「響の転機です。BSSのちモテ期、ところにより曇らせもあるでしょう」

@game2

第一章 決別

第1話 その男不安定につき

掃除当番を終えた俺は自席で「ふぅ…」と息をつく。

そして教室を見渡し、クラスメイト達が談笑している様子をおもむろに眺めた。


(みんな、今日も優しかったな…)


ついつい、このところの皆への感謝が込み上げ涙が滲む。

思わず目をつむり、そのまま窓の方へと顔を向けた。

そして、みんなの会話をBGMにしばし心を落ち着かせてみる。

やがて穏やかさが全身に巡り、平静さが戻ってきた。


目を開ける。


よかった、校庭にあいつの姿はない。


そこでハッとする。


自然とあいつを探している自分に嫌気が差す。


心が粟立つ。


いけない、どうも不安定だ。


だから俺は沈む夕日に思いを巡らせ……



って全然沈んでねーじゃねーか!

だよね!まだ9月になったばっかだしね!

つか眩しっ!クソっ!なんかイラつく!


「ふっざけんなよ太陽がコラ!俺はこんなにも辛いってのによ!いつも通りに元気一杯で輝いてんじゃねーぞクソがっ!」


うん。ちょっとスッキリした。







……ん?


………あれ?


…………BGM……止まってね?




おかしい。

先程まで耳に届いていた談笑の数々が止まっている。

まるで、どこかに指揮者でもいるかのようにぴったりと、だ。

一体何ごと?と教室へと視線を移してみる。




……………え?




いやいやいや、な、なに?? 

何か俺……めっちゃ見られてるんですけど!


教室に残るざっと10人のクラスメイトから浴びる視線ラッシュ。

それも、なんか気まずそうなやつ。

どうしよ…フツーにたじろぐ。

やばい、言葉が出ない。



「ご、ご、ごめんね坂本君!さ、坂本君のその……き、気持ちも考えずにはしゃいじゃったりして私たち…その……えと…」



おっと?なんか謝られた。

クラス委員長の吉永さんが慌てて駆け寄ってきて、謝られた。




あ…そっか……



なるほど、さっきの発言、クラスメイトに向けて言ったと思われたのか。

そんなはずないのに。

たぶん、『いつも通り元気一杯で…』って部分だよな。

申し訳ない事をした。

たしかにな、いきなりそんな恨み節をぶっこまれたら誰だって口を噤むし、そりゃ微妙な視線を向けるってもんだよ。


怒涛の視線ラッシュと委員長の謝罪、どちらにも一瞬面をくらってしまったけれど、少し冷静になった俺はその事にようやく気付くことが出来た。


でも、どうしようこの空気……

まぁとにかく、誤解は解かなきゃな……


それにしても、そんなに大きな声出てたのかな…俺……


はぁ……我ながらほんと、やばい状態なんだな……なんかもう……やだな……



「ちょっと…。さかもと…くん? ねぇ坂本くんってば!どうしたの?!大丈夫?!」



みんなの誤解を解かなくちゃ!

そう思いながらも、暗い感情に飲み込まれ、いつの間にか項垂れてしまっていた俺。

委員長がそんな俺を心配し、ゆさゆさと肩を揺らしながら声をかけてくれているっていうのに、そのことに気が付くまでにやや時間が掛かってしまった。



「あっ! ご、ごめん委員長!大丈夫!あの、誤解!誤解だから! えっと……あいらぶくらすめいと!…です!えっと、えっと…あんどゆー?」


「み、みーとぅ!みーとぅーだよミスターサカモト!つか個人的にはあいらぶゆーまであんだけども……」



慌てながらの弁解は、ちょっと自分でもよく分からないものになってしまった。

でもありがたいことに、空気読める系の委員長はそれにノリ良く返してくれた。

ただ、途中で恥ずかしくなったのか、最後のジョークは尻すぼみだったし、言った後は真っ赤な顔してあわあわと挙動不審になっていたけれど。


ははっ 慣れないことしなきゃいいのにね、ほんと、かわいい人だな、委員長は。

なんて思いながらほっこりしていると、「俺もあいしてるぜー!」「私もラブゆー♪」「俺の方が!」「ちょっといんちょー!抜けがけ禁止だよ!」って具合にみんなが委員長をイジる感じで騒ぎ出し、俺のせいで微妙な雰囲気だったクラスはあっという間に平和な空間を取り戻していた。


うん、このクラスにはなんつーか、愛があるよね。

俺にとって人生最悪の出来事が起こったあの日から今日で5日目。

廃人同然となっていた俺に皆はいつも以上に声をかけてくれたり、遊びに誘ってくれたり励ましてくれたりと、皆何かと俺を気に留めてくれたし、優しくしてくれた。


特に、最初の二日間は絶望の真っ只中で、一人では何も出来なくなっていた俺に委員長が中心となって皆が協力しながらお世話してくれたらしい。


何分俺はその期間の記憶がほとんどないので実感はないのだけれど、最近その時の様子を撮った動画を見せられた時に知ったんだ。


幼児退行、というのだろうか、その時の俺は思考をほとんど放棄していて、「うん」とか「ううん」くらいしか話さないし、自発的にはトイレにも行けないので、クラスメイトが授業が終わる度にトイレに連れて行ってくれたりしていた。


