第41話 初恋が走る
「今朝満員電車で俺の肩あたりにおでこがぶつかってきたあのOL、きっと俺に惚れてたね。明日もし同じ車両に彼女が乗っていたのなら、俺は結婚を前提に交際を申し込むよ」
「それ…モゴモゴッ…んー!」
「バカ言え。それが何で惚れた事になんだよ。おでこを肩にぶつけたら惚れる族かよそいつ」
「あん?吉田、お前に何が分かんだよ。一駅の間に5回もだぞ?そんなの アイシテル のサインだろ」
「えっと…モゴモゴッ…んー!んー!」
「井出、悪かった。そりゃ間違いねーな。これが噂の、運命ってやつかもな」
「だよなー。4回でも6回でもないならそりゃもう、確定よな。井出おめ。っておわっ!ヨダレついた」
「んー!プッハッ!!なんで?!市毛なんで?!なんで俺が喋ろうとすると口塞ぐの?!」
「いややめて坂本。恋バナしてる時、お前は口出さないで。お前みたいなハーレムクソヤローに、俺達の気持ちなんて分かりゃしないのさ」
「井出…」
「そうだぞ坂本。お前のせいでクラス…いや、学校全体の女子がお前に夢中だ。なんなら俺も夢中だ。そんな奴にな、恋を語られたくないのよ。だってお前に悩みなんてないだろ?お前がその気なら、どーせ全部上手くいっちゃうもん。俺らとお前はもう、土俵が違うというか、競技が違うもん」
「吉田……で、でも、俺だって恋についてはよく分かって…ない……よ?」
「「「あん?」」」
「いや……ごめん」
吉田のふいに発した『あー恋してーなー』と嘆くような呟きに端を発した恋談義。
今は、人数の少ないS組と芸能クラスのF組合同の体育の時間だ。
バスケの合間、同じチームとなったクラスメイトが恋バナに花を咲かせている様子が羨ましくて、俺も参加しようと口を開くがすぐに口を塞がれてしまった。
確かに井出や吉田が言うように、現代社会ではありえないようなハーレムを形成している俺には参加資格がないのかもしれない。
だけど…だけど…そんな俺にも悩んでいることはあって……
「ごめんやっぱ聞いて! お、俺は…こ、恋をすっ飛ばしちゃったんだ!恋人の数は多いけど……気になるあの子に恋をして…みたいな過程が俺にはないんだ!それが……ずっと気になって…たんだ」
そう。
俺にとっては既に彼女達は運命共同体。
もちろんヤルことはヤルし、好きだし、愛だってきっとちゃんとある。
でも、将来設計とか責任感とかが既に生じているから、もう俺は俗に言う『恋』なんかを通り越した所に立っているんだ。
だから、そこに至るまでに普通は経験する『恋』ってやつを俺はしていない。
あいつらが恋人になった時、俺は既に恋の先に行っていたから。
恋人と言う関係ではなかったけれど、リンへの想いだってそうだった。
だから、俺は『恋』をたぶん……知らないんだ。
「おっと…。なるほどね。坂本はまぁ…特殊…なんだろな。悪かった。お前でも悩むことあんだな。聞くよ」
「市毛…」
「確かに鈴音ちゃんの事があってからのスピード感は凄かったもんなー。坂本って流されやすい所あるし、あの子達に手玉に取られたって感じも…あるんだろ?言えよ、聞くから」
「吉田…」
「坂本、俺も明日にはOLの彼女持ちだ。こいつらよりはきっと役にたつはずだ。何でも言ってこいよ、聞いてやる。同じ彼女持ちとしてな!」
あぁ…クソ。
泣きそうだ。
これは、前までは普通にあったはずの環境だ。
何でも話し合える仲だった男涼がいなくなってから、俺の周りには基本女子だけになった。
それが嫌だって訳じゃないんだけど、やっぱり俺だって男だ、こういった男同士の会話に飢えていたんだ。
「井出……それからみんな、ありがとな。実は…俺な、最近恋をしてるんじゃないかなって…思うことがあって…」
「なっ?!もしかしてペットの秋葉メタルちゃんか?」
「いや、違うんだ井出。その…及川さん……」
「「「はぁ?!」」」
「いやいやいやいや!及川ってあのウチのクラスの??あのモンスター千尋?!」
「……うん」
「「「はぁ?!」」」
彼らがこんな反応になるのも、まぁ、分からなくはない。
俺の意中の相手?である
彼女は所謂大食いタレントで、見た目はなんというか……強めだ。
マッシュルームのような髪型、鷹のように鋭い目つき、重量級柔道選手のような体格。
性格は苛烈で、中2で単身アメリカに渡り、各地の大食いイベントを荒らし回るというバイタリティーに溢れたマインドの持ち主。
業界ではモンスター千尋として恐れられ、期待の大型新人らしい。
