坂田金時の願い

仁志隆生

坂田金時の願い

 むかしむかし、ある所に金太郎という子供がいました。

 金太郎は雷神と山姥の子供とも言われていて、とても大きく力も強く、熊と相撲を取って勝ったり大きな木を切り倒して橋をかけたりしていました。

 それを見ていた旅の侍が金太郎に声をかけました。

「自分と一緒に都へ行って、主である偉い武将の家来になってくれないか?」と。

 それを聞いた金太郎は武士になれると喜んで着いていきました。


 そして都に着いた金太郎はその偉い武将、源頼光に「坂田金時さかたのきんとき」という名をつけてもらいました。

 やがて大きくなった金時は、源頼光や他の家来と一緒に山に住む酒呑童子という恐ろしい鬼を退治しました。

 金時はその後も頼光の家来として一生懸命働きました。




 何十年か経ったある日、金時は九州にいる賊を倒しに行くように命じられました。

 その途中、美作のとある村にある寺に立ち寄った時でした。

「もう儂も歳なのにのう。まったく人使いの荒い主だわい」

 寺の縁側でそう呟いていると家来が側に来て、近隣の村人達が何やらお願いがあって来ていると言いました。

 なんだろうと思った金時は、すぐさま連れてくるように言いました。

 家来は全員は無理だからと村長だけ連れて来ました。


「村長殿、儂に頼みとはなんだ?」

「は、はい。実はこの辺りに恐ろしい化け物が住み着きまして、皆殺しにされたくなければ生贄に若い娘を差し出せと言うのです。そんなことは飲めんと村の若者達が化け物を退治しようとしたのですが……」

「何? まさか、全員が?」

「いいえ、残念ながら一人死にましたが、後は怪我をしつつもなんとか逃げ切りました。その一人、儂の孫は生贄に選ばれた娘との祝言が決まっていたのに、ううう」

 村長は途中で泣き出しました。

「……お悔やみ申し上げる」

 金時は目を閉じて手を合わせました。


「あ、ありがとうございます……話の続きですが、その後儂らはご領主様に訴え出たのですが、何もしてもらえないのです。それでもう村を捨てて逃げようと話していた時、坂田金時様がこちらに来ていると聞いて、天の助けだと思うてお願いに来たのです」


「よし分かった。儂がその化け物を退治してやろう」

「あ、ありがとうございます。これで孫も浮かばれます……ううう」

「それで、化け物はどこにいるのだ?」

「この近くの山です」


 金時は家来達に村を守るよう命じ、自分一人でその山に向かいました。




 もう日が暮れようという頃、金時は山の麓に着きました。

「む、怪しげな気配がするな……出てこい化け物!」

 金時が叫ぶと、どこからともなく恐ろしげな声が聞こえてきました。


” ほう、今度は老いぼれ一人か。死にたくなければ去れ ”


「そうはいかんな。この頼光四天王が一人、坂田金時が相手だ!」


” 何? ということは酒呑童子を殺した者達の一人? そうか ”


 化け物が姿を現しました。それは八つの頭がある山のように大きな蛇でした。


「ぬ、これはまたなんと呼べばいいのか」

「冥土の土産に教えてやる。我が名は八岐大蛇だ」

「な、何? 八岐大蛇はたしか、素戔嗚命が退治したはずでは?」

「知っていたか。その通りだがなんとか逃げ延びたのだ。その後あちこちで生贄を食らって力を蓄え、都へ攻め上る機を伺っていたのだ」

「させるか。村長殿の孫や多くの者達の仇も討つ」

「仇というなら、ワシも息子酒呑童子を始め多くの同胞の仇を討たせてもらうわ」

「な、なんだと? 酒呑童子がお前の子?」

「そうだ。潜んでいた先で会った人間の女との間に生まれたのが、あやつだった」

「無理やり孕ませたか、外道め」

 金時が八岐大蛇を睨みながら言うと、

「ふん……あの女は傷ついたワシを怖がりもせず手当てしてくれて、親切にしてくれたわ。こんな化け物をなあ」

「え?」




 ワシもあの時ばかりは人間にもこんな美しい心を持った者がいるのかと、涙したものだ。そしていつしか惚れてしまい、子を授かった。

 その後ワシは女と子を置いて去った。

 ワシがいては二人が平穏に暮らせぬと思ったが……酒呑童子は体が大きく鬼のように見えたせいかどこへ行っても嫌われ追われ、ついには本当に鬼と化し、大江山に住んで同じ目に遭っていた者達を集め、都を攻め落とそうとしたのだ。




