第2話 サネモ先生じゃないですか
「魔導人形の権威、サネモ氏です! 氏の功績を称え盛大な拍手を!」
紹介と同時に歓声があがり、その中を堂々とした足取りで歩いて行く。華やかな社交会場は様々な著名人が並ぶのだが、誰もが注目しているのはサネモである。立派な服を着た男も、美しい女も全てが拍手をして誉め讃えていた。
ふと見れば壁際に元妻のフーリの姿がある。消え入りそうな顔をしているが、どうやら自分のした事と愚かさを悔いているに違いない。
人混みを掻き分け学院長が現れ足元に跪いた。
「儂が間違っていた。今日から貴方に学院長を任せる。許してくれ」
嘆く学院長。否、もはや元学院長と言うべき老人が権威の象徴である帽子を差し出し許しを請うている。学院の偉人たちも、顔も知らない借金取りたちも横一列に並んで跪いてひれ伏して――。
目が覚めた。
「…………」
サネモは目に入った天井を見つめる。
雨漏り跡があって黴が生え、質の悪い木材が使われた表面は毛羽立っている。隅の方には蜘蛛の巣まであった。
ここがどこだか分からず、しばらく考え込んだ後に、ようやく思い出した。
悪夢のような現実というものを。
「……くそっ!」
身を起こすと狭い部屋を見回す。
着の身着のまま自分の屋敷を逃げ出して数日が経過している。あれから幾つかの学院や、さらには私塾さえも巡ったが、どこも雇ってはくれなかった。見通しが甘かったと言えばそれまでだが、賢者の座を求める者は多くいるらしい。
「これからどうすればいい」
サネモはベッドの上で頭を抱えた。
一度にいろいろな事が起きて、疲れて焦って、これまでじっくり考えるどころではなかった。しかし、考えなければいけない。これから先をどうするかを。
手元に残ったのは僅かな金のみ。
食事は控えているが、あと数日この安宿に泊まれば金は尽きる。そうなるとここを追い出され路上で寝るしかない。何も食べられなければ残飯を漁るしかないが、行き着く先は――。
「行き倒れか……」
これまで、街の中でそうした者を見かけた事もある。無関心な気持ちで気の毒にと思った存在に今は自分がなりかねない。
背筋がゾクッとして身震いをした。
「いかん、もっと本気で真剣に考えねば」
現状は問題だらけだ。
まず資金が足りない、拠点もない。生きていれば生きているほど困窮していくばかり。早急に稼がねばならないが、元手もなければコネもない。
「読み書きを活かして商店で働くのも良いが……」
それも学院で横領の疑いをかけられた事が分かれば、即座に解雇され痛めつけられたあげくに叩き出される事は目に見えている。
「ならば兵士にでもなるか?」
それは悪くはない考えに思えた。しかし、多少の魔法が使える程度では下っ端になるだけ。しかも兵士など体力自慢の連中ばかり。そこに学識派の者が交じれば、上官や周りにいびられるのは目に見えている。
「贅沢は言ってられないのは分かってる。分かってるが、現実的に無理だな。そうなると……」
脳裏を過ぎるのはハンターという存在だ。
魔法文明の残した遺跡をあさり、そこから遺物を手に入れ売る連中。野蛮で乱暴な連中で、自分と対極にあると思っていた存在。
兵士よりも体力を必要とするが、少なくとも人間関係だけは安心だ。
「ああ、そうだ。これしかない、他にない!」
サネモは手で顔を押さえ、軽く笑った。
横領の罪を着せられた怒り。
研究費は流用したが、それは魔導人形の研究に使っただけだ。他の連中のように自分の財布に入れたりはしていない。
さらに、自分を裏切っていたフーリへの怒り。
どこの時点から始まったか分からぬが、新婚早々から泊まり込みの研究を勧めてきた事を考えれば最初からだろう。
「いいだろう、ハンターになってやる。なぜなら生きねばならないからだ。生きるために金を集めてやる。なぜなら奴らを見返さねばならないからだ」
激しい怒りが込み上げてきた。
「そして何より! この私が不幸になるなど間違っている!」
決意とともにベッドを降りると身支度を調える。
これから生きるためにハンターになって進むしかない。不安は幾らでもあるが、しかし歩きださねば何も始まらない。
「よし、行くとしよう」
サネモは大股で歩いて部屋を出る。
王都は認識していたよりも広く、城壁の内側には塔や屋敷といった、様々な建物が存在した。何より人が多く、年齢も見た目も様々な人間でごった返し、活気と喧騒と色彩に満ちている。
