リストラ賢者、古代の遺跡で至高の魔導人形を拾う
一江左かさね
第1章
第1話 サネモは全てを失ったのであった
「というわけで。魔導人形は古代魔法文明において一般的に使用されていた労働力であって、封入された魔力が尽きるまで動き続けるしかし待機状態で動きを止めれば何百年でも待ち続ける。つまり彼らは過去からのメッセージで贈り物――」
時計塔の鐘が鳴った。
賢者の集う学院で、サネモ=ハタケは手にしていた分厚い書を閉じ講義を終えた。
落ち着いた色合いの学位を示すガウン。軽くウェーブの入った短い黒髪。目付きこそ鋭いが、見た目はそこそこだ。学院に所属する賢者らしく知的で上品にまとまっている。
賢者として様々な知識に通じているが、その専門は魔導人形。
主流分野の学問ではないので、話を聞きに来る生徒たちも単位を貰う為に受講しているだけ。おかげでサネモは愛する魔導人形の事を好きに語って講義として、後は好きなだけ研究をしていればいい。
最高の人生だ。
「今日はここまでとする」
とたんに学院の生徒たちは一斉に講義室を出て行った。
――よし、質問もない。実に素晴らしい!
資料を片付ける。
心の中で今日の予定を思い浮かべ、研究室に揃えられた魔導人形たちの事を考えるだけ。しかしそこに声がかけられた。
「先生さんよ、ちょいと質問をいいかい?」
サネモは眉を寄せた。
質問という余計な事をされたからでもあり、問いかけて来た相手が生徒ではなく聴講に来ていたハンターと呼ばれる者たちだからでもある。
ハンターは遺跡と呼ばれる古代魔法文明の建造物に赴く者たちだ。
罠やモンスターを相手にしながら遺物を回収してくるだけに荒っぽい者が多い。実際に今もずかずか足音を響かせ近づく姿は粗野そのものだった。
ここを酒場か何かと思っているのではないかと勘ぐりたくなる。
賢者たる自分と対極に位置する相手に心の中で舌打ちし、それでもサネモは一応は友好的な笑みを浮かべておいた。こんな相手でも魔導人形の素晴らしさを理解したいのであれば、教えてやらねばならない。
「質問とは何かな」
「俺は魔導人形について知りたいんだが」
あいまいな質問だ。
質問をするなら、もっと要点を絞って具体的に何について知りたいのか言葉にすべきだろう。心の中で再度舌打ち。もちろん顔には出さない。
「知りたいとは、魔導人形の何についてかな?」
「連中の簡単な倒し方を知りたい」
「倒すだって……!?」
サネモは再々度心の中で舌打ちした。
この世に魔導人形ほど完成された存在はないと言うのに、それを破壊するなど信じがたい。全くもって思慮分別に欠ける連中だ。
「あー、倒すよりは支配した方が遙かに良いだろう」
「支配って、そんな事ができるのか?」
「もちろんだ。魔導人形には心臓とも言うべき核がある。身体に刻まれた真理の文字から核へと触れさえすれば、所有者を自分に書き換える事もできるわけだ」
「凄いな、捕まえて売れば金になるな!」
感心されるのは嬉しい。
だが、魔導人形を金としか見てない点はいただけない。まさに俗物。話をしているこちらまで同類に見られそうで嫌になる。
「世俗的にはそうかもしれない。だが支配するには上手く魔術を使いこなさねばならない。下手にやろうとすれば逆に精神を焼き尽くされる危険もある」
「意味ねえじゃん」
不満そうにするハンターの顔に、してやったりという気分だ。
サネモは少し溜飲を下げた。
「もしも魔導人形を。それも古代魔法王国で名を馳せた三大工房、ヘルメトリス工房、ソロン工房、そしてメルキ工房。この辺りで造られた魔導人形を見つけたら私に教えるといい、何とか――」
そこに事務員がやって来た。
円卓の間に向かうよう告げられ、サネモの気持ちが高まった。
学院のトップが集まる場への呼び出しは、それだけでも名誉で嬉しくなる。しかもハンターの男が驚き感心するので自尊心も満足させられていた。
緩みそうな口元を苦労して抑え、さも残念そうな顔でハンターに頷いてみせた。
