第45話 必ず捕まえないといけませんね
――ゲヌーク。
それがトオサから聞いた名前だ。
ゲヌークという名前は、サネモの知る中に一人居る。もちろん他にも同じ名前の者はいるかもしれない。だが、トオサに教えられた顔の特徴とは一致する。
だから間違いないだろう。
「あいつか……」
思い出すだけでも腹が立ってくる。
なぜならサネモが学院を出る理由となった不正疑惑で、それを証言したのがゲヌークだった。あらぬ疑いをかけられた原因の一つだけではなく、フーリの浮気相手でもあったのだ。
なんとしても見つけ出し、相応の報いを受けさせねば気がすまない。
だがゲヌークの住処を知らない。調べるには学院に行くしかないが、さりとて学院に行ってどうやって調べるかという問題もある。
問題ばかりで思うように物事が進まない。
宿の部屋は昼間という事もあって静かだ。窓から見える街の景色は雨も上がって日が差し鮮明さがある。僅かに吹き込む風は多少の湿りがあって心地よい。うんざり気分でさえなければ、きっと良い眺めなのだろう。
「我が主、どうぞ」
クリュスタが飲み物を差し出した。
それは前に遺跡で回収してきた器に入れられている。なお器をコリエンテに見せたところ、何とも言えない珍妙な顔をして大事にするようにと言われた。だからスープ用器から、お茶用カップに昇格したのだ。
飲み物を口にする。
やや渋みのある香りの良いお茶だ。クリュスタによれば健康に良いそうで、最近はこればかり飲まされている。
程よい温さで、ひと息に飲み干した。お代わりは少し熱めで、ゆっくり飲む。次は熱めで、じっくりと飲んだ。おかげで気分が落ち着いてきた。
気遣うクリュスタと、心配そうなエルツの姿がある。
どうやら、サネモが雨に打たれて戻って来たので何かあったと考え心配しているらしい。気遣われている事が心地よく、サネモは穏やかに笑った。
「取りあえずだが、依頼の件は目処がついてきた」
「そうなんだ、良かった。じゃあ、もう終わるの?」
「まだ少しかかるかな。相手の住んでる場所を調べる必要がある」
「えーっ、つまんない」
エルツは口を尖らせ、椅子の上で足をばたつかせた。
どうやら、サネモが一人で行動している事に不満があるようだ。もしかすると、宿に残ってクリュスタに文字や計算の指導されている事が原因なのかもしれない。
「そうだよ! あったよ、方法が」
エルツは手を叩いた。
「先生、依頼の為に依頼をしたらどうかな」
「依頼の為に、依頼だって?」
「そうだよ。村の長も自分たちで出来ない事はギルドに依頼してたから。それと同じで、先生もギルドに依頼してみたらどうかな」
「ハンターがギルドに依頼か……」
サネモは苦笑して、しかし真面目に考え込んだ。
考えて見ると案外と良い手かもしれないと思えてきた。なぜなら、フーリがゲヌークの元にいるなら気付かれてはならない。ついでに言えば、学院に近づいて関係者に姿は見られたくもなかった。
多少の出費はあるが、それより早く終わらせたい気持ちが強い。
「なるほど良い手だ。よしギルドに依頼してみるか」
褒められたエルツは嬉しそうに笑って椅子から勢いよく立ち上がり、サネモの手を掴んで引っ張った。
ゲヌークという男は同じく学院に所属する賢者だ。
貴族階級ならともかく、学院の所属では中流階級のやや上程度。そんなところに莫大な金が流れた理由を考えれば、何となく理由が分かる。
なぜならゲヌークは魔導書を研究していた。
魔導書は古代文明に製作された特殊な書物で、莫大な魔力を秘め、ものによっては持ち主の願いを叶えるとも言われる。もちろんそれだけの品ではないのだが、古来から珍重され高値で取り引きをされていた。
だから研究は遅々として進まず、ゲヌークも焦っていた筈だ。
何の成果もあげられねば学院から切り捨てられる。だから魔導書を欲する気持ちは分からなくはない。フーリが貢いだ額で魔導書に手が届くとは思えないが、それでも金がなければ始まらない。
「学院に関わると、どうも良くない気がするな……」
ぶつくさ言いながらハンターズギルドに足を踏み入れる。
クリュスタとエルツと共に進んでいくと、同じハンターたちがちらちら視線を向けてくる。サネモの名はかなり知られてきたのだ。