そんな景色を物珍しく眺めてしまう。
「…………」
この数年は研究に没頭し、屋敷と研究室の往復しかした事がなかった。ここ数日も気が動転して、さらに再雇用に奔走していたため、そんな当たり前の事さえ目に入っていなかったらしい。
自分がいかに狭い世界に生きていたのか思い知らされる。
だが、いつまでもぼんやり立っているのは目立って宜しくない。
学院関係者や学生に見つかって、学院で噂される事は避けたかった。何より万が一にも、借金取りに存在を気付かれてはならない。
「気を付けねばな」
人の流れに紛れつつ、しかし道の端を歩きながら古い記憶を思い出す。
ハンターは遺跡に赴いて遺物をあさるが、しかし遺跡そのものは国が管理している物件。勝手に行くことは許されない。未知の遺跡を探すにしても、手続きを踏んでいなければ、発見した遺物は取り上げられてしまうはずだ。
古代魔法文明の遺物には、極めて危険なものもあるため当然の措置だ。
そうした国の管理する遺跡に入るには許可が必要で、まずはハンターズギルドに行って登録をする必要があるのだった。
「さてと、ギルドはどこだったかな」
サネモは顎に手をやり、人でごった返す大通りを進んでいく。
通りを進みながら、何年か前にハンターズギルドに赴いた記憶を辿る。何の用事があって行ったのかは忘れた。その時に学院の馬車で乗り付けた事を懐かしく思いながら、身を隠しながら歩いていく。
何となく覚えのある目印の建物を見つける。
次の角を右に曲がって、その次を左。どこからか美味そうな匂いが漂い腹が鳴る。この近くで食事をした事も思い出す。道は間違いないと確信しながら進み、明るいレンガ色をした建物を見つけた。
木で出来た看板に金文字でハンターズギルドと記されてあった。
新規受付窓口と札の下がっている場所に向かう。
ふと思い出すのは子供の頃に熱中した英雄冒険物語だが、主人公が初めて冒険に踏み出そうとすると貧相な先達が絡んでトラブルになるのだ。
ただでさえ不安気分が、ますます不安になったが、幸いにして何も起きなかった。周りに何人か居るハンターらしき者たちは、ちらりと視線を向けてきただけだ。胸をなで下ろして窓口の前に立って呼び鈴を押す。
「はいはいはい、ちょっとお待ちください」
若い女性が気付いて、奥から小走りでやって来た。やや短い黒髪の、優しげな顔立ちの美人だ。ハンターに対する偏見もあって、こうした受付もどんな相手が現れるか心配していたが、生真面目そうな相手なので少し気が楽になる。
「依頼の関係でしたら奥のブースになりますよ」
着の身着のままとは言えど、上質な学者の服を身に着けているため、どうやらサネモが依頼に来たと思ったらしい。大いなる勘違いだが、まだ自分がそう見られている事に密かな喜びと安堵もあった。
「いや依頼に来たのではない。私はハンターになりに来た」
「えっ? ああ、そうなんですか」
「何か問題でもあるのかな?」
「ありませんけど……」
戸惑った様子で見つめてくる女性は、胸元の名札からするとユウカという名前らしい。少々態度が失礼ではないかと思うが、しかし堪えておく。相手はギルドの者なので、今後を考えると印象良くあらねばならない。
サネモは友好的な笑みをみせ、軽く肯いておいた。
「では登録をお願いできるかな」
「分かりました新人さんの受付ですね。文字は書けますか?」
「……当然だよ」
あまりに失礼な質問にも、なんとか堪えた。
「ごめんなさい。文字を書けなくて代筆って人も多いですから。確認するのが決まりですから。自分で書けるのでしたら申請書に――」
一枚の紙が目の前に置かれ、筆記道具が差し出される。
「名前を書いてくれますか。書けたらハンターの身分証明書を交付しますから」
「それだけか」
「貴方がどんなつもりでハンターになるか知りません。でもハンターは名前さえあれば誰でもなれる存在なんです。その事を忘れないで下さい」
「なるほど。それもそうだ」
サネモは頷き申請書に名前を書いていく。
その紙を見ながら、すでにユウカは手の平サイズの四角い金属に文字を刻んで書き写し――驚いたように手を止めた。
「サネモ? ……あぁっ、先生。サネモ先生じゃないですか!?」
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