第23話 仲直り温泉(姉)

私達が合流した事で兄さんは半端なく気を使っていた。

それはもう、見ていて痛々しいくらいに。

私達の登場で、こんな思いを兄さんにさせてしまうのは本当に辛いが、それもこれも、全ては男と偽っていたコイツのせいに他ならない。


西園寺 涼。

コイツは嘘つきだ。

自分を男と偽った状態のまま、コイツは旅行に参加した。

もし、コイツが女として旅行に行くと知っていたならば、兄さんは絶対に私達も誘ってくれたはずなのに。

きっと、朝、女として突如現れたコイツは、勢いに任せ、有無を言わせぬまま兄さんを連れ出したに違いない。

そしてコイツは、まんまと思惑に乗せられた兄さんと、得意げに彼女づらをしながら二人旅を満喫していたって訳だ。


クソが。



そして、コイツは私達も騙している。

自分が女だとバレたら二人きりになれない事をコイツは分かっていた。

だから私達にも女である事を告げることなく、与える情報は最小限にし、さらに着拒&ブロックをして旅行中の私達の介入を未然に防ごうとした。

まぁ結果的には優秀なエージェントである私達が余裕で場所を特定し、合流した私達は逆にコイツの企みを未然に防いでやった訳だけど。


ざまぁ。



とはいえ、私にはコイツの気持ちが分からない訳ではない。

なぜならば、その秘めたる想いは私達姉妹も西園寺のそれと同じだから。


西園寺が女として生きると決意し、兄さんに全力であたる覚悟を決めたこと。

それ故に一切の不安要素を排除したかったこと。

私も女、痛いくらいに気持ちは分かる。

もし、私が西園寺ならば、きっと同じ行動をとっていただろう、とさえ思う。


西園寺がやった事、それはこのチャンスを逃すまいと、やや強引にでも兄さんに迫ろうとする私達の想いとなんら変わらない。

現在不和である私達は、つまるところ同じ穴のムジナってやつなのだ。

正直に言えば、騙されていた事や、出し抜かれていた事にもそれほど怒りは感じていない。

むしろ、今まで女を隠し通したこと、そして覚悟を決めてからの形振り構わぬその姿勢には好感さえ持つくらいだ。

私達はただ、画像と動画で見る兄さんが楽しそうだった、その一点に嫉妬しているだけなのだ。


昨日、兄さんが教室で鈴音に別れを叩きつけた時、私達はダムが決壊したかのようにドドドッと想いが溢れ出した。

今日の行動を見る限り、間違いなく西園寺もそうだったのだろう。

もうこうなってしまえば、私達は勿論、西園寺だってそれを止められないし、止める気も無いだろう。


私達の前には常に鈴音の存在があった。

鈴音は可愛らしく、どこか憎めない子ではあるが、特に分かり易く秀でている所がある訳では無い。

ただ、こと兄さんとの関係だけは、他の追随を許さない程に信頼し合い、唯一対等の異性として君臨していた。

私達としても、鈴音はもう一人の姉妹であり、将来的には義理の母になる存在として彼女を愛していた。

兄さんが兄さんらしく、兄さんが楽しく幸せであるためには、鈴音の存在は必要不可欠だったのだ。

だから、例え私達が兄さんに恋心を抱いていようとも、二人の関係に割って入ろう等とは微塵も思わなかったし、私達は妹、そして娘として、坂本ファミリーの一員でいられる喜びを大切にしていた。

私達は、兄さんが近くで笑っていてくれさえいればそれで良かったのだ。

西園寺だって、鈴音を羨ましく思いながらも、親友として過ごせるこの関係性をきっと愛していたはずだ。


でも、この度鈴音が離脱した結果、私達の想いのダムが決壊した。

決壊してしまったのだ。

故に、私達はもう以前の関係性に魅力を感じていない。


戻りたくなんかない。


バランスが崩れた今、私達はその関係性をなんとか一新しようともがいているんだ。

たとえここに鈴音がいようとも、たとえ兄さんの気持ちがまた鈴音に向こうとも、もう私達は今までの関係性を望まない。


だって、そんな矜持が、もうそれぞれにあるのだから。


『やっぱ……リンがいないからか?ごめんな、俺がバランス崩しちゃったから……いや、やっぱリンが必要ならさ、俺あいつに謝って仲良く出来るように努力するから…』


兄さんからの謝罪と提案。

それを私達は受け入れず、否定した。

もう鈴音は関係ない。

もう私達は、一ノ瀬 鈴音と対等な存在になる、そう決めたのだから。



西園寺 涼は敵だ。

コイツは兄さんも私達も騙し、私達をないがしろにもしたから。


だけど、西園寺 涼は仲間だ。

兄さんを幸せにしたくて、兄さんと幸せになりたい、そんな想いを持った、仲間なんだ。


だからさ、西園寺。

相談ぐらいしてくれてもよかったんじゃないか?



大浴場への道すがら、前を歩く髪の長くなった西園寺を眺めながら思う。

確かに、私達も恋心を西園寺に話した事は無いし、なるべく見せないようにしてきたつもりだ。

でもそれは、あんたが男だったからだ。


あんただって、男と偽っていたから、兄さんへの想い、私達に言えなかったんでしょ?


ねぇ、男のフリしてたこと、なんで黙ってたの?


ねぇ、なんで、一人で抱え込んだの?


辛かったでしょ?


苦しかったでしょ?


ずっと、一人でさ。


それならさ、私達にくらい…言ってよね。


あんたにとって私達ってそんなもんだったの?


私はさ、普段あんたを結構ぞんざいに扱ったり、軽口叩いてはいたけれど、これでも信頼していたし、大切な兄弟の一人だと、可愛い弟だと、そう思ってたんだよ?


絶対口にはしなかったけど、有事に命を賭けることを厭わないくらいには、あんたのこと好きなのにさ。


そんなの、寂しいじゃんか。



はぁ…やっぱ敵だね、あんた。

だって、こんなにも私を寂しくさせるんだからさ。


あーあ、なんかムカついてきた。



ここは、大浴場へと続く渡り廊下。

浴衣からチラチラ覗く真っ白なふくらはぎを目掛け コッ! とつま先で一発蹴っとく。

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