第5話 西園寺涼 ─僕とボク─

「そうだ、京都行こう」


さきほど鈴音との決着をつけ、しばらく黙って廊下を歩いていた響が突然そう呟いた。


「それって明日?」


「うん」


「何時に行くの?」


「うーん。早朝かな」


明日は土曜日ながら僕らの学校は半日授業がある。

けど、そんなの僕は気にしない。

このところヤバい状態だった親友が前に進もうとしている。

僕はそれが嬉しくて、すぐに「僕も行く!」と彼に告げる。


「あたり前だろ」


前を向いたまま、ぶっきらぼうにそう言う彼の横顔を見つめながら、僕は気付かれないように「ふぅ」と小さく息を吐く。


そして、は決意を新たにした。


…………………………



ボクは幼い頃から、街中や旅行先で変態に誘拐されそうになったり、学校でも上級生や教師から体を触られるなどの性的な被害を何度も受けてきた。

やがて外に出るのも、学校に行くのも嫌になっていた時、ふと、女性であることを辞めようと思い立った。

幸いなことに、世間はLGBTだのジェンダーレスだのとこの手の話題には敏感になっており、試しに親に「女の子が好き」と言ってみたら意外なほどすんなりと受け入れられてしまった。

小学4年生での転校を機に、服装や一人称、言葉遣いも男っぽくし、学校へは親から説明してもらった。

学校側もそんなボクを配慮し、転校前に特別授業を行って生徒にも周知する等の対応をしてくれた。

そのおかげで穏やかなスタートを切ることができ、イジメに合うこともなかったけれど、思っていたより大げさになってしまった事に困惑と申し訳なさも抱いていた。

でも、こうなった以上は徹底して男として生きてやろう!と逆にテンションが上がっていた。


しかし、運命とは残酷なもので、転校してすぐにボクは恋をしてしまった。

相手は勿論男の子で、名を 坂本 響 君と言った。


彼はとにかくアクティブで、「娘達のおやつを確保するため」、とか言って毎日のようにあちこちへクエストをこなしに行った。

クエスト、とはお手伝いやボランティアの事だったんだけど、彼は報酬(お菓子)を目的としているので、「これはあくまでもクエストなんだ!」と目を輝かせながら言い放っていた。


まず、娘達ってなんだよ!変なやつ!って思ってたし、ペットの猫かな、とか思ってたらフツーに人間で、しかも同級生だったから余計にビックリした。


響君は「娘達の為に」、と飛び込みで知らない家やお店に突撃し、自分を売り込んでしっかりと報酬(お菓子)を得るために働いていた。

自衛のために防犯ブザーを何個も装備し、交番で地図を広げ「今日はここと、ここと、この辺に行くから何かあったらよろしく」と事前に警官に行動範囲を告げるなど、防御を固める徹底ぶりも見せてくれた。

そんな響君のサポートをしたかったボクは、ケータイを持っていない響君の連絡係としていつもくっついて回った。


ボクは自分を男と偽り、自分も世間も騙して逃げているのに、響君は危険を冒しながら、娘のために毎日色んなものと戦いながら生きていた。

ハーフで格好いい容姿もさることながら、そんな響君に憧れたしフツーに超惚れた。

ただ、響君には鈴音ちゃんという幼馴染のパートナーがいたし、そもそもボクは男として接しているので早々に諦めたけど。

まぁ諦めたって言うよりも、響君にとって男性としてのNo.1の存在になろうとした訳だけど。


だけど、中学生になり初潮も迎え、体も女性らしさを増してきた頃から結構男でいることが辛くなってきた。

やっぱり中身は女子なので、特にスポーツ刈りとか、男らしい格好をするのがどうしても嫌になり、ボーイッシュな女の子、くらいの見た目にシフトチェンジした。

その頃から自分は所謂オナベではく、男でも女でもないX(えっくす)ジェンダーという中性的な存在だと自称するようになり、制服は男性用、トイレやお風呂は女子、体育も女子、みたいな線引きを自分本位で行うようになった。

それまでも同じような線引きだったけど、トイレは女子職員用に限られていたし、スポーツ刈りのまま女子に混じって体育をするのが結構みじめだったんだよね。

それに、この見た目の変化は周りからの印象が良くなり、女子も男子も喜んで受け入れてくれた。

なにより、そのおかげで以前に増して堂々と響の隣りにいられるようになったのが一番嬉しかった。

響的には「ふーん」て感じで凄くどうでも良さそうだったけど…。


そして、この頃からボクは鈴音を羨ましく思う気持ちが強くなった。

いや、本音を言えばちょっと嫌いだった。

見た目はボクやエリマリ姉妹の方が圧倒的にいいし、性格だってボク達はあんなにワガママじゃない。

なのに、一番付き合いが長いってだけで響からは特別視されているから。

たしかに、鈴音には愛嬌があるし、明るくて一緒にいて楽しいし、頑張り屋さんで、良くも悪くも素直な子だから、響と似ている部分も多くて相性は良いんだろうけどさ。

でも、相性という部分はずっと親友をやってきたボクも負けてはいないはずだ。

二人は知らないあのちゃんねるだって、掲示板ではキョー×リンよりもキョー×リョーの組み合わせが一番人気なんだから。


……でもね、思うんだ。

ボクやエリマリ姉妹では、果たして記憶を失うほどに響を落ち込ませることができただろうか…と。

悔しいけど、たぶん無理だ。


今回、鈴音の短慮さから響を失う結果となり、ボクらにもチャンスが巡ってきた訳だけど、鈴音を超える存在になれるかどうかはちょっと自信がない。

だって、何をしたらあそこまでの存在になれるのか、そんな指標がどこにもないんだもん。

それに、今は離脱してどん底に落ちた鈴音だけど、もし鈴音が立ち上がって、本気で響にアタックしだしたらたぶん響はすぐに折れるんじゃないかとボクは踏んでいる。

つまり、時間との勝負だ。


だから、ボクは取りに行く。

明日からの京都旅行、ボクは、響の一等賞を手に入れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る