3日目に幼児退行状態からなんとか脱し、うすらくらーい気分のまま登校したんだけど、教室に入った途端に皆が走って近寄ってきて、こぞって俺の世話を焼こうするのがめっちゃ怖くて逃げて回っていた。

圧倒的な数の不利ってやつでとうとう捕まってしまった時、強制的に見せられたのがあの動画だ。


それを見た時はめちゃくちゃ驚いたし、情けなくて情けなくてガチで恥ずかしかったけれど、それ以上に皆の献身ぶりへの感謝や感動の方が強くってどちゃくそに泣いちゃった。

そんな俺を見る皆の眼差しがこれまた優しくてね、その日はほとんど泣いてるだけで終わったっけ。


そして皆の優しさはそれで終わったりはしなかった。

もうお世話は必要ないレベルまで回復したとはいえ、精神的にはまだまだいつも通りとはいかない俺。

そんな俺を心配した皆は、休み時間の度に代わる代わるに席に来ては励まそうと絡んでくれたんだ。


「練習に付き合ってよ♪」とやや強引に……いや、かなり強引にカラフルなネイルを俺の両手に施してくれたギャルの小林さん。


「ナナたんは僕のお嫁たんなので譲りませんぞ?デュフフ」とか言いながらも、彼が大切にしているであろうアニメDVDと小さなナナたんキーホルダーをくれたオタク気質の藤谷君。


「サッカーしようぜ?」と昼休みに爽やかに誘ってくれたバスケ部員の工藤君。

………ネイル…だよね?君はこのお星様だらけの爪を気遣ってわざわざサッカーに誘ってくれたんだよね?

だって、見たこと無いもんね、君がサッカーしてるとこ。


この他にも、お昼ご飯に誘ってくれたおかっぱ・メガネ三編・目隠れヘアの文科系女子の三人組。


親がなんとか組の組長だと噂の強面ヤンキー君、何故か「妹に嫌われているんだが」とかいう相談を俺にしてくれた。


そして普段は誰とも一切しゃべらないのに「よかったら見に来て」と、ものすっごい小さな声でライブチケットをくれたデスメタルバンドを組んでいるという謎過ぎるあの子。


こんな風に、この5日間、今まであまり絡むことのなかった人達までもが俺を気にかけ構ってくれたんだ。

だから、そんな皆には俺は感謝しかないし、皆の日常に対して文句を言う気なんて全く無いし、絶対にありえない。

まぁ太陽は何もしてくれないくせしていつも通りだからムカつくけど。


しかし、いくら皆がいいヤツらだからといって、いつまでも陰気ムーブかましてる訳にはいかない。

甘えてばかりじゃ気が引けるし、自分の為にもなんとかしなくちゃいけない事は重々承知している。

まだまだ精神的に不安定な事はさっき自覚したばかりだけど、明日からの土日でしっかり調整して、絶対来週からは元気ハツラツあ○ぱんマン状態になってやるんだ。

うん。もうこんな暗くてつまんねー俺なんかとは今週でバイバイ○ンだ!


よしっ!気合一発。



「アンアンア〜ン♪♪」



いっけね、意気込みすぎてチーズ出てきちゃった。

つーかまた皆黙っちゃったけどどーするこれ。

あぁ、はいはい、また視線ラッシュですね、知ってますよ、はい。

とりあえずゴマかすために、と体をモジモジとよじっていたその時だった。



「よしなってば!」「うっさい!!」


「お願い止まって!」「離してよっ!!」


「何がしたいんだよお前!」「あんたに関係ないでしょ!!」



廊下から聞こえてくる荒々しい足音とよく知った声達。

その音がだんだんと近づいてきたかと思えば、案の定「ガンッ!」と痛々しい音と共に教室の引き戸が開け放たれた。


勢いよく入って来たのは4人の男女。

息を荒げたヒステリーくそ浮気女を先頭に、俺を見るなり申し訳なさそうな顔をする3名が後からつづく。


いずれもガキの頃からつるんで来た幼馴染であり、先頭のヒステリーくそ浮気女こそ俺を絶望の淵に突き落とした大元凶、一ノ瀬いちのせ鈴音りんね、その人である。



「ちょっと響ちゃん!!やっっと会えた!!もうっ!何でいつも逃げんのよ!!つーか何で帰ってこないのよ!!」




…は?


…………は?


…………………はぁ?!



何で………だと…?



そんなの………そんなの……




「お、お、お前のせいに決まってんだろがこのくそ浮気女ぁー!!」

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