ルーツ オブ アルターステラ

アルターステラ

僕の出自

第1話

 これは今から7年ほど前の、僕の忘がたい記憶の断片だ。


 僕の生まれた村はとても貧しかった。井戸を掘っても水が出ず、村から5kmほど離れた所に毎日徒歩で水瓶を持って水を汲みに行く。作物を育てる為の水も不足がちなので、年間を通じて作物の育ちが悪く、村人を養うことも足りくなるほどだった。村の生活を支えていたのは必然的に採集や狩猟だった。森での木の実や野生のヤムイモの採集、昆虫や爬虫類、鹿やうさぎ、猪、雉が運良く狩り取れた場合は、村人全員で感謝しながら分け合って食べた。村の近くにその小さな森がなければ村人たちはとっくに飢え死にしているし、耐えきれずに他の土地を目指して移住を試みていたかもしれない。幸か不幸かギリギリでも生活できていたことが、その村の口減らしの慣習を育ててしまったのかもしれない。

 口減らしとは、生を受けて7度目の誕生月までに婚約を結ばない者は、一生結婚をせず村の汚れ仕事と言うべき役回りに生涯に渡って従事する。汚れ仕事を肩代わりする存在がいれば、肩代わりをしてもらい、村を出ていくこともできる。そういう決まりだった。

 母様はもともと体が丈夫な方ではなかったと父様から聞いている。僕は生まれた時に母様に大きな傷害が残り、物心着く前、僕が2歳になる前に母様は他界した。僕自身にも影響があり、病がちな僕を父様は男手一人で育ててくれた。父様は毎年欠かさずに母様の命日と誕生日には母様の好きな花と好物を一緒に3人分用意するほど、母様を深く愛していた。父様は村で腕利きの猟師だった。病気がちの僕を育ててこれたのも、村を支える狩猟の腕があってこそだった。


 村には僕も含めて同年代に5人の子供がいた。僕以外は至って健康で、早くから婚約相手はほぼ決まっていた。体の弱い僕が7歳までに婚姻を結ぶには、体の弱さを克服するか、下の世代の誰かと婚約を早めに結ばせるほど認められるしかなかった。

 体が弱く、力も同年代の誰よりも劣る僕だったが、頭は悪くない方で、幼いながらそんな村のしきたりとそうせざる負えない村の状況を何となく理解していた。僕は早起きして家の用事を済ませると、村の長老家に小間使いとして雑用をこなしていた。小間使いの対価として、長老家にある唯一の蔵書を読むため、大叔母様に文字の読み書きを教わっていた。その甲斐もあって、若干5歳にして本を読み理解できる程度には、文字の読み書きができるようになっていた。読み書きできるのは大叔母様を入れても村内で片手で数えられるほどしかいない。村にはそれほど余裕がなかった極限の村だった。そして、ほとんどの大人も文字の読み書きができないことが、僕と父様を追い詰めることになった。


 ある日、僕が5歳になる頃だ。父様が大きな怪我をした。


 猟に出かけた父様の帰りを炊事をしながら待っていた。3畳ほどの僕と父様の家。いつも父様は夕日が赤くなる前に猟から戻ってくる。日が沈めば獲物を獲るための道具を無くしたり、見えない暗がりから襲われる危険が増える。捕れても捕れなくても、夕日が染まる前に戻ってくるのが父様や村の猟師男衆の習慣だった。

 その日は夕日が赤く染まり始めても、まだ父様が帰ってこなかった。日が刻々と沈みゆく茜色から紺色に移りゆく空。不安に駆られ家の前に出て風の音や虫のざわめきに耳を澄ます。遠くに数人がかりで、何かを運ぶ人影が見えた。それはどんどん近づいてきて、家に血だらけの父様が担ぎ込まれた。

 「血が止まらない。この深手ならもうダメだ。今日が山だろう。」大人たちからそんな言葉が聞こえてきたが、僕は諦めきれず、持てる全力を尽くして父様を看病した。


 傷口を圧迫するために服を結び合わせて紐状にして肩から斜めに5歳の手と足で踏ん張ってキツく結んだ。父様の呻き声なんてこの時初めて聞いた。聞きたくなかった。少し血の滴る量が減った気がする。沸かしていたお湯に布切れを入れて、濡らした布切れで父様から血を拭きとった。体のあちこちに擦り傷などはあったが、深刻な外傷は肩だけだった。応急的な圧迫により、止血はうまくいったようだったが、まだ予断を許さない状況が続いていた。高熱が出ていて呻き声をあげる父様を、何とか痛みの少ない体勢にする頃には辺りは真っ暗だった。

 不安と焦燥感に駆られながら、一晩中父様の額や体に吹き出る汗を拭き、沸かして冷ました水を飲ませ、かまどに薪をくべて消えないようにした。父様、死なないで、父様、僕を一人にしないで、父様、父様、父様、父様

 夜明け頃に父様の容態は少しだけ落ち着き、僕も父様も気を失うように眠っていた。



 その日は夢を見た。ひたすら走る夢。何かに追われているのか、何かを追いかけているのか、ひたすらに走る。必死に走って足が血だらけになっても必死に、必死に。誰かの後ろ姿が見えてきた。走り続ける僕がその後ろ姿に全く追いつけない。僕は手を伸ばし、その後ろ姿に追いすがる。ふとその背中が振り返る。その人は

















 父様!!!!



 その瞬間、全身に冷や汗を纏いながら覚醒していた。喉がカラカラでしゃがれる声で父様を揺すり起こそうとした。低い呻き声が鼓膜を揺らす。手に伝わる父様の体、酷い熱。額の濡れ布を取り替え、汗を拭く。水を飲ませ、消えかけたかまどに薪をくべる。できることをひたすらやるしかない。昨日食べるはずだったトウモロコシの粉で作ったパン。鍋のお湯にパンを溶かして、ドロドロの液体にする。僕が伏せている時によく父様がしてくれたトウモロコシ粥だ。ほとんど液体になるまで大量のお湯で薄め、匙で父様の口に垂らし入れる。少し咳き込み呻くが父様も必死に粥を飲み込んでくれる。粥が幸を奏したのか、父様の苦しそうな表情は少しだけやわらいだ。

 薪を増やし、家を温めてから僕は家を飛び出した。怪我や擦り傷に塗り込むヨモギが生える場所を知っていた。手籠を持ち疾走する。喉がカラカラで咳き込んでも走り続けて、ヨモギが生える薮に駆け込んだ。手当たり次第にヨモギをむしり取り、手籠に載せて、また来た道を走る。父様、父様、父様

 家に着きすり鉢でヨモギをすり潰しては父様の肩の傷口にのせて布で結び。その布の隙間にヨモギを乗せ足していく。脱水症状になりかけ、グラグラと視界が揺れてきたが、ヨモギをすり潰す手を止める方が怖かった。今父様の看病をやめてしまったら、父様が死んでしまうと思った。とってきたヨモギをすり潰し終えて、やっと水を口にした。父様は痛みとの格闘に体力を使い果たしたのか、気絶するように眠っている。もう水がない。水源まで水を汲みに行かないと。父様、待っていてください。お願いです、父様

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