第24話 仲直り温泉(妹)

エリナはしかと聞いたよ、おにーちゃんが「涼は今日俺の彼女だから」と言ったこと。

もうね、はらわたが煮えくり返って蒸発してお腹の中が焦げてヤケドしまくりだよ?


ねぇねぇ、一体どーしてくれるんだい?

涼君よ。


ねぇねぇ、一体どー責任とってくれるんだい?

元弟よ!



───────────



新幹線でエリナ達は涼君が涼ちゃんになった事を知った。

そりゃもー青天のヘキレキングだった。

エリナ達はその思惑をいち早く察知し、おにーちゃんが涼ちゃんに掠め取られやしないかと、そりゃもードキドキングだった。

けど、涼ちゃんとは連絡がつかず、何故かGPSも無反応。

京都にはまだまだ着かない。

焦っても焦っても何か出来る訳じゃない。

その焦燥感から逃げたくて、おにーちゃんが異世界召喚され、性別逆転した世界で涼君とカップルになったのだと妄想し、しばらく現実逃避を図っていた。

でも、残念なことにここは普通に現実だった。

間違いなくこの二人はエリナのよく知るあの二人。

愛する兄と、これまた愛する弟分、その女バージョンだった。



誰が撮っているのかは知らないが、次にupされたのは手繋ぎ写真、次はキス、次は演奏からキスまでの動画、ちょっと時間を置いて舞妓と若旦那に扮する二人。

色んな人が、色んな距離や角度で撮影し、SNSに挙げていた。

どの二人も楽しそうで、涼君はどんどん女っぽくなり、おにーちゃんとの心の距離まで、どんどんと近くなっているような気さえした。

焦りが募る。

でも、やがて「プライバシーに反する!」そんな声が大きくなり、upされる画像は減っていった。


情報が少なくなるのはエリナ達にとっては致命的だった。

だけど、直接接触するのは怖いので、情報元とのやり取りはしなかった。

そのおかげで少ない情報の中、真理と京都中をあっちこっち探す羽目になった。

焦りと苛立ち、怒りと悲しみ、もうそんなんがごっちゃごちゃで、心身ともに疲労困憊だった。

もちろん隣りにいる真理も同様だ。

途中心を落ち着かせるため、市役所に行って婚姻届を貰ったりした。

そして涙目になりながらも、何件も何件も舞妓体験屋さんを巡り、ようやくエリナ達はおにーちゃんを見つけることが出来た。


そこで安堵したのも束の間、エリナ達は涼ちゃんとなった涼君を目の当たりにする。


そこにいたのは、涼君でも、涼ちゃんでもなく、ただの敵だった。


今まで一度も見た事のない冷徹な表情、そして声。

エリナ達を心底邪魔な存在として彼女は捉え、「死ねばいいのに」と言わんばかりに睨みつけてきた。


朧げに母を思い出す。

男に狂い、幼かったエリナを捨てたあの母の顔を。



エリナと真理は腹違いの姉妹だ。

現在も活躍するロックバンドのボーカルが父で、エリナ達の母達は共に父の熱狂的なファンだったらしい。

らしい、というのは、エリナ達が施設に入った頃はまだ幼くて、よく分からないままにそこで生活しており、坂本家に来てからも特に知らされず、最近になってマミーに尋ねた事により少し事情を知った程度、だからだ。


それによると、エリナの生母はイギリス人、真理の生母は日本人、共にファンという繋がりで父と関係を持ったが、父からエリナ達は認知されていないそうだ。

親権を持つ生母達は、同じ境遇が縁となり共同で暮らしていたが、真理の生母は真理を産んで間もなくして失踪、親権は真理の祖母に移ったが、養育を拒否したためエリナの生母が仕方なく2歳まで育てた。