だが、今はそれを気にするどころではない。
なぜならばユウカと顔を合わせるからだ。
昨日の今日で顔を合わせるのは気恥ずかしく照れくさい。しかし日にちを置こうと置くまいと照れくさい事には変わりないので、気合いを入れて顔を出す。
窓口の前に立つと、ユウカはちらりと視線を向けてきた。
「依頼をお探しですか、サネモ先生」
生真面目な口調も表情も、これまでと変わらない。
二人の間の変化については誰も気付くどころか、何も思いもしなかっただろう。だがサネモは、ユウカの返事が少々素っ気なさすぎる事に気付いていた。まるで取り繕っているような雰囲気である。
「すまない。今日は依頼を受けるのではなくて、する側なんだ」
「あら、そうでしたか? 仕方ありませんね。依頼でしたら、別室に行きます」
立ち上がったユウカが案内をしてくれる。
その後ろ姿はどう見ても機嫌の良さが隠しきれていなかった。思わず見つめていると背中を押された。
「我が主、早く参りましょう」
奥まった位置にある部屋に移動した。職員の働く執務室に面した部屋で、他のハンターには話の内容は聞こえないが、ギルド職員の目は届く。そんな場所だ。
白い幅狭なテーブルを挟んで、ユウカに依頼の内容を話す。
「学院の者の住居を調べたい。それは可能かな」
「結論から言えば可能です。ですけど、どうして調べたいのか目的を確認する必要があります。ギルドにも責任が生じることですから」
「それは確かにそうだ」
調べた情報を悪用されてはギルドの責任問題になってしまう。その為には依頼主の目的確認は必要であるし、何より『ギルドも確認を行った』といった言い逃れの出来る事実が必要だ。
だが、サネモは躊躇する。
ゲヌークを調べる理由を説明すれば、必然的にフーリや借金の事にまで触れる必要がある。そこまで言う必要はないかもしれないが、相手がユウカだからこそ言うしかない。
「実は――」
サネモは洗い浚い、これまでの事情を打ち明けた。
元妻のフーリが莫大な借金をして浮気相手に渡していたこと、その浮気相手がゲヌークでほぼ間違いないこと。さらには学院で横領疑惑をかけられたことや、それを証言した相手がゲヌークであったことまで素直に話をした。
「それで、フーリの性格からするとゲヌークの自宅にいる可能性が高い」
「…………」
「フーリを捕まえねば、借金取りは私でケジメをつけるつもりだ」
ユウカは静かにサネモの顔を見つめていたが、静かに頷いた。
「そうすると、必ず捕まえないといけませんね」
「まあ、そうだな」
サネモは上目遣いで天井を見上げた。ふと思う事がある。
「私が学院でかけられた横領疑惑の原因もゲヌークかもしれない。フーリの夫という邪魔な存在を排除しようとしたのか。いや、ひょっとするとゲヌーク自身が横領をしていたのかもしれない。奴の研究も金がかかるものだった。フーリに貢がせたのも、それが原因だったのだろう」
言いながらサネモは、それが間違いないものだと思えてきた。
「なるほど。そうですか、なるほど」
ユウカは笑顔で頷いている。
「そんな風にして先生の名誉が傷つけられたのですね、なるほど」
さらに笑顔を深め頷いている。
「しかもハンターになって死にかけたり酷い目に遭ったのですね、なるほど」
また頷いた。
「なるほどなるほど」
ユウカは笑ったまま頷くが、そこには妙な恐さがあった。エルツが怯えてサネモの背に隠れてしまったぐらいだ。しかしクリュスタは一緒になって頷いている。
「分かりました、その相手の事を徹底的に調べて見せます。先生をそんな目に遭わせた相手ですか。ふふふっ、問題ありません。ええ、問題ありませんよ。一級ハンターにそうした調査が得意な人がいますから」
「流石に一級に依頼すると依頼料が高くなってしまう」
「ですから問題ありません。大丈夫です、その人の弱味、もとい貸しがいっぱいありますから。三級ハンター料金で引き受けて貰えます」
「あ、はい」
ハンターズギルドの窓口担当には逆らうべきではないだろう。なにせ下積み時代の恩を忘れない上級ハンターたちとの付き合いがあるのだから。
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