「楽しい話だったがすまない。ここまでにさせて貰おう。なにせ円卓の間に行かねばならないのでね」
にやけ顔を抑える事に苦労する。
円卓の間は、学院における重要な決議が行われる場所。そこに呼ばれるという事は何か特別な話があって当然だ。
成果が認められ称賛され報酬が出るか研究費の増額、学院での位階が上がる事もありえる。ひょっとすると全部かもしれない。なにせ十代で賢者に選抜されたほどなのだから。
重厚なドアを二回ノック。
「失礼します」
知恵の宮殿とも言える部屋に足を踏み入れる。
壁一面の書架には稀覯本が満ち、それに見守られる万年樹の巨大なテーブルと学院上層部の賢者たち。ここに来るだけで、本当に名誉なことだ。
「お呼びという事ですが、どのような御用件でしょうか」
晴々しい気分、清々しい空気。
期待に胸を膨らませるサネモに、豊かな白髭を蓄えた学院長は厳かに告げた。
「君を解雇する」
「……は?」
何を言われたか分からなかった、分かりたくなかった。
辛うじて喉から言葉を絞り出すが、それが上擦る事だけは抑えられない。
「何故です!?」
「我が学院内で研究資金が私的流用されている形跡があった。つまり横領ということだね。しかも大規模に。それについて調査した結果、君の関与が疑われた」
「大規模だなんてありえません。私は無実です!」
「調査結果だけでなく、君の友人たるゲヌーク君も証言をしてくれている」
「それは誓って私ではありません! 」
研究費の流用をしてないとは言えない。
だがそれは自分の懐に入れず魔導人形研究に使っている。多少は飲み食いをしたかもしれないが、他の賢者どもに比べれば微々たるものだ。
間違いなく無実だ。
「不正をした者は、皆そのように言うものだよ」
学院長は白髭を撫でながら呟いた、他の上層部も首肯している。
顔が熱くなるのは、怒りか恥辱か、その両方か。サネモ自身にも分からない。とにかく、円卓の間に揃う者たちの失笑が作用している事だけは確かだ。
「どちらにせよ、これ以上調べたとして誰も得はしない。君を解雇するが、君が盗んだ研究費については見逃してやろう。さあ学院から去りなさい」
「ですから私は――」
言い募るが学院長は聞く耳を持たない。どれだけ言っても信じて貰えない。それは抜け出せない泥の中で藻掻き苦しむ気分だ。
どうして自分だけ、と悔しさだけで呼吸が荒くなる。
「我が学院の者が不正に関わったとなれば、世間から何を言われる事やら。そして我が学院に、そのような噂はあってはならないのだよ」
「…………」
ふと思い出す。
それは学院長の長年の功績に対し、王国から爵位が与えられる話だ。
つまり、こんな時に学院内で不正の噂があれば学院長の授爵が立ち消えになるかもしれない。だから疑わしき物を罰して真の犯人への警告として、ここで早急に幕引きをしたいのだろう。
サネモの胸中に激しい感情が沸き起こる。
それは怒りであるし憤りでもある。堪えようとするが、堪えようとするほど強くなる。もはや抑えきれない――。
「何が温情だ! 私は無実だ! もういい! こんな学院など、こっちから願い下げだ! この馬鹿者め!」
万年樹の机に叩き付けた拳の痛みより、学院長の驚いた顔でスッキリした。
警備兵が差し向けられる前に、サネモは怒りのまま行動した。
幾つかの身の回り品と研究成果をまとめた資料を持ち出す。後は学院の魔導人形に細工をしたり、設備が故障するようなせせこましい嫌がらせもしておいた。
「なんて奴らだ!」
学院を後にしながら、サネモは憤る。
胸中で渦巻く怒りは少しも収まっていないが、しかし現実を見失う事はしない。学院に籍がなければ、別の場所で魔導人形の研究をせねばならない。
「まあいいだろう。あんな学院以外にも学び舎は幾つもある」
そこで研究を続ければ別に良い。どこに行くかはゆっくり考えるとして、さしあたってするべき事は、妻への説明だ。