「……そうだからと言って、悪行を許すわけにはいかん」

 金時は鉞を構えて言います。

「何が悪行だ。どれも人間達が我らを害した報いであろうが」

「な、なんだと?」

「我らはこの大八洲で平穏に暮らしていたのだ。だがある時どこからともなく人間共がやって来て我らを追い払い、あるいは捕らえて殺した……だからワシは力を蓄え、人間を滅ぼしてやろうと思っていた矢先に素戔嗚命に敗れた。その後はさっき話した通りだ」

「……その話が本当なら、少しは同情する。だがやはり」


「貴様、よく見ると我が子と同じ生まれのようだな」

 八岐大蛇が金時を見つめながら言います。

「む? ああ、儂の母は山姥だ」

「ならば我が同胞のようなもの。どうだ、ワシと共に都を落とさぬか? そうすれば仇は水に流そう」

「断る。儂は人間だ、人々を害する者は許さん」

「その人間共の一部はワシに恐れをなして、生贄を食らうのを見て見ぬ振りしていたぞ」

「何? まさか、この辺りの領主も?」

「そうだ。領民はいくら食らってもいいからと、醜い顔で命乞いしてきおったわ。そんな約束をワシが守るはずなかろうに、本当に醜い奴だな」

「お、おのれ……」

「もう一度言おう。どうだ、ワシと共に来ぬか? そうすれば子供くらいは見逃してやってもいいぞ。ふふ、同胞との約束は守るぞ」

「……いいや、やはり儂はお前を討つ」

「そうか。では貴様を食らった後、人間共を皆殺しにしてやるわ!」


 金時と八岐大蛇の戦いは、それは凄まじいものでした。

 

 金時は得物の鉞を振るって八岐大蛇の頭を四つ切り落としましたが、やはり若い頃のようにはいかず、そこで息を切らしてしましました。


「お、おのれ、素戔嗚命ですらワシを酔わせて倒したというのに、素面のワシをここまで傷つけるとは、奴より強い」


「そ、それは光栄だな。ぐっ」

 金時は力尽きたのか、膝をつきました。

「ふふふ、そこまでのようだな。では死ねい!」

 八岐大蛇が金時に噛みつき、その血を吸い始めました。

「ぐおおお!」

 金時が気を失いそうになった時、ふと昔のことが頭に浮かんで来ました。




 金太郎、あんたがあたしのお腹の中に居た時にね、夢を見たんだよ。


 へえ、どんな夢?


 雷神様がね、生まれてくる子に自分の力を授けるって言ってあたしのお腹に入っていったんだよ。だけどその力は一度使ったら二度と使えないから、本当に困った時に使いなさいだって。


 うんわかった。




「ただの法螺話と思っていたが、二度と使えないのはおそらく、とも思った……」

 金時は痛みを堪え、なんとか鉞を掲げます。

「ん? 何をする気だ?」

「雷神よ、今こそその力を!」

 金時が叫んだ時、天から凄まじい轟音と共に雷が落ちてきました。


「な、ぎゃあああー!」

 そしてその雷が八岐大蛇に当たり、その体を焼き尽くしました。


” お、おのれ……だが、いつの日かまた蘇り、今度こそ人間共を…… ”

 八岐大蛇の声が聞こえた後、燃え尽きた体が灰となり、風に吹かれて消えていきました。


「そ、その時は、誰かが倒してくれる、今度こそ……を」

 金時はそう言った後、気を失って倒れました。

 


 

 そして様子を見に来た家来が驚き嘆きながらも金時を寺へ連れて帰り、懸命に手当てをしましたが、金時は目を覚ますことなく息を引き取りました。


 その後村人達は神社を建てて金時を祀り、ずっと感謝の気持ちを忘れずにいたそうです。

 だけどいつの頃からか八岐大蛇を退治した事が忘れられ、今では病になって亡くなったと伝わっていました。

 それは何故なのか分かりません。


 ですが金時はそれでも誰かがいつかきっと八岐大蛇を、いいえ……を退治してくれると、あの世でずっと願い続けているでしょうね。




 終

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