しかし、恋と薬物に走った生母はエリナ達が邪魔になり育児放棄、そこに役所が介入し施設に預けられる形となった。

マミーはそんなエリナの生母や真理の祖母と交渉し、お金で親権を得た。

そう言っていた。


エリナ達は名実ともにお金で買われた奴隷だった。


まだ小さかったエリナ達でさえ、自分達が善意や憐憫の情から貰われた訳じゃなく、自分達は売られたのだと認識していた。

でも、そこに悲嘆はしなかった。

エリナ達姉妹は、元より自分達以外を信用しておらず、必要ともしていなかったから。

たとえ誰が親になろうと、たとえ親戚から売られようと、そんな事はどうでもよかった。

なのに、当時小学3年生だった彼は、体を張って自分を父親たらんと毎日奔走していた。

同い年で、喧嘩も弱いただのボンボンの癖して。


エリナも、真理も、そんな彼が何を考えているのかさっぱり分からなかった。

だけど、エリナ達のために、と毎日一生懸命な彼がエリナ達はすぐに大好きになった。



「あのな、あのな、途中まではな、形があったんだけどな、途中でな、溶けてしまったんだ…グスッ」


「響ちゃん、アイス2本だから溶けたんじゃない?今度からたくさん貰ってくればきっと大丈夫だよ」


「そ、そうか?でもリン、あの人貧乏そうだったぞ?たくさん貰ったらあの人たぶん餓死するぞ?」


「ふーん。じゃー今度アイスの作り方教えに行ってあげよ?そしたらね、たくさん貰えるでしょ?」


「そうだな!夏休み中にあの人死んでも困るしな、明日さっそく教えに行こう。エリマリ、お前らも付き合え!パパの職場見せてやる」



子供ながら、どうしようもなくバカな会話だと思った。

こんな会話を、しょっちゅう二人はマジメな顔して話していて、そのレベルの低い内容にエリナ達はいつも苦笑いだった。


でも、そんな二人の関係がエリナは羨ましかった。


二人はいつも前向きで、何かを楽しむことに全力で、平気で人を巻き込み、その人達までも笑顔にする力を持っていた。


エリナと真理は姉妹だけど、誰かを蹴落とし、屈服させ、自分達が少しでも優位に立てるような振る舞いばかりで、真理と共有するのは少しの優越感と、何故だか広がる虚しさだけだったから。


この人達が今じゃ家族であること、それがどれだけ嬉しくて、誇らしくて、楽しかったことか。


程なくしてそこに涼君が加わった。


涼君は体が小さくて、女の子みたいに可愛らしく、何よりおにーちゃんを尊敬していたからすぐにエリナ達は気に入った。

たとえ普通の男の子じゃなくたって全然問題なかった。

まぁ施設にいた頃ならば、きっと酷いイジメをしていただろうけどね…。

そんな涼君とは手芸や料理をよく一緒にしたし、真理やリンリンと違って控えめな所も気が合った。

エリナは攻撃する時は容赦しないけど、普段はお淑やかで通っているのですのよ?


こうして、おじさんを抜きにして、エリナ達の側には常に二人の男の子いたことになる。


一人はぜんっぜん完璧じゃないけれど、なんか凄くて、なんか放っておけなくて、愛しくて愛しくてたまらない兄、坂本 響。


もう一人は頼りになって、バランスを取ってくれて、ちょっとクールなのにすっごく可愛らしい弟、西園寺 涼。


涼君はエリナを下に見てて、全然姉と思ってくれないけれど、いつまでもエリナより背が小さいから、という理由だけでエリナの弟分として扱っている。


そんな愛するエリナの弟分が、今日いきなり女の子に変身し、エリナ達からおにーちゃんを奪おうとしていた。

こんなこと、到底現実だとは思えなかった。


けど、リンリンのリタイアでエリナも変わった。

これまでの一方的に支えられる側から、しっかりと隣りに立ち、時には支える側になりたい、そう強く思うようになった。


そっか、涼君も変わったんだね。

むしろ戻った、と言うべきかな?

良かったね、本来の自分になれて。


でもさ、君はさっき、エリナを睨みつけたね。

それも、かつての母が、エリナに向けたような目で。



ねぇ涼君。

その目はね、負け犬の目なんだよ?

闘志の欠片もない、何かを放棄した弱者の目。

そんな目、君がしてはいけないんだよ?

あんまりさ、エリナを失望させないでほしいな。



ねぇ涼君。

何をビビってるの?

好きな男、手に入れたいんでしょ?

なら、勝ち気できなよ。

エリナ達はここにいるよ?

戦わないの?

そんな負け犬の目で、エリナ達を見ている場合なの?



ねぇ涼君。

君は、邪魔だから捨てるの?

君は、邪魔だから逃げるの?



ねぇ涼君。


ねぇ涼君!


ねぇ涼君さぁ!!


ほんと、ふざけんなよ!!

邪魔だからって!!

怖いからって!!

エリナ達から逃げんな!!

かつておにーちゃんがそうしたように!!

どんな状況でも!!

どんな手を使ってでも!!

勝ちとる気でこいよ!!

君はおにーちゃんの親友だろ!!

エリナ達の弟分だろ!!

ほんと! 今まで! 一体! 何を! 見てきたのさ!!

この、バカーーーーーッ!!






はぁ…

どーする?これ。

エリナはね、怒ってるよ?


でもね、涼君。

君に教えてあげる。


だってエリナ、お姉ちゃんだから。

だから、これから君を怒るよ。

エリナの妹として、怒ってあげる。


でもその前に、おにーちゃんの彼女を名乗ったこと、ちょっと制裁。



ここは、大浴場まで行くエレベーターの中。

この可愛い妹の脇腹を ガッ! と肘で一発やっとく。

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