泣いていい店 泣ける店(仮称)

阿滝三四郎

泣いていい店 泣ける店(仮称)

 いつの間にか

泣いてもいい店という評判がたち、一週間に2人は、泣いて帰るお客様がいる。


 ここは、どこにでもある普通の居酒屋、コロナ過でなければ

大学生の新歓コンパ・新社会人の歓迎会・同僚との一杯・普通のカップルから、お年を召した方々のサークル仲間まで、多種多様なお客様が来店をして、喧騒の中、お酒を酌み交わしている。

そんなお店だった。


 コロナ過となり、めっきり団体で、お酒を楽しむ風景も見なくなってしまった。

その代わり、広々とした店内の片隅に『泣きたい』お客様用のスペースを作った。


 一人で、ご来店を条件に、気が済むまでご利用いただけるサービスを始めたのだった。

 誰かに話を聞いて欲しいと思った時には、60代の誰にでも好かれそうな男性スタッフを聞き役として無料でサービスしている。




 26歳だという男性が来店した

注文をした瓶ビールの瓶を傾けながら、注ごうかやめようか

ビールが温まるのでないかと心配するほど、瓶を強く握って同じ動作をしていた


見かねた、店のオーナーが、男性スタッフに、男性客の前の席に座るように指示をした



「ビール、注いでみませんか?」

と、男性客に声をかけた


始めはビックリしたような表情になり、そして我に戻ったような表情に、顔つきが変わった


「どうされました?私、ここに居ていいですか?」


小さく男性客は頷いた


「それでは、お客様が落ち着くまで、ここに座っていますね」




その後、二人とも無言のまま席に座ってから、30分が過ぎたころ

やっと、男性客はビールをコップに注いだ

泡もたたない液体がコップの淵まで注がれた



その後は、目線をコップに合わせて、何かを考えている時間が続いた



突然

男性客は、そのコップの飲み物を一気に口に運び

Yシャツに掛かる勢いで、中身を空っぽにした




「今から6年前の大学2年の時、彼女と出会ったんです」

と、ぽつりと言った

聞き役のスタッフは、相槌も打たず、微動だにせず、聞いた



「彼女も僕も同級生で、同じゼミで親しく・・・。一緒に、レポート書いて・・・、お互い惹かれて、付き合うようになった・・・」

と、小さく細切れの様に話をした




しばらく黙っていたが、男性客は意を決したように、話をし始めた。


「お互い大学を出て、僕は会社員に、彼女も違う会社で会社員を、し始めたんです。そして2年の時が経ったとき、彼女に乳がんが見つかったんです。もうそろそろ、結婚という雰囲気になって、彼女が、がん検診を受けると言って、色々な検診を受けたんです」



「がんの転移もわかって、再度精密検査したら、乳がんの他に、リンパ節と肺に」



「あの日から2年の闘病には勝てず、1週間前に旅立ったんです」


「二人で話をして、親もわかってくれて、結婚は出来たんです。だから妻として見送ることができたんです」





目に涙を浮かべて、上を向いて彼はこう言った

「泣いてもいいんですか?」


「ここは、そういう場所です。思い存分どうぞ、誰に気兼ねすることはありません」

彼が来店をして3時間、やっと会話が成立した


そして、こう続けた

「人前で泣くことは恥ずかしいことではありません。その涙を受け止めるために、私はここに座っています。誰にあてて、泣くのかが判らなくなったら、私に向けて泣いてもらって構いませんよ」



それを聞いた男性は

大粒の涙を。そして今まで男として、しまい込んでいた心の内を、さらけ出すように、大きな声で泣き、居酒屋の広い空間を席巻するように、男性の泣き声が木霊した




 店内で呑んでいた、2組の客人は、突然のことにビックリした顔つきになり、どうしたらいいのか、解からないという表情をしていた。

 すかさず、オーナーと他のスタッフが、各々のお客様の元に走り寄り、趣旨の説明が、書かれているリーフレットを渡して、説明をした。


2組の客人は、納得をして、今度使わせてもらうよ と言って、笑って話をしていた




「やっと、泣けました。1週間、仕事を休み、お通夜に始まり、葬式と、彼女のご両親への挨拶や、色々な事で、まるっきり自分の時間がなかった。明日から仕事に復帰しなければならない。今日、ここに、来れて良かったです」


「いいえ、こちらこそありがとうございました。ここを選んでくれて本当にありがとうございました」




「ビールもう一本いいですか?」

「はい、お待ちくださいね」

「あ、コップを、もう一つお願いします」

「わかりました」


新しい瓶ビールと新しいコップを二つ用意して

男性の前に置いた




「あの」

「はい」

「一緒に、ビール呑んでもらっていいですか?」

「こんなジジィとですか?」

「はい、是非お願いします」

「では、お言葉に甘えて」




「明日から仕事ですね」

「はい」

「いつも奥様が見守って助けてくれますね」

「そうですね」

お互いのコップに、ビールを注ぎながら、そんな話をした




そして

二人は、コップを掲げた

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泣いていい店 泣ける店(仮称) 阿滝三四郎 @sanshiro5200

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