帰国してからは大手のスポンサーが付き、今はテレビやUtubeを中心に活躍している。
それが、及川千尋さんという女性だ。
俺の恋人達とは全く違うタイプの女の子だし、恋心よりも先に恐怖心を抱くようなタイプだから、彼らは一様に驚いているって訳だ。
「この間さ、偶然彼女が食堂で食べてる所に遭遇してね。ほら彼女、4時間目は必ず抜けるでしょ?お昼休みだと他の生徒に迷惑かけるからって、早めに食堂行くから」
「「「お、おう…」」」
「でね、俺はその姿が格好良く見えて、隣に座ってずっと眺めてたわけ。そしたら彼女、照れちゃったのか、途中で手が止まっちゃってね。そんで……急に『うっうっ…』って泣き出しちゃったんだ」
「「「あ、あのモンスターが?!」」」
「そう。意外でしょ?彼女にとっては人に見られるのが商売みたいなもんなのに」
「「「…だな」」」
「まぁ…そこで既に俺はキュンだったんだけど…」
「「「キュンだったの?!」」」
「えっ?うん。ギャップ萌えだな、あれは」
「「「……マジかお前」」」
「うん。でね、堪らずこう…食べさせたわけよ。大丈夫だよ、怖くないよ、食べている君を見ていたいんだって、涙を拭いながらね。ラーメンだったから、フーフーしてあげたり、二人羽織みたいに後ろに立ったりしてさ、食べさせてたの。そしたら彼女、『美味しいです……美味しいです』って…またポロポロ泣いて……あの鋭い眼光の彼女が、申し訳なさそうに、弱々しく、クシャってなってさ。そして最後に『ごちそうさまでした…人生で最高のラーメンでした…』って儚くね、ニコッてしたんだ。その表情と、可愛らしい声に、俺はなんかこう……」
「おぅおぅおぅ!坂本!おぅ!キュンだな!それはもう…キュンだわ!」
「坂本!おい坂本!もうなんだ??えっとごめん!OLとか、あれは恋でもなんでもねーわ!すまん俺バカだった!つか千尋よくね?よくね?」
「いやいーよ!最高にキュンだよ!つか井出!テメー何呼び捨てしてんだよ!ちゃんを付けろよちゃんをよぉ!あ、あと坂本!あの…千尋ちゃんさ、お、俺行っていーっすか?!最高のラーメン、俺も食べさせてあげたいんですが!いーだろ?お前三人も彼女いんだからさ!なっ?」
「ちょっと待ったぁー!吉田!千尋ちゃんは俺がもらう!俺は全ての料理で最高と言わせてみせる!で、夜はあの巨体…いやあのわがままバディーを俺が味わうんだい!」
「いや……待ってくれ吉田に市毛!だから、俺が相談したかったのはまさにそこ!実はその……彼女…彼氏がいるんだよ……マッチョな黒人の彼氏がアメリカに……」
「「「か、か、関係あるかーい!!」」」
そう言い放ち、三人は及川さんに告白をしに駆け出して行った。
いやなんだよ…井出までも惚れてしまっていたのか……。
まぁ…結局玉砕し、すぐに三人揃って肩を落として帰ってきたのだが。
にしても、やはり、俺のこれは恋だったのだろう。
こいつらが振られた感じでドヨーンとして帰って来た時、俺は心底嬉しくて、手を叩いて喜んじゃったしね。
まぁ、三人にはめっちゃ睨まれたけども。
でも、凄かったな……俺には告白する勇気なんてなかったのに、こいつらときたら速攻だったもんな。
なんか、アオハル熱量的に、完敗だった。
完敗すぎて、もう俺には告白する資格がない。
そんな気さえしている。
いや、違うか、怖いんだよな…振られるのが。
はぁ。
俺なんかよりも遥かに、こいつらは冒険者だったな…。
って、えっ……マジか……俺は戦ってすらいないのに、胸が痛いとか…あんのかよ。
あぁ…ダメだなこれ。
この気持ち、ちゃんと、言葉にしよう。
でも、彼氏持ちの彼女に直接言うのは迷惑になってしまうから、せめて心内で言葉にしよう。
そして、この気持ちを供養してあげよう。
ふぅ…。
ねぇ……及川さん。
どうやら俺は、君に、恋をしました。
それは俺の……初恋でした。
苦くて……結構痛くて…割と最低の気分です。
でも、きっと俺にとっては最高の、初恋でした。
だから…
ごちそう……さま…でした…
「っておぃおぃ泣くなって坂本おぃー!グスッ」
「グスッ なぁもう…走っちゃう?走っちゃうか?これ」
「そうだな!グスッ なっ!坂本!行くぞ!なっ!」
「うん…うん……だね!行こっか!」
この日、俺の初恋は走った。
「「「「うおぉぉぉぉ!」」」」
と、三人の友達と共に。
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