第4話 予期しない訪問者

 しばらく五人は和やかな時間に包まれる。


 ゆうはワード、ルピーと同じ目線にまで体勢を崩しながら頭や身体のふさふさした部分をこれでもかと撫でまくり、目を輝かせる。

「梟のスーちゃんも見に行こうよ」


「スーもかぞ、きゅ、もる」

スーは綺麗な羽根を広げた。


「みんな同じ気持ちだねっ!」

スーを抱えて羽根を上から下に優しく撫でる。


動愛家にとって今日は最高の日になった。




はずだった……




『ガシャーンッ!』


 一階から何やらものすごいカン高い音がした。 ゆたかは再度ポケットに手を入れ、メスを握り階段をすべるようにおりて院内を見回す。


「なんてことだ」

 

 入口の扉のガラス部分が割れていて、散乱した破片に日差しが乱反射しては豊の視界の邪魔をする。ようやく視界が落ち着くと、それには赤い液体の付着が見えた。 そこから床に名書道家が描いたような赤い一筆書きの筋が奥の院長室へ続いている。豊はそれをなぞるように追いかけ、おそるおそる院長机の裏を見た。


 その瞬間。

 大きな影が襲いかかり、豊を勢いよく押し倒す。


「お前! 治せ!」


 そう言い放った大きな影は腹部の穴からドバドバと赤い液体を垂らしている。


めぐみ~っ!」


これは重症だ、すぐに処置しないと死んでしまう! 豊は襲われたことより、この命の灯火を消してはいけない! 淀みない純粋な獣医師としての信念が彼の身体を突き動かす。


 すぐ検査台に大きな身体を寝かせる。恵も院内に入った瞬間、自らのするべきことを理解し戦闘服に身を固め、豊の隣に立った。


 恵が指示を受ける前に流れるような動きでCT検査を行い、結果を手渡す。


「臓器は傷ついていないな。よし、あとは少し異物があるから先に洗浄して縫合に入る」


 恵が麻酔を手渡し豊が処置する。その後、ありったけのガーゼを集めて無惨にも開けられた穴を洞窟を塞ぐかのように圧迫する。


「よし! そろそろ麻酔が効く時間だ」


 豊は手際よく洗浄作業を行い、その後に破損した血管、筋肉、皮膚の順に縫合していく。集中力を切らさずできるだけ慎重に。無駄な動きは全くない。それでも全てが完了し、時計を覗き込んだら四時間が経過していた。


「なんとか小休止だ。これで一命はとりとめるだろうが、血液検査をして輸血をしなければ」




「さあ、いろいろ詳しく教えてもらおうか?」

 緊急手術から一週間経過し、ようやく意識を取り戻した優と同じぐらいの重さのそいつに向かって、豊は院長の特等席に座りながら話しかける。


「友を助けた結果だ」


 黙って聞いていた豊は、そいつの傷跡を軽くたたいた。

「グガッ……」

「そんなことはどうでもいいんだよ、まずは名前からだろ?」

 豊は人間と同じ扱いをする。

「俺はフルだ。種類はお前らに品種改良されて生まれたドーベルマンだよ」


「そんな揶揄るなよ。改めて、おれはここの院長だ。で、お前は俺たちも襲うつもりか?」

 豊の隣にはゴールデンレトリバーのワードも臨戦態勢で控えている。


「助けてもらってそんなことはしない。おれは曲がりなりにもこの辺一帯の長だから」

 豊は家族を襲うなら、殺さないといけないと腹をくくっていたが、まずはそれをしなくていいことに安堵する。


「長っていうのはどういうことだ?」

 こいつをよく見ると、無数の傷痕があるし、確かに何処と無く威風堂々としている。


「そのままの意味だ。山田町の廃工場が俺たちの根城ねじろだ」

『そういうことか、群れていてその長がフルか。山田町ならここから歩いて五分ぐらいだな』

 豊が思考を加速し始めると、ワードは臨戦態勢を解除し、冷たい床に腹をつけて寝そべった。


『ならば、いっそ全員と会っておきたいな。他に傷ついているのもいるかもしれない』

 豊はお気に入りのモカコーヒーを一口飲む。


 一週間の間に、まためまぐるしく世界が変わった。


 ペットに愛情を注いでいた家族は会話ができるようになり泣いて喜ぶ。

 ペットを虐待していた家族は仕返しをされた。家から逃亡して仲間を引き連れてやり返しにくるらしい。  

 家の中の服は引きちぎられ、ガラスや食器も割られ、ベッドはふんだらけ。まさに踏んだり蹴ったりだ。

 おそらくだが、フルはその犬族の長なのだろう。


「工場に犬以外もいるのか?何人ぐらいいるんだ?」

 またモカコーヒーを飲む。やはりこの香りが落ち着く。


「おれはもともと捨てられて野良の長だった。そこにどんどん集まり今は同族が百はいる。猫は五十ほど」

 艶のある黒い毛並みが口を動かす度に白く輝く。


「そんなに集まってるのか! 食事は足りてるのか?」

「残飯や廃棄弁当を狙ったり、買い物後の荷物を奪ったりしてな」

 そのとき、ワードとフルの耳がふと入り口側を向いたようだったが豊は気にとめなかった。


「じゃあ、フルが長なら一度友人全員に会わせてくれないか? 動愛家の家訓は『動物も家族だから大切に』なんだ。食べ物問題もあるだろ?」


 優は扉の裏で聞き耳を立てていた。

 だいたい把握できたのですぐに自宅の玄関に戻り、いつもの装備を全て装着する。


「犬さんも猫さんもいっぱいいて困ってるならわたしが助けてあげないといけないよね」

 そう独り言を呟いた後、よしっと腕を上げて玄関から勢いよく飛び出した。

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