ!何で!私がいるのに!!」



信じられますか?

これ、私が言った言葉ですよ?

地味で陰キャなおかっぱ美穂の分際で、あのKyo君に向かってこんな言葉を吐いていたんです。


今思うとそんな自分が本当に恐ろしいですけど、坂本君の魔法に掛かっていた私は、完全に自分が彼の彼女だと信じて疑わなかったのです。



私がわがままを言って、困ったように笑う彼が愛おしかった。


たい焼きの屋台で、店主に「俺と彼女の分、2つちょうだい」と言ってくれた時は心がくすぐったくて、思わず大好きだと叫びたくなった。


刻一刻と迫るタイムリミットを考えては胸が痛くなり、その度に握る手にギュっと力が篭った。


彼とふざけ合い、笑い合っている時の自分が、一番好きな自分であると思えた。



本当に、素敵な時間でした。

だけど、シンデレラの魔法は解けるもの。

とうとう、その時が来てしまったのです。


怖気づいて短い時間のデートを選択した過去の自分を悔いつつも、せめて最後は彼女だった証が欲しい、と涙ながらにキスをせがみました。

ギュッと抱きしめられながらの熱いキス。

嬉しさが全身に駆け巡るのとは裏腹に、心が張り裂けてしまいそうな悲しいキスでした。



暗がりの中、彼の背中が遠ざかっていきます。


(待って……)


つい、我慢できずに駆け寄ろうとする私。

でも、そこに近づく三つの影が見えた時、私の足は地面に縫い付けられたかのように動かなくなりました。


(私の彼氏はもういない……)


四人の姿が曲がり角で見えなくなりました。

それを確認すると、私は糸が切れたかのように膝から崩れ落ち、人目もはばからずに大号泣したのでした。



さて、こうして無事に坂本君とのデートを終えた私ですが、その後は自室に閉じ籠ることになりました。

何故かって、それは坂本ロスに耐えられなかったからです。



「ねぇねぇ!!デートどうだった?!」



なんて言いながら部屋に駆け込んできた渚達は無視しました。

デートの一つもしたことのない、キスも恋も知らないゲーム馬鹿のガキ共となんて話したくなかったのです。



「明日、泣くようだったらまた来なよ」



それだけ言って追い返しました。


私は道連れを待ち望んでいたのです。


案の定、翌日、そのまた翌日には私の部屋に涙の住人が増えていき、私の願いは成就されたのでした。



さてさて、私達がそれぞれ別日に行った坂本君のお礼デートですが、三者三様にデート内容に違いはあったものの、お別れキッスで魔法が解けた後、無情にも本物の恋人達の元へ戻る彼を見つめて大号泣、という流れは悲しいまでに一致していました。

いや、もはやこれは笑い話なのかもしれませんね。


こうして、それぞれのデート後に部屋に引き籠ることになった三人。

一通り慰め合った後は、特に会話もなく、それぞれがデート中に撮った写真と動画をエンドレスで見ては涙して過ごす、という日々でした。


最初私達は、坂本君から距離を置くことでこの想いが沈静化し、良い思い出として昇華されていく事を期待していました。

でも、逆に日に日に想いは膨らんでいくばかり。


こうなってくると、いよいよ人間っておかしくなってきますね。


この先、坂本君が傍にいない人生など、ただのクソゲー。

そんな人生をやり続ける意味などさっそく無くて、私達なんて、こうして写真と動画を見続けたまま朽ちてしまえばいい。


自然と、そう思うようになっていたのです。


勿論学校には行けず、動画配信なんてもってのほか。



『人生なんてヌルゲーだ!!』



こんな台詞、今の私達には到底言えるはずなどなかったのですから。



この苦しみから逃れたい。

かと言って、恋を知らず、人を見下していた自分にも戻りたくない。

だから救ってほしい。

坂本君に、救ってほしい。


助けて…


助けてよ…坂本くん……





『こんばんは。突然だけど、俺のリアル人生ゲームに参加してみる気、ある?』





私達は思わず顔を見合わせました。



「「「 はい喜んでぇー!! 」」」



そして、そう叫んでいました。


本当に、神かと思いました。

結構ガチでやばい状態だった私達は、さっそく『喜んで!』と返信した後、久々に笑うことが出来たのです。


救われた…

救ってくれた…

坂本君が、救ってくれた!



「ねぇちょっと!ゲームだって!ゲーム!坂本君と!人生ゲームだって!」


渚が嬉しそう。


「これってなんか、奇跡じゃない?!」


七海が楽しそう。


「そうだね、そうだね…」


そう言って、私は笑いました。

泣きながら、笑いました。



それにしても、坂本君は一体何をするつもりなのでしょうか。

でもね、任せてよ、坂本君。


だって私達は、ミホとブルボン。


ゲームは結構、得意なんですから。





「 どーも皆さんこんにちは! ミホです! ブルーです! ボンです! 三人揃ってミホとブルボンでっす! 」



という挨拶で始まる私達の配信は、



「 せーのっ!人生ってやつは神ゲーだ!!はいっ!ではまた次回お会いしましょ~♪バイバーイ♪ 」



という言葉で締めくくられる。

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