第2話 熊と蛇

 一頭の熊は考える。


 最近は比較的暖かく、あんまり冬眠する必要もないのではないか?


 ここのところ森の木々は人間によって跡形もなく伐採されてしまった。わずかに残った森に逃げ、見渡してもその森にさえ餌になる木の実などは見当たらない。


 ふと森から平地を見下ろした。明かりがある。人間たちは食料に飢える俺たちをよそにぬくぬくと生活している。


 忌々しい人間どもめ……


 山奥で静かに暮らしているつもりだった。木の実や筍を食べたり、鹿を食べたり。でも人間はこちらの領域テリトリーに侵入してくる。しかも入ってきては筍や山菜を取っていく。

 こちらの領域テリトリーを、侵害してくるなら、こちらも同じことをしてもいいだろう。

 よくよく考えると人間も鹿と同じくらいの大きさではないか。

 

 ある朝、一人の人間を発見した。キョロキョロしているからおそらく集団からはぐれたのであろう。

 こちらの領域テリトリーに侵入してきた人間。

 襲ってみよう。

 制裁が必要だ。

 人間に向けて後ろから、腕を振り上げる。


 男は自分より大きな影に気づいて後ろを振り返る。

「ぐあぁっ、あ、あ……あ……」

 人間はもろくも血を流して動かなくなった。

 あっけないものだ。


 熊は試しに人間を捕食してみる。古くなったら美味しくない場所から順に。非常に美味だ。手足は残しがちになる。


『次のニュースです。北海道で熊が人間を襲って連れ去った模様です。周辺の方々はくれぐれもお気をつけください』

アナウンサーの口は乾燥している。


 この一連の模様を見ていた一匹の蛇は考える。


 熊はよく四肢を残す。鹿を襲うときもそうだ。ただ、絶対に自分の住処近くに隠す。

 あれを譲ってもらえないだろうか? 量的には四肢で充分だ、四食は満たせる。

 次にあの熊が人間を襲うときに手伝いをして、おこぼれをいただけるか試してみよう。


 熊はあの味が忘れられない。

 なんと言うか、ほどよくついた肉の脂身と野菜の香り。下ごしらえなしなのに、既に用意万端の味をしていた。


 蛇は熊の様子を念入りに観察して過ごす。

 そして、その時が来た。

 熊の視線に集中し先回りする。山菜を奪いに来た人間たちを見つけた。

 蛇は堂々と人間の前に姿を見せ、尻尾を細かく震わせ音を発しながら舌を出して威嚇する。


「ぎゃあっ!」

人間たちは驚き後退りする。蛇が近づくと人間は数人逃げていく。だが、今日に限っては、逃げなかった方が『勝ち』だ。

 何故なら、逃げた方向にはあいつが潜んでいるのだから。

 数分後、蛇は後退し山の中を迂回して山道に出る。   

 予想通りの風景。周りの緑や茶色が赤色に染まっている。

 蛇は恐る恐る脚を捕食する。

 熊は、『まあ、手伝ったからいいだろう』と蛇を気にしない。


 共闘が成立した瞬間だった。


『また、熊の出没が発生したとのことで、狩猟団が正式に対応するようです! 北海道に警戒アラートが発表されています!』

 アナウンサーはニュースの多さにやつれてきている。


 人間は猟銃で駆逐を試みる。熊は巧みに山中の凸凹を利用して隠れながら逃げた。人間を観察していると、あれは直線的にしか向かってこないことを理解する。


 蛇は、狩猟団の足下に出現しては威嚇を繰り返す。そのせいであっという間に日が暮れ、狩猟団は捕獲を断念した。同時に一人足りないこともわかった瞬間となり、みんなの顔が青ざめる。


『熊事件の速報です! 逃げきられた模様です! ただ、ひっ、一人が行方不明との情報ですっ!』

 アナウンサーの顔が青ざめる。


 熊はさらに考える。あれを防ぐ壁が必要だ。


『北海道・東北地方で熊の出没が確認されていますっ! 熊は盾のようなものを持って襲ってきます。外出にはくれぐれもお気をつけください! 特に夜の外出は控えるように!』

 アナウンサーの声が枯れている。


……


 結果、人間は毎日フード付きマントのようなアイテムで熊からの襲撃に備えるようになる。


『また、北海道で熊警報が出ています。外出されるかたはクマントを忘れないように気をつけて外出してください!』


 クマントは頭巾つきで強靭な布でできており、耐衝撃性もあり、熊の攻撃を防げるアイテムだ。


「最近、冬でも熊の目撃情報が報告されていますので、特に気をつけてください! 蛇も同時にいることが多いとの情報もあります。ヘビットを装着して、足下の安全も忘れないように! また小さなお子様は絶対に一人で外出させないようにしてください!」


 ヘビットは膝より下に装着し、蛇の牙から足下を守るアイテムだ。


「ブオーイ、ブオーイ」

 熊の鳴き声が雪の振る街に響き渡る。


 熊警報が天気予報のように、ニュースや電光掲示板で案内されるのが日常になった。


 熊は車で爪を研ぐ……

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