妻のフーリは知人の紹介で、昨年迎えたばかりである。
物静かで大人しく理解力のある女性で、サネモが研究室に何日も泊まり込んでも嫌な顔一つせず、もっと研究に励んで構わないと言うぐらいだ。
今回の件もきっと理解してくれるに違いない。
気分を切り替え自宅に戻った。
「おい、何をしているんだ?」
門のところで、大荷物を抱えた下働きのトオサが立っていた。
「お帰りなさいませ旦那様。いいえ元旦那様でしたね」
「なんだと? 相変わらず失礼な馬鹿者め。まあいい、元とはどういう事だ」
「何もご存じない、はぁーっ。相変わらずですね、元旦那様はお目出度い。自分の荷物を取りに来ましたが、借金取りが来る前にお会いできて良かった」
「ちょっと待て、借金取りだと?」
「ええ、そうですよ。その前におさらばしませんとね。元奥様のこしらえた借金で鉱山送りなんてご免こうむりますんで」
サネモは目を瞬かせた。何をバカな事を言うのか、と怒りたかったが、顔が強ばって上手く声が出せないで居る。なんとなく嫌な予感がする。
「それでフーリは……?」
「とっくに逃げましたよ。しかも男の元に」
「はっ!?」
かなり前から妻のフーリは男を屋敷に呼び入れていた、とトオサは言った。サネモが学院に泊まり込んで研究をする間に、屋敷で情事を繰り広げていたというのだ。
言葉も出ない。
「…………」
「借金の返済期日は今日までだそうです。ああ、いけませんね。そろそろ借金取りが来る頃ですな。では私はこれで。元旦那様も早く逃げた方が良いですよ」
すたすたと去って行くトオサの姿を唖然として見つめる。
「……はっ!?」
ややあって我に返ると、屋敷の中に駆け込む。あちこち探してみると、今のテーブルにあった一通の手紙に目を通す。間違いなく妻の字だ。
「真実の愛を見つけた……だと? 何だそれは! ふざけるな! 馬鹿者め!」
怒りのまま手紙を破り捨て、手の中で丸め、床に叩き付け、踏みにじる。
その激情が収まったところで、再度我に返ったサネモは屋敷の金庫の元に走った。妻に裏切られた事実よりも、まずは生きていく為の金が先に立つ。
空っぽだ。
呼吸が乱れて荒くなり、頭から血の気がひいていくのを感じる。
「待て慌てるな。まだ慌てる時ではない」
自分に言い聞かせながら向かうのは二階の寝室。
絨毯の下にある隠し金庫には、結婚前に貯めておいた貴金属がある。いつかは告げるつもりでいたが、その機会を逸していた事が幸いし――。
空っぽだ。
「あの女があああっ!」
綺麗さっぱり何もない。
抜け目ないあの女はここまで全部かっさらっていったらしい。頭の中が真っ白になり、何をどうして良いのか分からない。思考がまとまらず、空気を求めるように口を開け閉めさせるばかりだ。
その時であった、階下から乱雑なノックの音が聞こえてきたのは。
「来たっ!?」
悲鳴をあげた口を押さえ、恐る恐る窓から様子を窺ってみれば、見るからに危険な雰囲気を漂わせる男たちが集まっていた。
間違いなく借金取りで、荒々しい口調でドアを開けろと叫んでいる。
ノックの音が激しくなる。
いや、もうノックではなくドアを打ち破ろうとしていた。
思考はまとまらないが、ここに居ては拙い事だけは分かる。
借金をしたのは妻で、サネモはその夫。借金を回収する相手としては、とても相応しい相手ではないか。捕まれば間違いなく酷い目に遭うだろう。
「拙い拙いぞ。これは拙いぞ……」
追い詰められる感覚に、心の中で何かのタガが外れていくのを感じる。
階下でドアが破砕される音と同時に、身を翻し裏庭側へ移動。魔法で身体能力を活性化。窓から飛びだす。普段からは信じられないぐらいの判断であり行動だ。
屋根を走って蹴って、隣の家の敷地へと飛び込む。
とにかく必死だ
あとは振り返ることも無く、一目散に走って逃げた。
こうしてサネモは全てを失ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます