第37話 お前の主の危機だ、助けてみせろ

 サイマラがクイーンに対峙する。

 ただし、前に出たのは一体だけだ。しかも積極的に攻撃はしない。上から襲って来たクィーンの長い尾を、サイマラは剣で弾いて防いだ。下からまた迫った攻撃も、剣を盾にして弾いた。

 一定の距離を保ちながら回避と防御に専念している。

 その間に残りのサイマラたちは一列に並んで、剣を振り回しながら展示場内を突き進んだ。この動きにグレムリアンたちの動きが限られ、次々と剣にかけられ緑の血を吹き出し倒された。

 仲間の悲鳴を聞いて、クィーンの怒りは燃え上がった。

 激しく振り回される尾の動きが鋭く、防ぎきれず相手をするサイマラの損傷が見る間に増えていく。振り回される尾と両腕の爪の、激しく間断ない攻撃に耐えきれず、サイマラの頭部がついに破壊された。

 サネモの声が響いた。

「突っ込め!」

 頭を失ったサイマラが剣を突き出し突撃。腕を胴を破壊されながら、クィーンに多少の傷を与えた。同時に破壊されバラバラに砕け散ってしまう。

 だが、僅かに出来た時間に次のサイマラがクィーンの前に立ちはだかり、防御を固めていた。残りのサイマラたちは列を崩さず、淡々とグレムリアンへの攻撃を続行している。

 サイマラたちは支配者であるサネモの指示によって忠実に動いていた。

 最優先事項はグレムリアン殲滅で、その目的に即した指示であるため、しっかり従って戦っている。確実にクィーンにダメージを負わせ、何よりグレムリアンたちの数を減らすことに成功していた。

 ほとんどが魔導人形たちの活躍のお陰だ。

「万物を焼き尽くす真なる【炎】【壁】ファイアウォール!」

 もちろんサネモの元にもグレムリアンは押し寄せいていた。

 そのため炎の壁を幾重にも展開、グレムリアンたちの接近を阻止している。死にたくないので必死だ。無我夢中のあまり、魔導人形を使いながら複数の魔法を同時に使いこなすという、賢者が見ても驚くようなことをやってのけていた。

 それでも幼体は多数存在するため、炎の隙間から突破してくる。

「ぴゃぁぁ、来ちゃった!」

 エルツが悲鳴をあげ、剣を手に幼体を迎え撃つ。

 グレムリアンへの恐怖もあるし、炎の壁の熱さもあって半泣き状態。剣を使っての初実戦は滅茶苦茶だ。必死さのあまり剣を剣としてではなく、棒でも使うようにしてグレムリアンを叩いて弾き返しているだけだ。

 二人は第四展示場の壁際へと追い詰められていた。唯一の出入り口ではサイマラたちがグレムリアンたちと戦い、奥ではクィーンが暴れ、もはや逃げ場はない。

「また来たぁ!」

 エルツは悲鳴のような声をあげ、炎を越えてきたグレムリアンを剣で叩き返す。だが同時にもう一体が飛び込んでいた。炎によるダメージで、よたよたした動きになっていたが、それでも跳んで爪を振るってサネモの肩を傷つけた。

 これもエルツが炎の向こうへと叩き返した。

「先生!?」

「大丈夫だ。ああ、これでいい!」

 肩を押さえた手の間から血を滲ませ、サネモは笑った。それは猛々しく自信に満ちた笑いだった。

「さあクリュスタ! お前の主の危機だ、助けてみせろ!」

 それは助けを求める声ではなく、むしろ命じるものだった。

「我が主の危機を確認しました」

 第四展示室の入り口、サイマラたちの背後でクリュスタが静かに呟く。それまで入り口で待機するしかなかった悔しさを堪えているように眼差しが強く鋭い。

「非常態勢に移行します。魔力値上限解除、回路完全開放」

 魔導回路に大量の魔力を巡りだすと、クリュスタの全身が仄かな蒼い燐光をまといだしていく。薄暗い通路に佇む蒼き魔導人形の幻想的な姿があった。


 以前の巨大魔導人形サイサリスとの戦いで分かった事がある。

 クリュスタは主とした人間に危機が訪れると、全ての制限が解除され爆発的な力が生じるのだ。製造元であるメルキ工房の趣味、またはロマンのなせるものである。

 サネモの考えはこれだった。

 あえて自分の身を危険にさらすことで、クリュスタの制限を解除。これによって増大する魔力で魔法攻撃をさせるといったものだ。本末転倒に近い滅茶苦茶な指示に、もちろんクリュスタは難色どころか大反対したが、押し切られてこうなっている。

 その怒りもあるのだろう。クリュスタの表情は険しい。

「全力魔法攻撃を行います」

 身を屈め右脇に構えた両手の間に光が灯り、それが徐々に強まって太陽のような輝きを放ちだす。辺りには耳鳴りのような鋭く甲高い音が響く。クリュスタの左前面にはモノリスが盾のように立つ。

 莫大な魔力に危機を感じたグレムリアンが叫びをあげ逃げだすが、第4展示室は袋小路で逃げ場はない。クィーンも反応し逃げようとするが、サネモの指示で飛びついたサイマラに邪魔されている。

 サネモとエルツは入口脇の角に身を潜め、サイマラたちも反対側に退いた。

「クリュスタよ滅ぼせ!」

 光の奔流が放たれた。

 眼を灼くような眩さで、射線上から外れていても烈しい熱波が押し寄せる。それは目の前に展開してあった炎の壁よりも耐えがたいほどのものだ。

「熱ぅぃっ!」

「大丈夫だ」

 サネモは泣き声をあげたエルツを掴んで、自分の後ろに隠した。そして自らは腕で顔を庇うが、その状態でもグレムリアン接近を防ぐ炎の壁は展開したままだ。

 光の奔流は途中のグレムリアンたちを焼いた。

 クィーンに激突すれば甲高く頭痛を引き起こすような悲鳴をあげさせる。途中の展示ケースは消滅しサイマラは溶解して倒れ込んだが、クィーンは耐えていた。耐えながら光の圧に負け壁際へと押し込まれ、突き進む光線の抉る壁の穴に沈んでいく。

 とんでもない威力だったが、それに耐えているクィーンもとんでもない。

「……限界です」

 光が消え、クリュスタが力尽きたように膝を突く。

 サネモは顔を覆っていた腕を退けた、辺りは熱気に満ちて灼熱の空気だ。まばゆさに眩んだ目に、床と天井に刻まれる赤熱化した直線が見えていた。その先を辿って壁に開いた大穴を見れば、内部は火口のように赤らんでいた。

「まだ生きているだと……!?」

 奥底で弱々しくはあるが、動くクィーンの姿が確認できる。古代の戦士たちが倒しきれず封じる事しか出来なかっただけのことはある。

「行け、サイマラ。トドメをさせ!」

 サイマラが穴の中へと突っ込んだ。赤熱した土に傷つきながらも突き進み、最後の抵抗をみせるクィーンに剣を突き立てる。それも何度もだ。

 穴の中で石や土が崩れ落ちだし、やがて全てを覆い隠した。


「終わった……」

 サネモは膝を突いたまま呟いた。

 ようやく安堵の息を吐く余裕ができて、前面に展開してあった炎の壁を消した。顔や腕などが酷い日焼けをした後のように痛む。回復薬を飲んだ方が良い状態になっているのは間違いなかった。

 入り口の方でクリュスタが立ち上がる。動ける状態になると同時にサネモの元に来て微笑んだ。

「我が主、ご無事で何よりです」

「ああ助かった」

 第四展示室の内部は酷い有様で、展示ケースは元より展示品の姿もない。床や天井は構造体が露出して酷い有り様だ。グレムリアンの卵は蒸発するか砕け散り、展示室の床に砕けた殻が僅かに散乱しているだけ。

 グレムリアンの死骸は数体転がっているだけで、動いている姿はない。

「これは予想していた以上の威力だった。グレムリアンからは助かったが、危うく焼かれてしまうところだった」

「申し訳ありません」

「冗談だよ。感謝している」

 申し訳なさそうなクリュスタに笑いかけ、サネモは立ち上がろうとした。しかし背中の重みに引っ張られ蹌踉めいた。肩越しに背後を見れば、エルツが服の端をしっかと握りしめている。

 そのまま泣き顔で見上げてきた。

「ごばがっだあぁー!」

 エルツはサネモにしがみつき、声をあげ泣きだした。

 こうなるとどうなるか、前に経験があるサネモは知っている。引き剥がすために頭を押しても効果が無い。それどころか、余計にしがみついてくる。

「やめろ、こらっ放しなさい」

「ごばがっだの! ごばがっだんだがら、うわあああんっ!」

「あぁあぁ鼻水だろ!? 鼻水はやめなさい」

 静かだった第四展示室が賑やかしくなった。

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