第21話 おっさんのラブ

京都、たのしーな。



「せやけどやっぱ東京やわ。よく京女ははんなりでおしとやかでって、言うやろ?けど実際はな、そんなことないねん。キツいねん。せやからおっちゃん一人やねん。おっちゃんの運命の人はな、ここにはおらへんねん。おっちゃんな──」



このおっさんの話以外はな。



「──だからおっちゃんな、その女に言うたったんや、、、」


「はいはいストーップ!もう堪忍して!おっちゃん話なげーから!モテない原因たぶんそれだから!おっちゃんがもう少しはんなりすればモテっから!」



今日の観光を終え、涼と俺は着替えのために舞妓体験の店に戻った。

先に着替え終わった俺は、店内で店主のおっさんと話ながら涼が着替え終わるのを待っていた。

しかし、この店主の話が長いこと長いこと。

ほんと、校長先生といい勝負が出来そうだよ。

なんか憎めない感じのおっさんだからまだいいけど、かれこれ15分もの間、何故自分が独身なのか、という全く興味の無い話を聞かされ、ついに我慢の限界となった俺はもう堪忍やでぇ!とストップをかけた。

すると「せやろか…」と一瞬大人しくなったものの、すぐに今度は過去の武勇伝を語りだしたので、俺はもう諦め、耳と心を閉ざし今日の出来事を思い出す作業に没頭した。



うん。こうして思い返してみると、朝の口喧嘩から始まり今に至るまで、結構濃密な体験ばかりだったし全部楽しかった。

涼のせいで当初の目的とは全く違う旅になったけど、逆にこんなにも楽しい旅になったのは全部涼のおかげと言える。

全く予想外だった女バージョンの涼と過ごす時間が思いのほか楽しかったのだ。

ではこれが、もしいつもの涼だったらどうだったのだろう。

まぁたぶん普通に楽しいのだろうけれど、今日はなんか、特別感があってお得な気分だった。


あいつは今日何故か女装してきて、さっきまでは舞妓さんにもなった。

こっちに来てからは恋人ごっこに興じ、場の雰囲気に飲まれた涼はキスまでしてきた。

昨日まで涼は男だったのに、今日はすっかり女の子なっちゃってさ、面白いよね。

でももっと面白いのが、そんな涼をまるで本来の涼のように感じている自分自身だ。


小学4年生からおよそ5年もの間、男として、そして男の親友として涼と関わってきたのに、今、涼を思い浮かべろ、と言われて真っ先に思い浮かぶのは、何故か今日の涼だったりする。

つまり女バージョンの涼だ。

これが不思議なんだよね。

そりゃ現在進行系だし、最も新鮮な記憶だし、インパクトも強いので当然のような気もするけど、たぶんそれだけが理由じゃない気がする。


でも、うまく言えない。


それが悔しいのだけれど、なんとなく、今日の涼の方がより自然な感じがするんだ。

まぁ恋人ごっこを始めた時のイタい女感はとても自然とは言えないけれど、演奏会が始まった頃からの涼は不自然な程に自然で、不思議な事に変にしっくりきていた。

なんだろ、女が板についている、といった所だろうか。


一言で言うと、かわいいのだ。


いや、見た目のことじゃないよ?

そりゃ今日の涼は格段にかわいいけど、見た目だけの話なら元から誰も敵わないレベルなんだからさ。


うーん。やっぱりこれもうまく言えなくて悔しいけれど、なんだろな、素直なんだよ。

笑顔も、仕草も、言葉遣いも、雰囲気も、どれも無理がなくて、より涼涼って感じがする。

もしかしたら、昨日までの涼は男っぽく振る舞おうとしていたのかも、そんな風に思わせるくらいに。

思えば朝までは少しぎこちなくて、頑張って女のフリをしているような感じだったけど、時間を追うごとにどんどん自然さが増していき、より本当の涼と過ごしているような感覚になった。

だから、長年一緒だった男の涼よりも、女の涼の方が涼っぽい、そんな風に思うのかもしれない。

まぁ女の涼とは今日初めて会ったのに、と思うなんて、本当に変な話だけどね。

だって、別に普段の涼に違和感を感じていた訳じゃないからさ。

でも、これが涼にとっては単なるコスプレで、むしろ今の状態をがっつり偽っていたとしたら、それはそれで面白いし、その演技力っていうかなりきり力?には尊敬するけどな。


とにかく、女の涼も俺はかなり好きなので、旅行が終わってまた男に戻っても、時々は女の涼になってもらいたい。いや、絶対なってもらう。うん。もう 6 : 4 ……いや、 9 : 1 でなってもらおう。いやいや、てかもうずっと女でいーんじゃないか?せっかく顔も可愛いんだし、最近はすっかりおっぱいも大きくなったしさ?なんか、男にしておくのが勿体無いんだよね。涼も楽しそうだし、どうかなぁ?



「うん。いーと思う!」


「ほ、ほんまか?!まぁちょっと年上やけどな…長いこと想うてたんや……うん。おおきにな!坂本君!勇気貰えたわ!近いうち、吉乃さん…誘うてみるわ!ほんま、おっちゃん頑張るさかいに!」



え……なにが?今の『いーと思う!』はおっちゃんにじゃないよ?だってあんたの話は全然聞いてなかったから!つーかさ、どゆこと?おっちゃん吉乃さん狙ってたの?!え、いつの間にそんな話になってたの?てか京女はダメとかなんとか……ま、いーけどさ…



「ふぁ、ふぁいとー」


「おうよ、実はちょっと自信あんねん」


「ふーん……あっ!吉乃さんだ!!」


「っ!!」


「なんちゃってー♪」


「 ちょ!やぁーめぇーろぉーやぁー」



と、今日初めて会った60過ぎのおっさんと戯れていた時だった。



「おにーちゃん!!」

「兄さん!!」



なんと、ここには居るはずのないマイ・スイート・エンジェル・シスターズが現れた!

そして、何故か息を荒くした二人に ガバッ と前後から抱きつかれる。



「 ちょ!やぁーめぇーろぉーやぁー」



と、俺は60過ぎのおっさんと全く同じリアクションをしていたのだった。

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